滅亡した氏族の末裔と言われた私が体験した、奇妙な符合について
加藤伊織
遺伝的に霊感を持ってしまった私には、怖くて入れない場所がある。
私の祖母は旧姓を三浦といった。
祖母の代ではもう
「うちの三浦はな、あの武家の三浦の末裔なんだよ」
そんな話を聞かされたのは私が高校の頃。「炎の蜃気楼」で戦国武将に詳しくなっていた私は思わず食いついていた。
「あの三浦半島の三浦氏!?」
「そうだ。家紋はこれ」
そう言って祖母が私に見せてくれたのは、○の中に漢字の二を入れたような物だった。 三浦なのに二? とその時疑問に思ったのをはっきりと憶えている。
ただ、祖母は岩手の出身であったので、私はその時には「そうだったら面白いな」とは思ったけれども、あまり信じてはいなかった。
大学に入り、鎌倉時代好きの友人と鎌倉に行ったとき、彼女は「大江広元のお墓参りに行きたい!」と言い、私たちは観光マップを見てそこへ向かった。
大江広元の墓は住宅街の中から突然階段があってそれを登った先にあり、毛利季光、島津忠久の墓と共にある。
けれど、私はこの階段に踏み込むことがどうしてもできなかった。
足が進まない。怖い。なんだか知らないけど、ここから先に行ってはいけないという本能の警鐘が私の体を縛り付けていた。
「ごめん、どうしてもここから動けない。ひとりで行ってきて」
本当のことを言うと、ひとりでここで待つことすら怖かった。
友人はひとりで階段を登って墓に向かい、私は「お願いだから早く帰ってきてぇ」と怯えながらその場で待っていた。その後友人は何事もなく戻ってきて、私たちは早々にその場を後にした。
次にその場所を訪れたのは大学2年の頃か3年の頃か。今度は別の友人と何故かまたその場所を訪れることになってしまった。
ただ、以前と違ったのは、怖いながらも私が先へ進めたこと。
おっかなびっくり階段を登っていると、後ろから男性がふたり歩いてきて、腰が引けていた私は狭い階段でふたりを先に通すことにした。
男性のひとりは60代から70代だろうか、もうひとりは若く、私には20代後半くらいに見えた。
「珍しいですね、こんなところに来る人がいるなんて」
道を譲った私に若い男性が声を掛けた。その頃は鎌倉ブームでも何でもなく、鎌倉時代マニアでもなかった私は大江広元の名前すら知らなかったくらいだ。
「この上にあるお墓に行ってみたくて」
人見知りをしない気質の私は、そう正直に答えた。すると年配の方の男性が私の言葉を気に入ったのか、聞いてもいない説明を始めた。
「ここにはね、大江と島津と毛利の墓以外にも三浦氏のやぐらがあるんだよ。みんなほとんど知らないけどね」
幸い私には鎌倉に対する多少の歴史知識があり、「狭い土地内で殺し合いが多すぎた結果、墓を建てる場所がなくなって壁になっている場所をくりぬいて墓にしたのがやぐらである」ことを知っていた。その上、「三浦の」と聞いてつい「三浦半島の三浦だったら、私の祖先です」と言ってしまった。
「いやー、あんた三浦の子孫の人か! 私は三浦の子孫を探しててね!」
「んぎゃっ!」
変な声が出たのは、いきなり年配の男性に手をガッと握られたからだ。
私の反応を見た若い男性は「あーあ」という顔をして、自分たちの素性について説明をしてくれた。
年配の男性は、三浦氏について研究をしている郷土の歴史研究家であること。
自分は雑誌編集者で、今日はこの先生についてここにきたこと。
そして私は、三浦氏を研究している人に捕獲された三浦の子孫――偶然にもそういう構図ができあがった。
そして、私はとんでもないことを思い出した。三浦についての夢を見たことを。
その夢は余りに鮮明で、私はそれから何十年か経った今でも忘れられずにいるのだ。
海が見える高台に小さな神社があった。私がそこでほへーっと辺りを眺めていたら、「この三浦の地でお待ちしておりました」と話しかけてくる男性がいて、そこが三浦半島なのだと気づいた。
それだけの、本当にそれだけの夢だ。
けれど、「三浦」に関わることなのでその話をすると、歴史研究家の先生が俄然食いついてきた。
「それはいつの話で?」
「去年の10月です」
「去年の10月! ちょうどその頃、三浦の子孫を探すために広告を出したんだよ! それに、三浦を祀った神社が三浦半島にあるよ!」
なんでも、三浦やぐらは管理する人がいなくて荒れ果てており、三浦氏の子孫を探して保存会のような物を作ろうと昨年10月に広告を出したらしい。
「こんなことがあるなんて」と先生は大興奮し、編集者さんは「ああ……そういう人なんですね……」と何か諦め気味に言った。
怪異譚好きの友人は「へー」と他人事の顔で話を聞いており、私は「えらい人に捕まってしまった……」と思い始めていた。
「三浦のやぐらがある場所がわかるかね?」
そう先生に聞かれ、私は「これ以上動けない」と思いつつもその原因になっている場所に気づいてしまったので「あそこですね……」とそこを示した。
そこはやぐらだとはまず気づかないものだった。何故なら、波状のプラ板で雑に覆われていたからだ。見えるのは色あせた青いプラ板だけで、その奥に何があるかは見えない。それでも物凄く「嫌な気」がそこから漂っているのは明白だった。
そうかー、前回階段に立ち入ることすらできなかった原因はこれか、と思いつつ、私はそれ以上直視出来なかった。
