第45話

 凄腕と評判のミリアの治癒を求めて、今日も多くの患者が診療所へと詰めかける。

以前は魔力が多いことを隠していたミリアであったが、今ではジルベスターと一緒になったのを機に魔力の出し惜しみをしなくなった。重い病や酷い怪我、難しいとされる解毒の治癒魔法までこなす。


 おかげでわざわざ高額なお布施を用意し、遠い王都の大神殿にいる聖女を頼る必要はなく、ここに来れば治らない病はないとまで噂されるようになった。

ただし聖女との決定的な違いは、聖女は目の前の救いを求める人に全力で治癒魔法をかけ、一回で快癒させてしまうが、ミリアは違う。一日に何十人と患者を診なくてはいけないため、重症の患者は数回に分けて治癒する。しかも急な患者に対応できるように、魔力の残量には常に余裕を持たせていた。もちろんシルベスターのためにも。


「ミリア君、ちょっといいかな」


「はい、ただいま」


 隣の貴族専用の診察室で、秘密裏に診察を受けたいという要人を診ていたフェルナンドから声がかかる。彼が貴族の診察をする時は、ミリアは毎回お呼びがかかるまでファイと一緒に一般患者用の診察室で薬品の補充をしたり、コットンの準備をしている。そして患者の許しを得たのち、ミリアが同席することになっていた。


「失礼いたします」


 ミリアと、認識阻害の闇魔法で姿の見えなくなったファイが貴族専用の診察室へ入ると、三十代と見られる男性がシャツとベストの前ボタンを外した状態で診察台に横たわっていた。


「ミディアム卿、こちらが治癒士のミリアです。私と同様、患者様に関することは一切口外しないとお約束いたします」


「ミリアと申します。私共には守秘義務がございますので」


 ミリアは姿勢を正し、爪先を揃えて礼をする。基本、患者に関することは貴族でなくても口にしないのがルールであるが、訳ありでここを受診する貴族のために、あえて宣誓するのであった。


「ふむ、君たちを信用することにしよう」


「ありがとうございます。ミリア君、こちらの患者様の胸部に疼痛軽減の治癒魔法をかけて欲しい」


「承知しました」


 ――疼痛軽減だけ……?


 病名、症状などの説明が何一つされずに疼痛軽減を頼まれ、なぜ患部の治癒をしないのだろうかとミリアは疑問に思う。

そしてミディアム卿の胸元に目をやるとその異様さに息を飲んだ。心臓付近から、まるで植物の根のように放射状に広がる赤黒い痣がそこにあった。ミリアも多くの痣を見てきたが、このような模様の痛みを伴うものは初めてだった。

疼痛軽減と言われたが、ミリアは試しに外傷を治す治癒魔法をかけてみる。


――おかしいわ。治癒魔法が効かない……。


 痛むのならそこに疾患があるはずで、何かしらの手ごたえがあるはずだが全くそれを感じない。


「ミリアとか言ったな。余計なことはしなくてよい」


「し、失礼いたしました」


 ミディアム卿に外傷の治癒魔法であることを感づかれ、とっさに疼痛軽減に切り替える。疼痛軽減の治癒魔法は効くようで、心なしかミディアム卿の表情が穏やかになった。


「お疲れさまでした。また疼痛軽減が必要でしたらご来院ください。効果があるかもしれないので、痛み止めの薬を出しておきましょう。あと、カモミールなどのハーブティーも効くかもしれません。紅茶の代わりに飲まれるのをお勧めいたします」


「ふむ、ハーブティーか。試してみよう。世話になったな」


「お大事になさってください」


「どうぞお大事に」


 寛げたシャツとベストの前ボタンを締め、身だしなみを整えるとミディアム卿は診察室を出て行った。


 治癒魔法の効かない病気がある――こんなことは初めてであり、ミリアの心に僅かな引っかかりとして残る。次々に来院する患者の対応に追われながらも、あの異様な痣が忘れられないのであった。


 一日の診療が終わると、ミリアとフェルナンドはカルテの整理をしながらミーティングをする。今後注意が必要な患者の診療方針や、明日、来院予定の患者の確認、その他気になることがあればこの時間に話し合っていた。ファイもミリアの側でカルテを順番に手渡す手伝いをしていた。


「フェルナンド先生、今日は初めて治癒魔法の効かない患者様にお会いしました。あの方の診療方針は今後どのようなものになるのでしょうか」


「ミディアム卿のことだね。あの症状は、私が見習いだったころに一度だけ見たことがある。あれはね……病ではなく、呪いだよ」


「呪い……?」


「そう、だから治癒魔法は効かないし、治療方法もない。なぜか疼痛軽減の治癒魔法だけはある程度有効でね、医療として対処できるのはそのくらいなんだ。痛み止めの薬も気休めにしかならないしね」


「治すことはできないのですか」


「呪いを解呪できるのは王都の大神殿にいる聖女だけだよ。しかも特別な修練を積んだごく一部の聖女だけ……おそらく高額なお布施が必要になると思うよ。それが用立てられるまで疼痛軽減でやり過ごすおつもりなんだろう」


「お布施が用意できなければどうなるのでしょう」


「最悪の場合は命を落とすと聞いている」


「そんな……」


 ミリアにとって呪いとは噂で聞いたことがある程度のものだ。それが命を奪うものだと知り言葉を失う。


「君が気にする必要はないよ。呪いについてはファイ君の方が詳しいんじゃないかな」


「そうですねぇ。貴族の間では珍しいものではありませんね。毒と比べて証拠が残らないですし。だけど呪いに使う材料は高額で入手困難な素材ばかりなんですよ。どこかの貴族が私利私欲のために大枚をはたいて貴族を呪いにかけてるんです。そして高額なお布施を払って解呪する。ほんと、お金の無駄使いですよねぇ」


「要は貴族の間にしかないものだから我々には無縁だってことだ。まあ、早くお布施を用意して聖女のところで解呪してもらうことを祈るばかりだね」


 何でもないことのようにフェルナンドが言う。修練を積んだ聖女にしか対処できないのであれば、これ以上ミリアが気にかける必要はない。気持ちを切り替えて、ファイからカルテを受け取り、次の患者の注意事項を確認するのであった。


 ミーティングの最後に、ミリアは王都へ帰省するための休暇を三週間ほど取りたいと伝えると、フェルナンドは快く認めてくれた。


 片付けを終え、迎えに来ていた馬車にミリアとファイは乗り込む。街はとっぷりと日が暮れ、お腹もすいて屋敷の料理人が用意してくれる夕食が待ち遠しかった。


「今日も手伝ってくれてありがとう、ファイ」


「ミリア様、あのミディアム卿って人は偽名ですよ。本名は確かフランツ・メディアール。小さな領地ですがメディアール領の領主で、爵位は子爵です。先代が亡くなって、最近世代交代をしたんですよ。おそらくあの呪いは、爵位を狙う弟のデュラン・メディアールに間違いないですね」


 馬車が走り出して間もなく。ミリアの礼の返事よりも先に、ファイが得意げに話すのはミディアム卿の個人情報だった。ミリアは患者の治療に関係ない個人情報はなるべくそっとしておきたいと考えている。ミディアム卿にしても、偽名で診察に来るほど知られたくない内容であるはずだ。


「ファイ」


「はい」


「それは私の知りたい情報ではないわ。私はただ患者の病に向き合いたいだけなの。あなたは有益な情報を提供してくれたつもりなんでしょうけど、そういうのは不要よ」


「分かりました。大変失礼しました」


 向かいに座るファイはぺこりと頭を下げた。


「ジルにもミディアム卿のことは報告してはダメよ」


 ファイの主はジルベスターだ。ミリアの侍女兼護衛を務めているのも彼の命令である。この感じでは普通に報告しかねない。


「もちろん言いません」


 ファイはそう言いながら目線をそらす。ジルベスターならこの情報を悪用したりしないと信用しているが、そもそも漏洩することが問題である。ミリアは「頼むわね」と念押しをして、ファイを信じるしかないと思うのであった。

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貴族になんかなりたくない! 斉藤加奈子 @kanak56

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