4.『豊理宣誓守護機関ロロ②』
豊理宣誓守護機関。
Retain Of Liber pledge Organizations___
___『R.O.L.O.』。
彼らの在り方にそぐう名前として、豊理宣誓守護連盟、『
10年前、王都ラデグスタシアを潰滅し、外部より霊瘴が降ってきたことで、人々の間に『
それ以前より異能__現在『
『名無し』。
ロロの創設者のひとり、リーフシャムが地底各地を巡り、その地より弾かれた者たちと結んだ友誼の名前。
未知の力を前にしてただただ霊瘴に呑まれるのを待つのみだった人々に差し伸べられた蜘蛛の糸。
『名無し』から名を変え、
霊瘴を打倒し尽くし、いつか地上の空を取り戻すために。いつかあるべき地に戻るために。
地上の魔手から地底を護るもの、地底の生命最前線。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
「というか、捕まえてた割にはあっさりと外すけど……」
自分で言うこと自体に違和感を持ちながら、しかして先程の警戒が嘘のように解放されたセベルは、困惑しながら疑問を口にした。
ひどく奇妙な光景だと思った。
壊れたとはいえもう一度拘束するでもなく、参考人の拘束をあっけなく解く構図。それを拘束されていた本人が指摘する不可思議を晒す中、湯気と香りを空気に散らして注がれていく紅茶が、明らかに浮いていた。それも、おおよそ会議室の様相を呈すシンプルな部屋には不釣り合いなファンシーカラーのテーブルに並んでいる。
つい先程まで火花が散るような空気だったとは思えない、気が抜けたような雰囲気。
残骸が取り払われて自由になった四肢に触れ、セベルは訝しげな視線を送った。
「あらヤダ夜空ちゃん、縛りプレイがお好__」
「__はいはいおふざけは今はダメっスから。
それで鎖ッスか? あれはただの保険っス。キミが魔力炉をコントロール出来ていないようだったら今もまんまだったッスけど」
ニヤニヤしたグリフを拳で沈めて、無かったことにしてあっけらかんと答えたのはソレータだった。セベルにはここのところ誰かしらがグリフを沈めている姿が板につき始めているように思えた。
「…勝手に爆発、暴走されちゃ傍迷惑ってヤツだよ。これまで『サクゲツ』から逃げおおせてたところ、まぁ可能性は低かったみたいだけど」
「サクゲツ?」
そのやりとりを呆れたように半目で流すアマテは、眠たげにテーブルに着くや否や、両腕に頭をダイブした。
サクゲツ。
9年前、サクサネ=サダが創り上げたとされている『大規事象観測炉』__『
地底の空である天蓋、
「なんでもわかるけどサクゲツ自体の場所はロロの何処にあるかも分からない、なんて機密になるくらいにはチョー重要な機構だよん」
「サクゲツとオルレア、あとジュラメントで3本柱って呼ばれることもあるかな」
「いや、教えて良いやつなんですかそれ…?」
「だってどうせ、燦忌指定だかなんなりと碧空者になるでしょ、その魔人」
「まぁともかくそれだけの
魔力炉量に比例して日常的な制御難度は上がり、そのため、ロロ加入前の魔人はロクに抑えられずにダダ漏れになって周囲環境に異常を与えることが多い。
イメージとしては、水風船を常に両手で抱えている状態だ。風船が大きければ大きいほど自分で穴を開けてしまいやすいようなもの、と。
「確かにバランスボールくらいのひと抱えの大きさになると、持ち上げるその指先とか爪で破っちゃいそうですよね。魔人じゃない僕には無用の心配ですけれど…って、そうそう。それよりそれ、君には何味に感じる?」
「何味、って…紅茶?じゃないの?」
あらかたテーブルについた中、頬杖ついたルレットがカップを傾ける。
何味、と聞くか。
人数分のコップの中身は、見える範囲みな一様に薄紅色をしており、おおよそ普通の紅茶のようにうかがえる。すん、と持ち上げて匂いを嗅いでみても、なにかのハーブのいい香りがするだけ。紅茶に明るくない為に何の花かも分からないが。
なにな意味ありげな周囲と、何の変哲もない紅茶を見比べて、まさか毒が入っているのかと可能性を考える。が、それは直後、目の前のグリフがさらっと飲んだことで否定される。
同じポットから注がれたからには、同じ中身なはずだ。カップに塗られている可能性もあるにはあるが、さらっと豊理で出されたからには確かめる方法はない。そしてルレットは美味しいかどうかではなく「何味」と聞いていた。
