勇者の墓場

或真

再会

 今日は年に一度の祭日『死者の日』だ。死者達が年に一度、家族や愛人に会える日。死者の霊は今日一日だけ死後の世界『カロン』からこの世界に降臨して、実体化する。


「お元気ですか、お師匠様。」


 私が訪れたのは我が師匠にして先代勇者であるアロンの墓。四十年にもわたる勇者と魔王間の大戦、魔勇大戦に終止符を打った英雄アロンの墓。


 僅か一年前の事。アロンは自身の命を投げ出して世界を救った。今でもその瞬間を鮮明に覚えている。


 冷たくなった師の体を抱き抱えながら、夜通し泣いたものさ。


「平和な世の中になりましたよ、師匠。」


『そのようだな。』


「し、師匠?!」


 突如、後ろから声が聞こえ振り返るとそこには半透明になったアロンの姿があった。


『よう、シエラ。元気そうにしてて何よりだよ。』


 アロンは優しく私の頭を撫でる。昔よくしてくれたように。懐かしい感覚に思わず頬が緩むのを感じる。


 私は決して出来の良い勇者ではなかった。たかがスライムによく苦戦してたし、正直言って最弱だった。


 でもそんな私を見捨てず、娘のように育ててくれたのがアロンだ。魔法が上手く出来なくて泣きじゃくった時、アロンはいつも頭を撫でて慰めてくれた。


『それにしてもシエラ、酒はないか?『カロン』では酒がなくてなぁ、飲みたくてうずうずしてるんだよ。』


「そう言うと思ってとびっきりのヤツを持ってきましたよ。ジャン!魔国ワインの百年モノ!これ一本で金貨百枚くらいするんですから、味わって飲んでくださいよ!」


『ほぉ!魔国のワインか。魔族が作った酒が手に入るとは……恐れ入ったよ。』


 ワイングラスを二本出して、魔国ワインを墓の前で注いでいく。


 師匠はワイングラスを手に取ると匂いを嗜みながら、ワインを口に含む。下の上で転がした後、ゴクリと飲み込む。


『オォ!すごく美味いな!』


「ですよね。前二十年モノを飲んだんですけど、それもびっくりするくらい美味しかったです。」


『魔族もいいモノ作るなぁ。』


「そうですね。」


 私もワインを口に含む。師匠の言う通り、素晴らしい味だ。


「師匠、『カロン』ってどんな所ですか?」


『うーん。変な所かな。雲の上で寝てるだけっていうか、少し退屈かな。でもまあ、すごく気持ちいい所さ。』


「へぇ、食事とかは?」


『基本的にないけど、頼んだら出るって感じ。全体的に美味しいし、飽きないね。それに、あっちじゃあ太らないし。』


「ハハッ、そりゃあいいですね」


『でも娯楽がやっぱりな。本もないし、食って寝るだけの生活だぜ。』


「え?じゃあ今日は?」


「唯一の娯楽だな!ハハッ。』


 それから私は師匠とたわいもない話をし続けた。『カロン』の人たちの悪口とか、近所の犬の話とか、いつもと変わらない話をして時間を過ごす。


 でもその時間はあっという間に過ぎ去っていった。


『さて、そろそろ行くかな』


「……もう行っちゃうんですか?」


『ああ、あんまり長くいすぎると死者の国に連れてかれちまうからな。』


「そうですか……あ!それじゃあ最後に一つ!」


『お?』


 私は鞄の中から一本の剣を出す。その剣は師匠が愛用していた聖剣アウトブルクだった。


『懐かしいものを出すなぁ。』


「相棒とも会いたいかなって思いまして」


『なあ、シエラ。一つ聞いていいかな。』


「いいですけど、どうしたんですか?急に摯実になって。」


 師匠は、愛剣を見つめながらゆっくりと、そして悲しそうに口を開いた。


『なんで俺を殺したんだ?』


 しばらく沈黙が続く。


「私は、勇者です。」


『ああ、そうだ。ならなぜ私を殺した?憎むべき相手は魔王であろうに!』


「勇者の役割ってなんだと思います?」


『魔を祓い、世界を平和にすることだ』


「私もそう思ってました。でも見ちゃったんですよ、各地での惨事を。」


 私はある村で親を無くした子を見た。親は魔族に殺されたのではなく、私の戦いに巻き込まれたそうだ。


 私は魔王領で嘆く親たちを見た。彼、彼女らの子供達が勇者軍によって処刑されたらしい。


 魔四天王と対峙した時もそうだ。彼等の遺言は一貫して『家族を頼んだ』であった。


 師匠はそんな戯言に耳を傾けるなって言うけど。私はいつまで魔勇両方の嘆声を無視すればいいんだろうか。


 もはや、どちらが魔王か、私には分からなかった。


「私にとって、勇者の役割っていうのは、命を守る事です。」


『ああ!魔族を倒すことで、命を救う。その通りだ!』


「師匠。貴方は魔族との戦いが遺した被害を一度でも見ましたか?」


『だがあれは必要な犠牲だった!』


「何百万と死んでも必要な犠牲だと!?私は唯一の身内をこの対戦で亡くした!」


『だがそれは不可抗力だった!』


「魔族はそもそも戦争を望んでいなかった!あなたが散々悪の化身だと非難した魔王は私たち勇者より良心、慈愛に満ちていた。」


『それはあくまで魔王だけの話だ!』


「知ってる?魔族達は無闇な略奪や虐殺は行わなかった。彼等が行っていたのはただの自民防衛!」


 沈黙。


「これ以上、命を無闇に奪わないように!勇者として魔勇両方の命を守るために!私は貴方を殺して、魔族との共存を選んだ!」


『シエラ!人間を裏切ったか!』


「それは貴方の方よ!守るべき人間を放ったらかしにして!何が勇者よ!」


『それは!』


 いつの間にか、師匠の体は消えかかっていた。


『……時間か。』


 どうやらタイムリミットが来てしまったみたいだ。師匠の体は光の粒子となって、徐々に昇華していく。


『シエラ、俺は悪い勇者だ。勝手に魔族が悪いと決めつけていたし、見えてたものも見ないフリをしていた。』


『でもな、俺の弟子がこんな勇者に育ってくれたなら本望だ。俺はもう死んでる。足枷となる存在はもういない。お前は、お前が正しいと思う道を進め。』


「師匠……」


『そうだな。本当は俺が魔王でお前が勇者だったのかもしれないな。勇者だと勝手に名乗って、ダサいな。』


「師匠……殺してごめんなさい。」


『いいんだよ。お前は正しいことをやったんだ。泣くなよ。』


 アロンは優しく私の頭を撫でる。昔よくしてくれたように。


「アロン、私を育ててくれて、ありがとうっ!」


『お前も、最高の弟子だったぜ。お前は最高の勇者だ!誇れ!」


 アロンは笑いながら消えた。そこにはもう誰もいなかった。私のあげた聖剣だけが残されていた。


「さようなら……師匠」


 私はしばらくそこに佇んでいたが、やがて立ち上がって墓に別れを告げる。ゆっくりとその場から立ち去ると背後から強い風が吹き荒れたような気がした。まるで師匠が風で送ってくれたようなそんな感覚だ。


 それが幻覚なのかそれともただの錯覚なのかは分からない。


 でも、それでも私は満足だった。

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