りんごを食べたいフェレット
増田朋美
りんごを食べたいフェレット
その日はやっと秋らしくなってきて、やっと秋の服装が、広まるようになってきたが、まだ暑いという人も多くいた。そうはいっても日中は暑いが、日が陰ると冷えると感じられるようになった。
それに関わらず、製鉄所には新しい利用者がやってくるのであった。今回の利用者は、ちょっとたちが悪いようで、何でも不良グループにいた経験もある女性であった。名前を佐野みゆきといった。不良グループを脱退して以降は、どこへも出かけないで、引きこもっている生活を続けているらしい。製鉄所にしばらく通わせて見たら、何をしても投げやりで、何にも興味も示さず、何もしないで製鉄所の食堂にあるテレビを眺めているという生活を続けていた。これでは、なんとかして前に進ませようと、杉ちゃんたちは、声掛けをしてみたが、全く効果がなかった。
それでも、杉ちゃんたちは、毎日のようにご飯を作り、部屋の掃除をしたり、毎日の衣食住にまつわることをしていたのであるが、みゆきさんはテレビを見て、ぼんやりしているだけだった。
最近になって、杉ちゃんが飼育しているフェレットの正輔くんと、輝彦くんも杉ちゃんと一緒に製鉄所を訪れていた。二匹は足が悪く、自分で歩けないので、製鉄所の食堂のテーブルに居るしか無いのであるが、利用者に声をかけてもらうことによって、元気になっているようである。
その日、正輔くんと輝彦くんは、テーブルの上にいた。その時は、利用者の一人が持ってきてくれたりんごの置かれた皿が、テーブルに置いてあった。その前に佐野みゆきさんがどっかりと座った。そして、テーブルの上に置かれていたりんごを食べ始めた。
「ちいちい。」
二匹のフェレットがなにかいいたそうに彼女に声をかける。
「なあに、あんたたちに食べさせるものなど無いわよ。」
佐野みゆきさんがそう言うと、
「ちいちい。」
二匹は、さらになにか言いたそうにそういうのであるが、みゆきさんは頭に来たらしくて、
「あんたたちはどうせ食べられないでしょ!」
と言って、りんごを目の前で全部食べてしまった。そしてそれを悲しそうに眺めている二匹を、みゆきさんは、その手で乱暴につまみ上げて、縁側に置き去りにしてしまった。
食堂に戻ってきた杉ちゃんが、あれ正輔たちは?と彼女に聞いたが、みゆきさんは、そんな人は知りませんとしか答えなかった。
「そうは行かないぜ。あの二匹は、僕みたいに、自分で歩ける訳では無いし、誰かが故意に動かしたとしか言いようがない。それなら、お前さんが動かしたしか考えられないじゃないか。どこへ連れて行ったんだよ。」
杉ちゃんがそう言うと、
「あたしは、何もしていませんよ。それ以外、何があるというのですか?」
と、佐野みゆきさんは答えた。
「だから、あの二匹は、自分のちからではどこにも行けないの!一体どこへ連れて行ったのか教えてよ!」
と、杉ちゃんが言うが、
「どうしてあんなぬいぐるみが大事にされなければならないのかしら?私は、いくらつらいとか苦しいとか言っても、何も聞いてはくれなかった。ご飯を食べることだって遊ぶことだって、私は、成績が悪いせいで、何もできなかったわ。やりたいことがあっても、まず勉強、まず成績で、何もさせてもらえなかった。それなのに、なんでこのぬいぐるみは、可愛がられているのかしら!憎たらしくてたまらないわ!」
彼女は、早口でまくし立てた。その早口で、自分の感情もコントロールできないところがその言葉の真実性、彼女の傷の深さを感じさせた。
「そうなんだね。でもそれはもう過去のことだろう。少なくともここには、お前さんに酷いことを言うようなやつはいないし、勉強ができないとか成績が悪いとか、そういう事を言うやつは、誰もいないよ。それならそれでいいじゃないかよ!新しい生活すれば!」
杉ちゃんもすぐに反論した。
「でも、もう遅すぎるって。」
「いや、そんな遅すぎることはないさ。気にしないでまわりのやつに、今の自分の思いをぶつけていけばそれでいいの。それがお前さんの今の使命というか、やるべきことなんじゃないの?」
杉ちゃんに言われて佐野みゆきさんは小さくなった。
「まあ、それに気がつけたらいいほうだ。中には一生気がつけない輩も居るからな。それでいいんだよ。それで。」
杉ちゃんはカラカラと笑った。佐野さんはそうですねといって黙ってしまった。
一方、縁側に取り残されてしまった正輔くんと輝彦くんは、とりあえずそこから動くことができないので、そこに居るしかなかった。四畳半では、水穂さんが眠っていたが、枕元に、りんごが置かれていた。杉ちゃんが水穂さんにおやつだと言って置いていったものだ。それと同時に、柱時計が、3時を告げたため水穂さんは目を覚ました。すると縁側に二匹の歩けないフェレットが座っているのが見えた。二匹は、りんごを見てまたちいちいと声を上げたので、
「ほしいの?」
と水穂さんはそういった。でも、りんごは二匹から遠いところにあった。水穂さんは布団から起きて、二匹をりんごの近くに動かして、
「どうぞ。」
と、りんごの近くに座らせた。二匹は、すぐにりんごにかぶりついた。水穂さんは、りんごがなくなってしまっても構わないと思った。
同じ頃、杉ちゃんからフェレットは体温調整が苦手だということを聞かされたみゆきさんは、やっぱり謝りに行こうと、縁側に行ってみた。すると、二匹は、四畳半にいて、本来なら水穂さんに出されるはずだったりんごを美味しそうに食べていた。それで、二匹が熱中症になることは、回避されたのである。
「ああ、りんごを食べたがっていたので食べさせました。美味しそうに食べてるじゃないですか。」
と水穂さんはにこやかに言った。佐野みゆきさんが、ごめんなさいと二匹に近づくと、
「ガブッ!」
輝彦くんが、みゆきさんの指に噛み付いた。杉ちゃんが、ほらやめろと言って、従順な輝彦くんはすぐに離したが、みゆきさんは、それを輝彦くんから与えられたお叱りだと思った。
「この子達も、生きているだけで精一杯ですけれど、でも、頑張って生きているんですよ。人間だって同じ事なんじゃないですか?それは、変えてはいけないことなんじゃないかな。」
水穂さんがそう言うと、みゆきさんは小さな声で、
「そうかあ、、、。人間も生きているだけで精一杯か、、、。」
となにか考える仕草をした。確かに、不自由なところがある。家の人達は、自分を不幸に陥れたという事もある。本来であれば、生きていても仕方ないと思う。だけど、この二匹のフェレットくんたちは、一生懸命生きているのである。
「そうねえ、、、。もうちょっと考え直して見ようかな。今まで怒り続けていたけど、ちょっと違うかもしれないわね。」
みゆきさんは、小さな声で言った。水穂さんたちは、彼女がそう変わってくれる、変わりつつあるのを嬉しそうに眺めていた。
二匹の歩けないフェレットたちは、無我夢中でりんごを食べていた。
りんごを食べたいフェレット 増田朋美 @masubuchi4996
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます