【短編】余命宣告されたモブ令嬢と隠しルートの人見知り魔術師

佐倉穂波

余命宣告されたモブ令嬢と隠しルートの人見知り魔術師

 前世の記憶を思い出し、高熱に倒れる。

 ミリアは、異世界転生のテンプレみたいな現象を、現在進行形で体験していた。

(ここは乙女ゲームの世界みたい……それにしても、頭は痛いし、体がとても怠い)

 ミリアの記憶と前世の記憶を合わせた結果、この世界が最後にプレイしていた乙女ゲームの世界であることがわかった。

(私は、モブかぁ)

 ミリア・バートンというキャラは乙女ゲームには登場しない。

(悪役令嬢やヒロインじゃなくて残念な気持ちもあるけど、モブはモブで気が楽だし、リアルにイベントを観賞出来て良いかも)

 そんな事を楽観的に考えていると、ボソボソと部屋の外から話し声が聞こえた。

 耳を澄ましてみると、先程ミリアを診察してくれた医者と父が話しているようだ。

「大変申し上げにくいのですが、お嬢様の状態は厳しく……そうですね、余命は10日……持てば良い方ではないかと」

「そんなっ……ううっ」

 申し訳なさそうな医者の声と、父の嗚咽。

 衝撃的な内容にミリアは、理解出来ないというか、したくなかった。

(余命……10日?え、何?それって私の事……?)

 確かに体が鉛のように重い。

 普段の風邪に比べて症状が酷いなとは感じた。だけど、まさか余命宣告されるほど重病だとは思っていなかった。

 頭が真っ白になる。

 モブなりに楽しく過ごそうと思った矢先の事だ。

 父と医者の気配がなくなってからも、ミリアはしばらく固まったままフリーズしていた。


「私、もうすぐ死ぬの?」

 ポソッと言葉にすると、じわっと涙が溢れてきた。

 まだ死にたくない。

 でも、医者の申し訳なさそうな声を聞く限り、ミリアの状態は手の施しようがない状態なのだろう。

 そこから数時間、ミリアは鬱々と「いやいや何かの間違いでしょ」と否定したり、「何で私が?」と怒りに駆られたりしながら、【余命10日】を受け入れていった。

 10日しかないのだ。

 ならば、早々に受け入れて、悔いの残らない人生にするしかないと、無理矢理自分に言い聞かせた。


「どうせ死ぬなら、推しに命をかけて死にたいなぁ」

 前世のミリアは、この乙女ゲームのある人物に恋していた。

 魔術師リュカリス。

 彼は全ルートクリア後に解放される、隠しルートで攻略出来るキャラだ。

 黒髪に赤い瞳という、中二病を拗らせていた前世の性癖にぶっ刺さる外見に、無愛想キャラがヒロイン(プレイヤー)に見せる不器用な優しさに悶絶していた。

 悪役という訳ではないが、悪役キャラとの取引で魔道具を作ったり、時々ヒロインの前に現れて不吉な予言めいたことを呟く微妙なキャラだったので、人気はそこまでなかったが前世のミリアにとっては運命の出会いだった。

 同じゲームをプレイしていた友達が引くくらい、前世のミリアはリュカリスを推しまくっていた。

 まるでリュカリスが現実に居るかのように話をするため、友達が「頭は大丈夫か?」と何度も呆れながら聞いてきた思い出がある。

 そのリュカリスが、同じ世界で、生身の人間として存在するのだ。

 もうこれは、残りの人生をリュカリスに捧げるしかないだろう。

 寧ろそのために転生してきたのではないかと、思い込みの激しいミリアは思った。


*****


 余命宣告について、両親はミリアに告知しない方向にしたらしく、何の話もなかった。ただ、ミリアを見る瞳が悲しみに彩られているのをみて、「ああ、やっぱりあの宣告は夢じゃなかったんだな」と再確認した。

 なのでミリアは、余命宣告については触れずに、家族にはいつも通り過ごしているように見せながら、残りの人生を有意義に過ごすことにした。

 ということで、翌日からミリアは放課後に学園の研究室に引きこもるリュカリスの元を訪ねることにした。


 一日目。

「君は誰だ?僕は知らない人物とは関わりたくないんだ」

 こちらの反応を確かめる事もなく、バタンッと扉を閉められた。

 予想はしていた。

 リュカリスは極度の人見知りで、初対面の人物に対してかなり辛辣な物言いをするキャラだった。

 そんなキャラがどうやって悪役キャラに魔道具を提供していたか?それは、通信用の魔道具を使っていたのだ。

 それに、ヒロインに不吉な予言めいたことを言っていたのは、リュカリスの独り言を聞いたヒロインが自分に言っていると思っていただけの話である。


 二日目。

「また君か」

 そう言って、にべもなく扉を閉められた。

 何度かノックしてみたが、その後開けてくれる気配はなかった。


 三日目。

「またか……知らない人物とは関わりたくないと言っているだろう?」

「今日で三日顔を合わせました。なので、知らない人物ではありません」

「屁理屈だな」

 リュカリスはミリアを冷たい視線で一瞥すると、扉を閉めた。

 因みにミリアは、その冷たい視線に恐れを抱くことはなく、寧ろ「あー、やっぱりリュカリス様かっこいい」と内心悶絶していた。


 四日目。

「君はしつこいな」

 冷たい視線の中に、これまでと違い少し呆れの色が混じっていることに、ミリアは嬉しくなる。

「ミリアと言います。リュカリス様」

 これまで名乗っていなかったというか、名乗る隙もなかった。

「はぁ……聞いてない。帰ってくれ」

 タメ息を吐きながら扉を閉められたが、バタンッではなく、パタンと小さな音だった。

 ミリアは、リュカリスとまともに会話らしいものが出来た事が嬉しく、ホクホクした気持ちで帰路に着いた。


 五日目。

 これまで余命宣告はやっぱり冗談だったのでは?と思うくらい熱が下がってから体調は良かったが、今日は朝から体がとても重くて怠かった。

(余命宣告された当日を入れたら六日目だものね。やっぱり宣告通り死んじゃうんだろうな……)

 宣告は勘違いでしたという期待は、体調の悪さを自覚し消えていった。

(今日は、昨日よりも話せるといいな)

 推し活に残りの人生を費やすと決めた通り、ミリアは今日もリュカリスに会いに行く。体調の悪さを気取られないよう、扉の前で深呼吸して乱れた呼吸を整えて、笑顔を作ってからノックをした。

 少しして扉が開き、いつものように無愛想なリュカリスが顔を覗かせる。

 「知らない人物とは関わりたくない」「帰ってくれ」と冷たい態度のリュカリスだが、絶対に一度は扉を開けてくれる。五日目ともなれば、きっとミリアが来たことは予想しているだろう。

 人見知りだけど、心の中では誰かと関わりたいという気持ちがあることをミリアは乙女ゲームの知識で知っていた。

 だから、何度門前払いされてもめげずに会いに来るのだ。

「こんにちは、リュカリス様」

 ミリアは、にこりと笑顔で挨拶をする。

 リュカリスが無言で眉間にシワを寄せるのを見て、今日はこのまま会話なく扉を閉められるのかなぁと残念な気持ちになった。

「……入って」

「え?」

 一瞬、意味が解らず、ミリアは間の抜けた表情になった。

「顔色が悪い。少し休んで帰れ」

「あ……ありがとう、ございます」

 笑顔だけでは顔色は隠せて居なかったようで、リュカリスに体調不良がバレてしまった。

 初めて入った研究室は、机の上は筆記用具や魔道具らしきものが煩雑に置かれているが、それ以外はキレイに整頓されていた。

「ここ座って」

 リュカリスに促され、部屋の隅にある一人掛けソファーに腰かける。見た目は年季の入った黒いソファーは、意外とフカフカとして気持ちの良い座り心地だった。

(リュカリス様も、普段このソファーを使っているのかしら?)

 聞いてみたいが、座った途端に気を張っていた分、どっと体が重くなり、意識が遠くなったため聞く余裕はなかった。

 ふわっと軽くて暖かい物を掛けられる感覚と、コーヒーの香りと古紙の懐かしい香りの混ざった、どこか優しい香りがした。

(何だか、ほっとする……)

 そのまま、ミリアは眠りに誘われた。


 目を覚ますと、体調はだいぶ回復しスッキリしていた。

 どれくらい時間が経っただろう?

 研究室には窓がないため、外の様子は分からない。

 部屋をキョロキョロと見渡すと、リュカリスが背を向けて座って何かを書いている。

「あ……」

「目が覚めたなら、帰れ」

 声を掛けようとすると、遮るようにリュカリスから言われた。

 当然、声音は素っ気なく冷たい。

「……はい。すみません。ありがとうございました」

 呆れ顔で良いから、顔を見て話したい。

 だけど、体調不良がバレた上に、研究室で寝てしまって迷惑をかけた自覚はある。ミリアを気遣ってくれただけでも、かなり嬉しい事なのだ。

 ミリアは大人しく帰る事にした。


 掛けて貰った毛布をキレイに畳んでソファーに置くと、ミリアは「また、明日……」とリュカリスに声を掛け研究室を出る。

 扉が完全に閉まる直前「……ああ」と、小さな声が聞こえた気がした。


*****


 六日目。

 放課後、研究室の扉の前で、ミリアはノックをするか悩んでいた。

 昨日は体調不良で研究室の中に入れて貰い、更にはリュカリスの私物(と思われる)毛布を掛けて貰うという、非常に感動的な出来事があった。それに「また、明日」というミリアに返事をしてくれた(ような気がする)。

 帰ってから思い出してはニヤニヤしてしまった。端から見たら怪しい人だっただろう。


 しかし、今日も体調はすこぶる悪い。

 酷い倦怠感だけではなく、目眩と吐き気もする。明らかに昨日より悪くなっていた。

 授業は、ほぼ医務室で過ごした。

(余命宣告されて今日で7日目ね。お医者様は「10日持つかどうか」っておっしゃっていたし、もしかしたら10日持たない可能性もあるのよね。昨日より、かなり悪くなっているし……明日死んでしまう可能性もあるってこと……か)

 一気に最期が近付いて来た感じがして、ズーンと気が滅入る。

 こんな状態でリュカリスを訪ね、うっかり吐いてなんてしてしまったら、目も当てられない。

 そもそも毎日押し掛けて、鬱陶しいと思われている(かもしれない)のに、そんな事してしまったら、もっと悪印象を持たれてしまうだろう。

 死んでも死にきれない。


(でも、会いたい……)

 前世のミリアは、リュカリスの事を2次元のキャラとは考えられず、本気で恋をしていた。

 その気持ちは、前世を思い出したことで、今のミリアに引き継がれている。

(やっぱり、一目だけでも会いたいし、一言だけでも言葉を交わしたい。明日はもうここに来れないかもしれないから……)

 残りの時間が少ないなら、尚更記憶にリュカリスの姿、声を焼き付けておきたかった。

 この調子では、明日は今よりも体調が悪くなり学園に来られないだろう。最悪、朝目覚めないかもしれない。

 ミリアには、明日という未来を考える余裕はないのだ。

 ミリアは、扉をノックするために腕を持ち上げた。


 しかし、ノックをする前に扉がカチャっと静かに開いた。

「……来ていたのか」

 扉の前にミリアが居るとは思わなかったのだろう。リュカリスが驚いたように目を開いている。

 ミリアの姿を見て、ほっと表情を少し崩したように見えたのは、ミリアの妄想でないと思いたい。

 リュカリスは、そのまま扉を開いたまま踵を返した。扉を閉めないという事は、ミリアが入って良いという事だろうか?

「失礼します」と一歩踏み出す。


 グニャリと視界が歪んだ。

 猛烈な目眩にミリアの身体は平衡感覚を失い大きく傾く。

「おいっ!」

 焦ったような声がして、ミリアの身体をリュカリスが支えた。

「まだ具合が悪いのに、どうして来たんだ」というリュカリスの声が遠くで聞こえる。

(あ、また意識が)

 視界が白くなっていく。

(だめ、このまま、目が覚めないかも……)

 このまま倒れて意識を失ったら、目を覚まさないのではないかという焦燥感に襲われた。

「……リュカ、リス様」

「無理して喋るな」

 頑張って絞り出すようにリュカリスの名前を呼ぶ。

 素っ気なく、ぶっきらぼうな言い方だけど、少し優しさを孕んだ声が無理するなと言ってくれる。

 だけど、今無理しないと一生伝えられないかもしれない想いがある。

 その想いだけは、絶対伝えたかった。


「リュカリス様……ずっと……好き、でした」

 最後の方は声が小さくなっていたかもしれないが、何とか言葉にする。

 リュカリスの反応を確認をする前に、ミリアは意識を手放した。


(これで、思い残すことは……)

 思い残すことは沢山あった。

 ミリアの告白に対するリュカリスの反応がみたい。

 もっとリュカリスと話がしたい。

 乙女ゲームのリュカリスではなく、今のリュカリスの事を知りたい。

 ミリアの事を知って貰いたい。


 だけど、余命僅なミリアには時間がなく、告白するだけで精一杯だった。


*****


 目覚めると、ミリアは自分のベッドの中にいた。

(まだ死んでない……良かった)

 まだ生きていた。

 ミリアは、ホッと息を吐く。

(確か、リュカリス様に告白したあと、倒れたはずだけど、どうして屋敷に?)

 リュカリスの研究室で倒れたのに、いつの間にか屋敷に帰って来ている。もしかしてリュカリスが送ってくれたのだろうか?

「目が覚めたか」

 ここ最近聞き慣れた、素っ気なくぶっきらぼうな声。だけど、屋敷で聞こえるはずのない声に驚き、ミリアは勢い良く声の方を向く。

 リュカリスが椅子に座っていた。

「なっ……」

 人間驚き過ぎると声が出なくなるものである。酸素を求める魚のように、ミリアはパクパクと口を動かし、リュカリスを指差す。


「「ミリア!!」」

 どうしてここに?と尋ねようとした声は、部屋に入ってきた父と母の声に遮られた。

「良かった、やっと目が覚めたのね」

 父も母も、目の下に、何日も徹夜をしたかのようなクマが出来ている。

「やっと?私は、どれくらい眠っていたのですか?」

「1週間ずっと眠っていたんだよ」

「1週間……」

 ほんの数時間だと思っていた。

 いや、そんな事よりも重要な事がある。

 1週間眠っていたということは、余命10日をとっくに越えているではないか。

「私……余命10日じゃ?」

「ああ、やっぱりあの時、お医者様との会話が聞こえていたんだね」

 あの会話は、聞き間違いではなかったらしい。では、どうしてミリアは生きているのか?

「そういえば、身体が軽い」

 あの酷い倦怠感も、目眩も、吐き気も全くなくなっていた。


「僕が説明しよう」

 黙って両親とのやり取りを聞いていたリュカリスが説明を申し出ると、両親は「宜しくお願いします」と頭を下げて、ミリアから離れた。

 何故医者でもないリュカリスが説明するのか解らず、ミリアは目を瞬かせる。

「医者の余命宣告通り、あのままだったら、君は確かに死んでいた」

「はい……では、どうして私は、生きているのでしょうか?」

 確かに、意識を失いながらミリアは死を覚悟していた。

 なのに、どうして生きているのか?

「君の体調不良の原因は魔法核の欠損だったんだ。医者では治せない」

 この世界の人間は魔法を使うために、身体の中に魔法核が存在する。

 ミリアは、何らかの原因で魔法核が突然欠損し、体内の魔力均衡が崩れたことで、魔力が暴走し死にそうになっていたと言う事らしい。

「では、今、体調が良くなってるは……もしかして……」

 あのままだったら死んでいた。

 過去形だ。

「僕が君の魔法核の修繕をして、魔力調整をしたから、体は元に戻ったはずだ」

「じゃあ……じゃあ私は、死なないのですか?」

 震える声でミリアはリュカリスに問う。

「ああ、死なない」

 いつものように素っ気ない声だけど、瞳は真剣な色をしたリュカリスが、はっきり答えてくれた。

「……っ、良かったっ」

 嬉しさで、涙が止めどなく溢れてきた。

 ミリアはしばらく肩を震わせながら泣いた。

 リュカリスが、不器用な手つきで慰めるように頭をポンポンと撫でてくれるのが、嬉しかった。


「今日は帰るが、しばらく魔力が安定するまで、魔力調整に来るから」

 ミリアが泣き止んだ頃合いで、リュカリスが呟く。

「それから今度、この間倒れる前に言ってた事、もう一度聞かせて。過去形じゃないセリフで」

 リュカリスの顔がミリアの耳元に近付き、更に小さな声で囁かれた。

「この間の……え、あ……」

 倒れる前に言っていた事──『リュカリス様……ずっと……好き、でした』

 これを、現在形でもう一度と。


 ミリアが顔を真っ赤にしてリュカリスを見ると、少し意地の悪い表情で笑っていた。


─fin─

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