おまけ:十二年後①

【前書き】

お待たせしました。いつもより短めですが、おまけは二話に分割することにしました。


////////////////////////////////////////////////////////////


 ――それから、十二年の年月が流れた。


 この間に『サン・ルトゥールの里』の一帯は、森をはさんで接する二つの国家――『ヒルデブラン王国』と『ハルシュタット大公国』の承認を得て、『サン・ルトゥール国』というエルフの国として認められた。そこに至る経緯や、その後の出来事について、この場で語り尽くすことは難しい。


 一方で、ノアたちが暮らす『ゼーハム』の町では、比較的穏やかな時間が流れていた。


「――今日、つのか」

「うん」


 増築して広くなったノアの家の一部屋で、レティシアとフェリクスが会話をしていた。フェリクスは旅の荷造りをしているところだった。


 フェリクスは今年で十五歳になった。人間の世界では、多くの国々で成人と見される年齢だ。すくすくと成長した彼の身長は、今やノアをわずかに上回っていた。


「……そうか。フェリィは私と違ってしっかりしているから大丈夫だろうが、くれぐれも気をつけてな」

「まあね」


 レティシアが自嘲じちょう気味ぎみに言うと、フェリクスは肩をすくめて受け流した。

 フェリクスにとってレティシアは義理の母というべき存在だが、この義母はたまに信じられないようなポカをやらかすので、どちらが保護者かわからなくなることもあった。荒事などの際は非常に頼もしいのだが……。


 そのとき、二人のいる部屋の外から、トコトコと小さな足音が聴こえて来る。

 現れた水色髪の幼い女児と目が合うと、フェリクスは荷造りの手を止めて相好そうごうを崩す。


「――あ、にぃや!」

「どうしたんだい、リヴィア?」


 リヴィアと呼ばれた幼女もまた、兄を見つけて顔をほころばせた。

 フェリクスは、駆け寄って来たリヴィアを抱き上げる。リヴィアは、この歳の離れた兄によく懐いていた。

 兄妹の仲むつまじい様子を見て、レティシアも目を細める。

 これから長い旅に出るフェリクスにとって、リヴィアとの別れはきっと最もつらいこととして挙げられるだろう。


 小さなリヴィアの父親はノアだ。そして、母親は――


「――あ、ここにいたのね」


 鈴ののようなんだ声と共に、若々しい白髪の女性が姿を見せた。

 フェリクスと、そしてリヴィアの産みの親であるヴィンデだ。

 ヴィンデの言動は溌溂はつらつとしており、かつての病弱さを微塵みじんも感じさせない。


 ヴィンデは、リヴィアを抱き上げてくるくると回るフェリクスに呆れた。リヴィアはといえば、兄に遊ばれてきゃっきゃと笑い、ご満悦まんえつの様子だ。


「お兄ちゃん〜、今日は出発の日でしょう? 準備はもう終わったのかな〜?」

「全然ダメ! リヴィア分のストックがまだ足りない!」


 フェリクスは、ヴィンデの注意にも悪びれる様子を見せない。幼女に密着してたわむれ続ける年長の少年の姿は、これが実の兄妹でなければ何かの事案として取り沙汰ざたされかねないものだった。

 ヴィンデは深々とめ息をいた。


「まあ、仲が良いのはいいことだけど……。フェリィ、キュルケがあなたに何か、頼みたいことがあるって言ってたわよ」

「――キュルケが?」


 ヴィンデのその台詞せりふを聞き、フェリクスはようやく動きを止めた。

 床に降り立った幼女は「もう終わり?」と、きょとんとした。


「リヴィアもキュルケのとこ、行く?」

「行く〜!」

「――じゃあ、ちょっと行ってみるよ」

「……はぁ。行ってらっしゃい」


 結局べったりと引っついたままの兄妹に再び嘆息たんそくしつつ、ヴィンデは彼らを見送った。

 そして、同じく室内に取り残されることになったレティシアと目を合わせると、苦笑を交わした。



 それから半刻後、フェリクスは家族全員に見送られて『ゼーハム』の町を出発した。

 まず目指すのは北東の国境。それから、『ヒルデブラン王国』内『ザルツラント辺境領』南東に位置する港町『ゾルトボルク』に向かう。船で『パルティナ大陸』へと渡り、最終目的地はキュルケがかつて〝不死の秘術〟を会得えとくした場所――東方にそびえ立つ『スミ山』だ。

 とはいえ、〝不死の秘術〟の修得が目的というわけではない。そもそも、いま『スミ山』に登ったからと言って術を会得できるわけでもない。


 この旅はフェリクスにとって、成人を迎えた節目を明確にするための儀式のようなものだ。

 『ゼーハム』の町で成人を祝う宴に参加した彼は、何か自分の力を試すことをしたいと思った。そこで思いついたのが、この一人旅だった。

 その発想は、旅好きの父親から影響を受けているところが大きいと言えるだろう。



「――あんちゃん、エルフかい?」


 『ゾルトボルク』から『パルティナ大陸』へ向かう大型の商業船に乗ったフェリクスは、甲板で一人の水夫にたずねられた。こんがりと日焼けした貫禄かんろくのある水夫だ。


「半分だけですけどね」

「ハーフってやつか」


 フェリクスの言葉に得心した水夫は、その場で両手を組んで祈りをささげる。


「エルフの加護に感謝を」

「――? ……なんですか、それ?」


 この辺りの風習か何かだろうか、とフェリクスはいぶかしんだ。


「ああ、兄ちゃんは知らねぇか」


 水夫はぽりぽりと頭をいた。


「ここらの海を旅する船乗りの間では、エルフは幸運の目じるしなのさ」

「へえ」

「何を隠そう、この俺がエルフの伝説の生き証人なんだ! 忘れもしねぇ。あれは今から十七年前――」


 ――あれ? この話、義母レティシアに聞いたことがあるような……。


 フェリクスがそれを思い出したのは、水夫の話から「クラーケン」という単語が飛び出してからだった。


 水夫の名は、アントンと言った。


***


 『ゾルトボルク』から出港した大型船『ジークリンデ号』は、ぴったり一ヶ月と十日後に『パルティナ大陸』の玄関口である『タンジェ』の町に着港した。


「じゃあな! しっかりやれよ!」

「レティシアによろしくな!」

「――ありがとう! 帰りもよろしく!」


 軽い気持ちでレティシアとの関係を明かしたフェリクスは、『ジークリンデ号』の乗組員クルーたちとすっかり打ちけていた。

 名残なごりを惜しみつつ、フェリクスは船乗り達に背を向けた。



「――おやまあ! あんた、レティシアの息子なのかい!」

「義理の、ですけどね」

「義理ぃ〜? ……ちょっと、後でそこのところ詳しく聞かせなよ」

「は、はぁ」


 『タンジェ』の町に着いたフェリクスは、腕試しと実益を兼ねて冒険者ギルドで冒険者登録を行うことにした。

 ギルドでフェリクスの応対をしたのは、元冒険者のナイマという女性だった。


 フェリクスの耳の形状を見たナイマが「エルフか」と訊ね、アントンのときと同じようなやりとりをする流れになった。


『懐かしいねぇ。昔、この町に金髪のそれは美しいエルフの女がやって来てねぇ。随分ずいぶん世話したもんさ』


 ナイマのその台詞にピンと来たフェリクスがレティシアの名を出し、先の会話につながった。


「義母があなたによろしく、と言っていました」

「こちらこそさ! あの子、腕っぷしは抜群だったからねぇ。あたしも助けられたんだよ」


 フェリクスは『タンジェ』の町に滞在している間、ナイマと食事を共にし、より入り込んだ話をすることができた。


「あんな美人を第二夫人とは、あんたのお父さんも大したタマだねぇ」

「はは……。そうかもしれませんね」


 けなナイマの物言いに、フェリクスは苦笑いでこたえた。

 ちなみに、ノアの妻たちの間では明確な序列は決められておらず、上のナイマの言葉は結婚した順序から早合点はやがてんした結果である。



 フェリクスが東に向かう隊商の護衛任務をけ負い、『タンジェ』の町を離れたのは、『ジークリンデ号』を下りてから十日後のことだった。



////////////////////////////////////////////////////////////

// 【後書き】


――というわけで、フェリクス回・前編です。彼は立派なシスコンになってしまいました(笑)


そして、ヴィンデ復活!

やきもきさせてしまった方は、安心してもらえたでしょうか。

ヴィンデ復活に至る経緯も大まかには考えましたが、お話として語る予定は今のところないのですよね……(汗)


後編も今のところ短めになりそうです。

お楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エルヴン・テイル〜天然エルフの冒険追走劇〜【本編完結】 卯月 幾哉 @uduki-ikuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