31話 愚者の護衛

「私の質問には「はい」か「Yes」で答えなさい」


 それが彼女と学校で始めて会ったときの最初の言葉だった。帝の妹。この子も当然金持ちだ。当然のようにテストでは最上位を取り、所属する部活では最優秀の成績を収め、顔も良い。性格と話し方を除けば完璧な人間と言える。


「なんなら「ワン」でもいいわよ」


「はいはい」


 中等部の廊下でやるような会話ではないが、仕方なく付き合わなければならない。中等部に高等部の人間が来ることは珍しいことだが、生徒がほとんど残っていないのでそこまで周りの目は気にならない。


「零?」


「朱音ちゃん」


「その子……」


「あなた……」




                 +             + 





「まさか……あなたが四ノ宮 朱音の兄だったなんて」


「まぁ……顔似てないし分からないよね」


「敬語」


「分からないですよね」


 俺の方が年上なのに何故か常に敬語で話すことを強いられている。歩くときも少し後ろから歩けと言われている。学校から歩いて十分ほどのところにあるオフィス街を通って、一駅先の駅へ向かっている。いつも利用している駅は危険だと帝に言われたので今日は違う駅を利用するらしい。


「えっと……電車の時間は……」


「あと15分よ」


「え?なんで分かるんですか?」


「あなたいつも乗っているんでしょ?その時間から一駅分時間を計算すれば済む話じゃない」


「あっ……そっすか」


 いつも乗っている電車の時間はさすがに覚えているが、一駅分歩いた時間だけズレているので頭から抜けていた。

 

「なんでお兄様はこんな奴と友達に……」


 まぁ……本来なら出会う事のない人間だからな。あんな出会いが無かったら、異能力が無かった出会えていなかっただろう。道を曲がると駅が正面に現れた。横断歩道を渡れば駅のロータリーに入れるが、ちょうど信号が青から赤に変わった。立ち止まると美幸ちゃんから会話を始めた。


「1つだけ聞きたいことがあるのだけど」


「何?」


「お兄様と会話をしている時に言っていた「イノウ」って何のこと?」


「え?帝から聞かされてないの?」


「……えぇ」


 てっきり事前に異能力のことなどを話しているのかと思っていたが、そうではなかったらしい。しかし、いきなり異能力について説明しろと言われても答えに詰まってしまう。


「う~ん……何となく、魔法?みたいな感じ」


「はぁ?そんな説明じゃあ分からないじゃない。もっと具体的に説明しなさい」


「詳しいことは帝に聞いてくれ。俺もあんまり詳しく説明できない」


「……そう。もういいわ」


 ちょうど信号の緑色の光が見えたので歩き始める。美幸ちゃんはあきらめたようにそれ以上、言及してこない。常に後ろを歩いているので後ろ姿しか見えない。


「もしかして……あんまり帝と喋んない?」


「……えぇ」


「俺も最近だとあんまり姉貴と話してないから……その……年頃だとそんな感じなのかな……みたいな?」


「お兄様は私と話して時間を無駄にするほど暇じゃないの」


「そうか?意外と暇してるぞ、あいつ」


「……あいつ?あなたのような人間がそんな風に言っていいような人じゃない!」


「……ごめん」


 美幸ちゃんは人通りも多いのにかまわず大きな声を出す。何人かはこっちを向いているが、ほとんどの人間は素通りしている。都会は良くも悪くも冷たい。

 

「……くっ……もういい」


 周囲の人間に見られていることに気付いたのか、顔を少し赤らめながら周囲を見渡す。そして、吐き捨てるように言葉だけを残して駅の改札の方に走って行ってしまった。



 

                 +             + 




 らしくない。いつもならば冷静に対応できたはず。そもそもお兄様からのお願いでなければ、あのような凡人と会話することさえないのに。


 なんで苛立っているの?……もしかして家族である私よりも仲が良さそうに見えたから?お兄様が他人を信用することなどない。そもそもお兄様が一人いれば大抵の問題は解決するので他人に頼る必要が無いのだ。それなのに……。

 

「ん」


 狭い。普段なら電車などほとんど乗ることなんてないが、今日は使うしかない。周囲との距離が10㎝ほどしかない。息苦しくて仕方がない。


「はぁ……」


 息をつく音。人と人との距離が近いため呼吸音も近い所から聞こえる。いや、ちょっと近すぎる気が……。


「!?」


 今、触れられたような。いや、確かに触られた気が……。


 体は動かせないので首だけを動かして辺りを確認する。しかし、こちらを見ている人は居ない。皆、スマホを見ているか下を向いているかのどちらかだ。


 どうしよう。相手はおそらく真後ろ。でも、首を180度回転させられないため確認も出来ない。


「はぁ……はぁ……」


 背後からの息が荒くなっている。明らか過ぎる。どうしよう。


「うっ……」


 突然、背後からうめき声のような音が……。それと同時に鼻息も誰かに触られている感触も無くなった。周囲の人間に変化はない。


「あの……」


「……」


「次で降りましょう」


 隣に現れた男が声をかけてくる。



                 +             + 




「なんでついてきたの?」


「一応、頼まれてる身なんで……」


 ついてきて正解だった。あの性格なら大声を出して犯人を追及し始めるのかと思っていた。後ろに居た親父の手を掴んで、無言で握りしめていたら次の駅で降りて行ってしまった。


「大丈夫ですか?」


「何が?」


「いや……色々」


 彼女の家の最寄り駅で一旦降りた。駅の東口のロータリーには車が何台か止まっている。制服を着た人間も何人か駅から出てくる。


「別に……」


「そうすか」


 まぁ……あの、帝の妹だからな。心配するだけ損だったかもしれない。


 彼女の後ろの方。ロータリーには黒塗りの車が止まっている。彼女の迎えらしい。


「じゃあ……もう行くから」


「はい」


 俺の最寄り駅はもう2つ程先に行かなければいけないので改札の方に戻ろうとした時。


「……その」


「?」


「ありがとう」

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