第9話

 茜ちゃんへの挨拶を済ませ、俺と桐谷さんは桐谷さんの部屋に戻ってきていた。

 先ほどの茜ちゃんの弄りもあってか俺と彼女の間には沈黙が流れている。


 実に反省している。本当は桐谷さんの彼氏なんて高貴な立場に立ててなんかいないのに、相当キモイことをしてしまった。


 桐谷さんに嫌われてしまったかもしれない。好きでもない人から嘘でも好きだなんて言われたら俺は嫌だ。

 まぁ、彼女に必要されなくなったら生きる意味なくなるし死ぬだけなんだけどな。


 自分で言ってて悲しくなってくる。


 そうだ、桐谷さんに謝らなければ。


「ごめん、気持ち悪かったよな」


 桐谷さんはそっぽを向いたまま反応しない。だが、なぜか拗ねているように見えたのは勘違いだろうか。


「やっぱ泊りは止めるよ。桐谷さんに悪いし」


 一応俺も思春期の男子だ。同級生の、しかも学園のマドンナなんて呼ばれている桐谷さんにとっては怖くて怖くてたまらないはずだ。

 俺が公園で寝てしまっていたから彼女に気を遣わせてしまった。


 ここは大人しく桐谷さんのお母さんにも断って公園に戻ろう。別にホームレスは慣れているし、外で一夜越そうが問題ない。


「じゃあ、ありがとな。わざわざ」


 俺はそう言って自分の荷物を持つと、桐谷さんの部屋を出…ようとしたところで服が引っ張られたことに気付く。


「桐谷さん?」


 桐谷さんが俯いたまま俺の服の裾をちょびっとつまんでいる。俺にはその手を引きはがす気が起きず彼女のことを見つめた。


「桐谷さん?」


「ダメだよ。桝屋くん」


「だめ?何が?」


「また私の話を聞かないで自分勝手に行動しようとしたよね」


 俺は察した。桐谷さんが怒っていると。


「…」


「どうせまた、俺なんかが、なんて考えてたんでしょ」


 なぜバレているのだろう。彼女は俺のことなんてまったく知らないはずなのに。俺はまだまだ彼女のことが分からないのに。


「やっぱりそうなんだ。私は感謝してほしくて桝屋君を泊めるって言ってるわけじゃないんだよ?」


「え、そうなのか?」


「当たり前でしょ!私は私のす…す、す…な人が喜んでくれたらいいなって」


「す…?」


 肝心なところが聞こえなかった。もっと耳を澄ましておくんだった。

 だが彼女が言いたいことは分かる。


「ありがとな。なんでかよくわかんないけど、嬉しいよ」


「そ、良かった」


「ああ」


 それから俺たちは二人の間にあった根本的な障壁がなくなったのか、お互い気を遣わずにぺちゃくちゃと話し続けた。

 笑いあったり、悲しんだり、怒ったり、楽しかったり。


 しばらくして一階からいい匂いが漂って来たとき。俺は結局、茜ちゃんの部屋で起きたことについて謝っていないことを思い出した。


「あ」


「どうしたの?大樹くん?」


 いつのまにか名前呼びになっていることは何も触れない。


「そういえばごめんな。さっきは」


「さっきって?」


「茜ちゃんの部屋でさ。どれくらい好きなのって」


「あ…あれは、うん」


 なんかやっぱり不満そうな表情だ。


「あれはあーするしかなくてさ。ふ、不可抗力ってやつ」


「私は嬉しかったよ。大樹くんが好きって言ってくれて」

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生きる意味が無くなったので最後に好きな人の唇だけ奪って死のうとしたら、責任取ってと言われた minachi.湊近 @kaerubo3452

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