そこに何かしら意味がありそうだが、見つめられる中、持ち手に指をかけてしまったが最後、拒めるはずもない。そもそもこれに毒を入れるならこれ以上ない直球さだ。名高く錚々たる面々がそんな稚拙な手を使う可能性は低い。
セベルは、おそるおそる、カップを傾けた。さらりとした適温が流れ込むが__
「__」
思わず、その味に思考停止した。
______甘い。とにかく甘かった。
角砂糖もミルクも無しのストレートであるはずなのに、くどくて吐き気がしそうなほど甘ったるい。
それも、自然な甘みではなく、思いっきり人工甘味料を混ぜたかそれしか入ってないかのような、変なえぐい甘さで、口の中にいつまでもしつこく残る味だった。
そして後味にピリッと舌を刺す痛みのような辛味。地味に痛いし、二つ混ざられても、正直言ってクソ不味い。なんだこれ、劇薬クッキングでもしたのだろうか。ほんとに毒だったりするのだろうか。
うえ、と顔が無意識にしかめられる。
「
「ふーん、夜空ちゃんには甘く感じるんだねぇ」
「ちなみに僕はベリー系。うん、おいしい」
「オレはカラぁ〜いマスタード味っスよー。…変わってなかったや」
「…はぁ。でもカトレスさんの料理よりかは飲めますし」
「毎度思うがなんで罰ゲームみたいな闇鍋味してんだよ。分かってるなら俺らまで飲む必要あったか?」
順に、グリフ、ルレット、ソレータ、アマテ、レオニアである。口々に語るその味は、同じポットから注がれたとは思えないほど食い違っていた。グリフに至ってはプラプラと空のカップを振って、セベルのリアクションに笑っていた。騙し討ちのようなことをしておいてなんかイラッとくる。
「えぇ…
あまりの味に、口がうまく動かずに変な喋り方になる。
いったい何を混ぜたらこんな有様になるのだろうか。というか、この紅茶はいったいなんだったのか。不味いままの口内をうざったりながら、頬をひくつかせる。
「……うーんと、満ちている者には『苦味』を、欠けている者には『甘味』を。何かを切望する者にゃ『辛味』、あとの『酸味』とか『塩味』はあんまりよく分かってないねぇ。ま、
「は?」
つらつらと喋るグリフを押しのけて、ため息をついたルレットが説明をする。
「いきなりそんなの言ったって分からないですから、グリフさんほんとグリフさんですね」
「俺ちゃんの名前を代名詞的な何かに使わないで!? 間接的に罵倒してない??」
「君なんか凄い目付きだけれど、毒じゃないことは確かさ。…これはね、ここの倉庫に眠ってた誰かの忘れ物。多分創造系統の豊理だったんだろうね。成分は普通の紅茶だけれどあら不思議、人の内面をうつす『鏡紅茶』ってわけさ。賞味期限とかは豊理の産物については、あってないようなものだから安心して」
「ねぇ??無視??」
「ま、十中八九罰ゲームかミニゲーム用の試作品か何かスよ。大事なもんなら蹴り潰しそうなガラクタの山近くに置かねっスって」
だからオッケーオッケーと、そう笑いながら、ソレータが、いつの間にか飲み干していたアマテのカップをひょいと回収する。いやガラクタのそばに投げられていたのなら衛生が大丈夫かを聞きたくなるのだが、そこらへんは不思議パワーか何かかと突っ込みたい。
「忘れ物…」
「この東館を使ってるのはなにも、過去にも未来にも俺らだけじゃねぇしな。そりゃ知らねえ豊理の奴の痕も残ってる」
「とゆーか、ほらやっぱり大丈夫だったじゃん! アマテちゃんそんなカリカリする必要ナッシングよん? 俺ちゃんとしては酸味塩味じゃないならなんでもオーケーだし! だってぇ特にめんどくさいのその2種だもーん」
過去にも未来にも。それはまるで、ただ引退して出て行ったのではなく、殉職していなくなった人がいるかのように聞こえた。
ともかく。
「内面をはかる紅茶………つまり危険人物じゃないかどうかはかった、ってことでいいの? というかつまりさっきの疑念っていったい何?」
知らぬうちに推し測られることを可能とする奇妙な茶に豊理の多種多様さを実感しつつ、なにひとつ晴れきらないもやもやを口にする。