先生は私が即座に三浦のやぐらを当てて見せたことについて驚き、その先へ進もうと言い出した。
マジか。私これ以上先に進めないんですけど!? 小雨も降ってるし、怖さは限界だ。この先生、ガチのノー感なんだ。そう気づいた。
そこで編集者さんが「わかるよー」という諦めの表情で私に頷いて見せながら「ここから先は先生が一番前を歩かないと無理ですね」と驚くべきことを言った。この人は、私と同類の「わかってしまう人」なのだと気づいたのはこのときだ。
ノー感な上に跳ね返し型らしい先生は何も気づかず「そうかね?」と言いながら平然と階段を登っていく。先生を盾にして、私たちも三浦やぐらを通り過ぎ、やっと大江広元のお墓に辿り着いた。途中はあんなに恐ろしかったのに、ここには何も変わった様子はなかった。
「ここに来るとき怖かったです。どうにかしてください」と筋違いのお願い事をしながら手を合わせ、石段を下ってまた住宅街へと戻る。
本来ならここでさようならとなるべきなのだが、何せ私は先生が広告を出してまで探していた三浦の子孫。もっと話を聞きたかったらしく、「話を聞きたいから喫茶店へ行こう」と誘われた。
けれど友人が「いや、ちょっと予定あるんで失礼します」と先生から私を引き剥がし、無理矢理その場から連れ出してくれた。
この出来事について、ずっと気にはなっていたけれど、そもそも祖母が本当に三浦の末裔なのかが怪しかったし、それを確かめる方法もないしなーと私の中では「こんなこともあったんだよ」程度のネタになっていた。
それがちょっと変わったのは、大学を卒業して新社会人となってから会社で出会ったスピリチュアル系の好きな臨時社員の人と話をしたときだ。
彼女が好きそうな話だったので、件の夢の話と、鎌倉で捕獲された話をすると、真顔で「その神社、三浦に実在しますよ。三浦家の女性が死後に神様になって祀られたところです」と教えてくれたのだ。
ぐえっと言いそうになった。
マジかい、実在するのかい。
残念ながら、現在に至るまでその場には私は実際に訪れていない。理由は単純に「怖い」からだ。
さて、なぜ今になってこんな話を書いたのかをここで説明しよう。
我が家は母、私、娘揃って霊感があり、ときどきこの世ならざる物を見たり、霊視で猫の居場所を探させられたり、遠隔で友人がくっつけられた変な気を祓ったりということができる。(これについては私の書いた「何故かうちに居着いた黒猫の霊の話」https://kakuyomu.jp/works/16817330661443762997 を読んでいただくとわかると思う)
娘も生まれつき霊感が強い子だなーというのは見る人が見ればわかったらしく、実家を売りに出した後買った人に「この子はまた凄いですねー」と言われたことがある。
今日夕食を食べながらテレビを見ていたとき、某旅系番組でお城が出て来て、母方の祖先がやはり武家で、かなり高い地位にあったのに城勤めが嫌になって弟に家督を譲り、自分は出家してしまったことで後々まで子孫の恨みを買っているという話題になった。確か母の曾祖父に当たる人で、母は「寺の孫」として育っている。
それで「祖母が三浦氏の末裔だったと言っていた」話を思い出したのだ。祖母は父方の祖母であって、私が明らかに母方から継いでいる霊感とは関係がないが、いわゆる「話せる・触れる・見える」三拍子揃った人だった。(どうでもいいがこの人が今連載中の「柴犬無双」の蓮くんの「霊能者だった祖母」のモデルになっている)
祖母が本当に三浦の血を引いているのかどうか突き止めるのは難しいだろう。ただ、私の元には祖母が描いて見せた家紋というヒントがあった。それが本当に三浦家の紋だったのか調べてみようと思い、三浦氏についてほとんど初めて調べてみた。
結果、家紋は見た限り同じ物で、「んげー!」と思わず叫んでしまった。
ご存じの方も多いと思うが、家紋を継ぐのは本家である。分家の場合、元の家紋に何か手を加えた物を使用する。
え? では、うちの祖母の家はどういう家?
三浦本家とは考えにくいが、血筋的に繋がっていてもおかしくない説が濃厚になってきた。
そして、三浦の地にある神社の話。死後に神様になって祀られた三浦の女性がいると言う話。
こちらは調べたらすぐに出て来た。「小桜姫神社」といい、私が新卒時代に聞いた話に合致する。夢で見た神社と地理的にも類似点が多い。
ただ、この小桜姫伝説は創作だという話だ。間違いなく言えることとしては「三浦半島に、三浦家に嫁いだ小桜姫と呼ばれた女性が祀られたという逸話がある神社があり、それなりにそれを信じている人がいる」という点だけ。
ただ、私は「積もった人間の念は時に思わぬことを引き起こす」ことを知っている。
三浦の女性を祀ったと信じられた神社。そことおぼしき場所を夢に見た私。そして、同時期に三浦氏の子孫を探していた郷土史研究家がいたことは、恐ろしいことに事実だ。
霊感を否定する人には何も怖いことはない、ただの実話である。
ただ、私はとりあえずもう三浦のやぐらには行きたくない。
それだけの、それだけの話だ。
滅亡した氏族の末裔と言われた私が体験した、奇妙な符合について 加藤伊織 @rokushou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます