第10話 暴走
「
『
「なんだ、そんなの気にするなよ。井口が『自分が悪かった』って教師に言ったから処分はなかったよ」
『そう、よかった』
「井口にもお前の事情を話したら納得してくれたよ。お前はスマホを盗むようなヤツじゃないって」
『……あれ、もしかして僕がバイトしてることとかも話しちゃったの?』
「ん? ああ、まずかったか?」
『うーん……僕ってあんまり家庭環境のことは言わないようにしてたんだよ。引田くんには言ってもいいかなって思ったから言ったけど』
「そうだったのか。ごめんな……じゃあ俺もこれから言わないようにする」
『うん、頼むよ』
そう返答しながらも、俺は矢島の事情をみんなに知ってもらえれば、もっとアイツは幸せに生きていけるんじゃないかという考えを捨てられなかった。
数日後。
学校に復帰した井口はクラスメイトの前で矢島に謝り、昼飯を奢るということで決着がついた。
前日にはスマホ騒動の原因である
心の中で安堵しながら、俺は矢島や井口と共に学食に向かった。
矢島は久しぶりに校内でまともな食事をとれるということで、サラダや大盛のラーメンを前にして目を輝かせていた。それを見た俺も、どこか嬉しい気分になる。
三人が各々の昼飯を食いながら、世間話が始まった。
「そういや、お前が俺にスマホ見せたくなかったのって、ヘルパーさんに連絡するからだったんだな」
「うん。じいちゃんに何かあった時とか、すぐに連絡してくれって言ってるからね。それにヘルパーさんへのお金を振り込んだ時の連絡にも使うし」
「悪かったな、そんな事情も知らないで……」
「謝らないでよ。もうご飯奢ってもらったんだからさ」
井口が改めて謝罪し、わだかまりも消えていった。そういえば俺もコイツに聞きたいことがある。
「それで結局、スマホがなくなったっていうのは浜野の勘違いだったんだよな?」
「ああ。全く、人騒がせなヤツだよ」
「ていうかお前もこれを機に
「……そうだな」
井口はまだ迷っているようだったが、俺はあんなヤツと関わっていること自体が井口にとってマイナスとしか思えない。
そんな中、矢島はどこかに向かって手を振っていた。視線の先を見ると、そこには話題に上がっていた灰崎本人がいた。
「お、おい、矢島?」
「うん? 灰崎くんが学食にいるなら一緒に食べようかなって思って。井口くんもいるからいいでしょ?」
「……まあ、お前がそう言うなら」
矢島の優しさはこれまでの行動で理解していたが、なにもアイツにまで優しさを向けなくてもいいんじゃないのか。
手を振られた灰崎はしぶしぶとした顔で矢島の隣に座ってきやがった。
「灰崎くん。今からご飯なんだ。忙しかったの?」
「別に」
「ああ、そうか。混んでる時間帯を避けたんだよね。わかるよ、僕も並ぶの好きじゃないからさ」
矢島の言葉を受けて、灰崎の顔が明らかに曇っていった。いくらなんでもあからさま過ぎるだろコイツ。
「ね、引田くんさ、僕と灰崎くんって割と似てる要素あるのかもね」
「え、そうか?」
矢島はそんなことを言い出したが、俺にはそうは思えなかった。灰崎に矢島の優しさを理解できるはずもない。
俺の困惑をよそに、矢島は笑いながら語りかけてきた。
「うん。あんまり話したことないけどさ、意外に話してみたら境遇が似てることってあるでしょ? 僕と引田くんだってそうだし」
「あー、確かにな」
確かにそうだ。俺も矢島に助けられるまで、コイツと共通点があるなんて思いもしなかった。
もしかしたら、矢島は灰崎にも何か似たものを見出しているのかもしれない。仲良くなれるのではと思っているのかもしれない。
やっぱりコイツは最高だ。コイツがいたから、俺は救われたんだ。
「あ、そうだ。引田くんさ、昨日銀行でお金おろしてきたから、今日は払い込みに行くよ」
「そういえばその日か」
確か矢島は今日、ヘルパーに払う金を払い込みに行くとか言ってた気がする。
「払い込み? ……ああ、さっき言ってたやつか」
「そうそう。ロッカーに入れてあるから」
井口も話の流れでヘルパーに払う金だと察したのか、それ以上は追及して来なかった。だが一方で、その言葉に対して灰崎が反応した。
「ちょっと俺、用事思い出したからもう行くわ」
「え? うん、じゃあまたね」
灰崎は矢島の言葉に返事を返すこともなく、早足で教室に戻っていった。なんだアイツ?
そんな灰崎を見た矢島は、なぜか不安な顔つきになっていた。
「ね、ねえ、もしかして灰崎くんの前でお金の話したのまずかったかな?」
「なに?」
今の言葉の意味を考える。確かに灰崎は矢島がロッカーに金を入れていると言った直後に席を立って教室に向かった。矢島としては何の気なしに言ったんだろうが、灰崎は教室のカギのかからないロッカーに大金があると知った。
……まさか!?
「お、おい、まさか灰崎が金を盗むなんてことはないだろ?」
井口はそう言ってたが、俺の中ではもうそれが確定していた。
灰崎は矢島の金を盗む。アイツはそういうヤツだ。
「俺、先に教室に戻ってる」
いてもたってもいられず、学食を飛び出して教室に走った。そして……
「おい、何してんだよ」
案の定、灰崎は矢島のロッカーに手を入れていた。
「え? ひ、引田?」
俺に現場を押さえられた灰崎は顔を青くしていたが、許すつもりはない。
「何してるんだって聞いてんだよ? そこ矢島のロッカーだよな?」
「あ、いや、違う、これ、間違え……」
「間違えるわけねえだろうが! おい、その手にもってるの見せろ!」
灰崎の手をひねり上げて確認すると、やはり金が入っているであろう茶封筒が握られていた。
「お前……! 盗もうとしたのか!?」
「ち、ちが、ちがうって! 俺じゃない!」
「お前じゃないってなんだよ! お前しかいねえだろうが!」
「い、井口が、その、井口がやれって!」
この期に及んで見苦しい言い訳をする灰崎に対して、ついに俺の怒りが爆発した。
「……てめえ、いい加減にしろよコラァ!」
何も遠慮することなんてない。コイツはクソだ。矢島の優しさも人となりも理解せず、永遠に他人を見下し続けるクソだ。
だったら殴られて当然だ。俺がコイツを殴るのは当然だ。
「てめえはいつもいつも、何もしねえくせに周りバカにしやがって! だから嫌いなんだよ!」
「や、やめ、やめて……」
「ああ!? まず謝れや!」
「ひ、ぐうう……」
俺が何発か殴っても、誰も灰崎を助けようとなんてしない。それこそが、コイツがクソであることの証明だ。
こんなヤツを理解する必要なんてない。コイツに何か重大な事情があるはずもない。
灰崎はただ単に自分の快楽のために周りを見下すクソ野郎だ。それが俺の出した結論だった。
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