「はいはい質問は立て込まないこと。パンクしちゃうッスからね。で、悪いけど質問させてもらうのはこっち。セベルさんに聞きたいのはどうして禁止令が出ていたのに日暮れ後に外にいたのかだとか、トランドルを連れてた犯人の特徴だとか、そう言うことなんスよね」
「そーそー! まっさかの俺の数値越えてあのリーフシャムに届きうるほどの魔力炉者、魔人! それが未登録のままサクゲツにも引っかからずにほっつき歩いてたって問題よ!」
「この時勢に、外にいた理由…まぁ、
_____まぁ、簡単な理由なはずないよね?」
5
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彼と自分しか色彩のない、冬先の病室。
自分という記憶が始まった場所。
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記憶喪失。
3年前のあの日より前のことを忘却__健忘したのだと。
貝紫と山吹の色の彼は、自分の状態をそう定義した。
記憶が消えたとしても僅かながらに、覚えていることはあった。それらは、前の自分の欠片。
それらを捨てて、割り切って、新しい自分として暮らすのも良かった。
そもそも、記憶が戻る確証はどこにもないのだ。今よりも悪化する可能性のリスクもあった。
自分は過去のことを思い出せないようだけど。過去のことは覚えていても『その日』から後のこと__現在進行形で過ごす今のことを日付を跨いで覚えていられないケースだってあるのだ。生きる時間が『その日』で止まってしまう。
心因性か、それとも物理か。『ロロ』の魔力プール爆発事故に巻き込まれたというらしいから、どちらもあり得た。でも、心の傷とやらで記憶を無くしたのなら、自分は本当にそれを思い出していいのだろうか。
奇天烈な色をした人__リーフシャムは、選択を強制しなかった。しかし、背中を押すこともなかった。
記憶を失ったことで、周囲が未知と化した。
なんとなく名前の欠片や形状は頭の中にあるのだけど、使い方やどのくらい用いるのか、当たり前にあるはずのその全貌が分からなかった。晴れない霧が掛かっていた。
リーフシャムから教えられつつ、状況を把握するために忙しく一年が終わった。
___その記憶は、まだ奥底で熱を持っていた。
僅かながらに、覚えていること。
それを思い出すための道が厳し過ぎるのなら、捨てて暮らせば良かった。衣服も食事も
周囲の把握が済んだとしても、常識や歴史も人並みに到底及ばないまま。いつかリーフシャムの元を離れて生きるのだとしたら、『知恵』をつけなければいけなかった。
不安定で不確定で曖昧なものより、今が大事。誰だってそうだ。優先順位というもの。現実的に、余裕がなかったはずだった。
____僅かながらの記憶は、熱を保ち続けていた。
忘れるには、捨てて生きるには、それは鮮烈すぎた。2年が経って、3年目に突入していた。
欠片程度の記憶なら、覚えていてもそれがいつどこの何であるのか誰といたのかなんて分からない。何か大事なものな気がしても、それに関する衝動も情動も消え去っているのだから、自分の記憶であっても他人事であるのだ。前の自分という、他人だ。
__星と月を塗り潰してなお猛る炎、真昼のような夜だった。
__堅く結ばれた繋がりがあった学生達が、その輪からひとりひとり消えていった。
__師弟なのだろう青年と少女が肩を並べて死線に臨んでいた。
本当にそれは自分だったのか。
今この密室で快適に過ごしている自分には信じがたい光景が、脳裏に焼き付いていた。
それは息遣いも、したたる鮮血も、拍数が上がる身体の熱も、空気の温度も味も、地を踏みしめる感覚も、何かを斬り裂く感触も、肌に触る髪も、鮮やかだった。
どこまでも鮮やかでいて、顔だけが認識できない記憶の欠片だった。
分からない。それが自分でないのなら、『自分』は知らないはずなのに。なにか、とても、大事なもの。深く心に刺さって抜けない杭のような、心臓を握りつぶされているような、その記憶の続きを求めるように息が浅くなっていた。
忘れてはいけなかったような、気がした。
思い出さなければいけない、気がした。
忘れたまま歩くのは、裏切りのような気がしたのだ。
珊瑚の残書架ラデグスタシア 辺際あかめがね @Eyomi
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