32話 護衛、本気出します
「遅い」
「コンビニで朝食買ってました」
「たくっ……行くわよ」
「はい」
朝からよくそんなにぷりぷり出来るな。言い方はキツイが軽蔑しているという訳ではない。
彼女の護衛をして1週間ほど経ったが、改めて考えると彼女は帝とは似ていない。例えば美幸ちゃんはこのように待っていてくれるが、帝なら「先に行く」と連絡をして先に言ってしまうだろう。
「ちゃんとしなさい」
「はいはい」
これじゃまるで親子だ。
いつもみたいな日常が今日も続くと思ってた。
+ +
「大丈夫?」
「えぇ」
突然、電車が大きく揺れた。人生で初めて聞く爆発音が鳴り響いた瞬間だった。
美幸ちゃんは身長が低いのでつり革を持とうとすると手をまっすぐ上げなければいけないので、いつも手すりに掴まっている。それは今日も同じだった。両手で掴み倒れないようにしていた。
「何が起きたんだ?」
「大丈夫?」
「いてぇ」
周りの乗客は俺達と同じように姿勢を低くしたり、床に膝をついたりしている人ばかりだった。車両の中はざわつきでいっぱいだ。すると、前の車両とこの車両を繋ぐ扉から人が現れた。
「前の方が燃えてるらしいぞ。後ろに逃げろ!」
「え?」
「うそ?」
それを聞いた乗客はすぐに後ろの車両に駆け込んでいく。そして、後ろの車両にも同じような内容が伝わって騒ぎが伝播していく。
「零。私たちも移動しましょう」
「待ってください。あの人はらしいって言ってました。本当に前の車両が燃えているか分からない。それに……」
「?」
「この人の集団の流れの中に入ったらはぐれる可能性もあります」
前方車両からの人の流れはまだ途切れない。この車両は4両か5両目だった気がする。この勢いを考えるとまだ人は大量に来るだろう。どうする?
このまま待っていても移動できるのはだいぶ後になる。もし本当に前方の方の車両が燃えているのだとしたら早めに移動した方が良いに決まっている。電車と言うのは密室だ。
「……零」
「すいません。このドアをぶち抜きます」
「は?」
「とりあえず車両の中から出て避難しましょう」
「そんなことしたら賠償することになるわよ」
「帝に言えば何とかしてくれますよ」
車両内での喧騒のせいで上手く聞き取れないが、そんな会話をした後にさっきまで寄りかかっていた扉に向きあう。言ったは良いものの横に開くタイプの電車のドアをどんなふうに破ればいいか分からない。とりあえず思い切り体重を乗せて扉を蹴る。
「ビクともしねぇ」
「ちょっと、やるならやるって言ってよ。びっくりするじゃない」
「すいません。でも、急いで出ないと……」
「困ってるみたいだね」
「誰?」
俺達の後ろには男が立っていた。背は180程の長身でグレーのスーツが似合うスタイルと彫りの深い顔。おそらくアジア人ではないと思う。髪も真っ白で、口元に笑みを携えている。
その長身の男は俺の右肩から手を伸ばして電車のドアに触れる。そして微かに呟いた。
「
次の瞬間、電車のドアが横にスライドして開いた。外の景色が目の前に広がる。しかし、違和感がある。
「ほら、開いたよ」
「へ?」
「!?……美幸ちゃん!」
その長身の男はいきなり美幸ちゃんの背を押した。美幸ちゃんは自然にドアが開いた現象に驚いているのかすんなりと体が外に傾いていった。それを何とか引き留める。
「てめぇ……何を……」
「あれ……なんで気づいたの?」
「演技が嘘くさすぎんだよ。リーダーは」
誰だ?いつの間にか誰かが車両の席に座っている。目の前の男と同じくらいの背丈、彫りの深い顔、そして目の前の男とは対照的にラフな格好をしている。
「……」
「そうかな?割といい感じだと思ったんだけどなぁ」
いつの間にかあれだけいた乗客の声や足音も聞こえなくなっている。明らかに異常事態。それに違和感の正体にも気づいた。開いたドアから見える景色と窓の外に見える景色が異なっている。窓の外には線路と道路を隔てるフェンスが見えるのにドアの向こうに広がっているのは暗い色の壁だ。
「早く終わらせようぜ」
「あぁ」
なるべく低く地面に近い位置へ手を伸ばす。相手には見えないように自分自身の体で片手を隠しながらゆっくりと立ち上がる。
「誰か知らないけど……君は居なくていいよ」
「……」
男は俺の肩に手を置き、一言。
「反転」
それが何を意味するかは分からない。しかし、彼のその行為には何の意味も無い。
男が口を開いて声を出した瞬間、腰を回して拳に力を込める。そしてそのまま笑みを浮かべている鼻先に狙いを定めて、拳を振りぬく。
「フンッ」
「ぐがっ……あぁ?」
「リーダー?」
倒れこそしないがリーダーと呼ばれる男はフラフラと上半身を揺らしながら後ろに後ずさっていく。床に赤い液体が数滴落ちているのが見える。
「おい……どういうことだ?治んねぇぞ」
「はぁ?」
リーダーと呼ばれる男とその部下らしき男が声を上げる。間髪入れず一歩前に足を出す。数滴落ちている血を踏みつぶし、もう一度拳に力を込める。
「なっ?……がっ……」
「リーダー!ちっ……」
「美幸ちゃん。後ろの車両に逃げて!」
「……え?」
後ろの車両へとつながる扉の方を指差す。とりあえずこいつらから彼女を離す必要がある。直接的に何か危害を加えられたわけでは無いが、この状況であんなことをする必要がない。もし、普通の人間なら後で謝ればいい。
「早く!」
「分かった」
「行かせんな!ウィンドウ」
片手で顔を覆いながらスーツの男が叫ぶ。鼻の辺りを抑えているため少し声が変だが、それでも困惑が伝わってくる。
「あぁ」
「させねぇよ」
すでに手は打ってある。車両の席から立ち上がり車両の窓に手を当てて何かしようとしているが、何も起きない。部下のような男は困惑しながら俺の方を睨むばかり。奴の左足には俺の鎖が巻き付いている。相手はそれに気づくと鎖を外すために足を振るっている。
「お前……まさか、異能無効化のガキか?」
「さぁな?」
「あ?」
美幸ちゃんがこの車両を出てから10秒ほど。本気で走っているなら2,3両くらいは移動したかな?目の前にいる二人の異能力が何かは分からないがとりあえず対処するしかない。電車が爆発したとなると警察も消防もすぐに駆け付けるだろう。そうなれば状況が悪くなるのは向こうの方だ。
「……くくっ……アハハ」
「はぁ?」
先ほど殴った方の男が笑い声をあげた。ウィンドウと呼ばれた男も足首についている鎖を外しながらニヤニヤしている。
「……そういうことか……なるほど……だから……」
「おいおい、まさか一気に目標を2つ見つけられるとはな」
「目標?お前らの目的は何だよ?この爆発もお前らなのか?」
「さぁな?」
スーツの男が首を傾げた瞬間、バキッと言う音と共に鎖が外れた。どちらから対処すれば良いか一瞬迷う。しかし、少し離れているウィンドウと言う男よりも近くにいるスーツの男の方から先に拘束する。
「ウィンドウ」
「あいあい」
ウィンドウはスーツの男の声に応じて手を窓に伸ばす。その手は何故か固いはずの窓ガラスに沈んでいく。そして棚からものを取り出すような感じで窓から額縁のようなフラフープのようなものを引っ張り出した。
「なんだ……?」
男はそれを自分の頭の上に掲げて……そのまま落とした。男が額縁のようなもの中をくぐるような形になるが、男の姿は額縁の下からしか見えない。まるで消失マジックのような光景が目の前で起こった。そのまま額縁が男足元まで落ちると男の姿は完全に消えていた。
「これがウィンドウの異能だ。一定の面積を持つ枠の内側をテレポートの入口と出口にすることが出来る」
「……っ!?美幸ちゃん」
今更テレポートと言う映画でしか聞かないようなワードには驚かない。それが異能だから。しかしテレポートが出来るということは、つまりあいつは美幸ちゃんの方に転移したという事だろう。
「女の子は生死不問だけど……お前は別だ。愚者」
「っ!?」
さっき感じた違和感の正体が分かった。さっきから右手が痛むのだ。帝と長く一緒に居たせいで忘れそうになっていた感覚。「数字」を持った異能力者。
「お前は……」
「俺は……『
東京異能戦線~22人のタロットゲーム~ 広井 海 @ponponde7110
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