第158話:特訓

 死者の魂は、死体が残っていないなら、未練のあるところに引き寄せられる。その推察が正しければ、ポラッカの魂は僕らのすぐそばにいるはず。魂が見えるようになれば、すぐに見つけられるはず。


 ずっとそう考えていた。


 けれど、どうやら目論見が甘すぎたらしい。


「……ぁッ! ぐ、ぇ……」


「マイロ様!」


「マイロくん!」


 気持ち悪い。


 僕という存在が世界に溶けてしまいそうになる不安と、襲い掛かってくるおびただしい量の情報。魂を掻きまわす不快感は、肉体を取り戻した途端に、現実的な頭痛と嘔吐になって発露する。


 ウリエラとサーリャに支えられながらえずいても、出てくるのは酸っぱい液体ばかりだ。今日の分の食事なんて、とっくの昔に吐き出している。


 でも、まだだ。


「ぐ、もう一度……」


「マイロ様、もう十分です。今日はここまでにしましょう」


「これ以上はマイロくんがもたないって!」


 ウリエラに手を引かれ、サーリャに肩を掴まれると、それだけでもう立ち上がれない。体力が限界らしい。でも、知ったことか。


「ダメだ。まだポラッカを見つけられてない」


 初めて霊体化の術式を試して、見事に玉砕して。丸一日かけて身体を休めた僕は、起き上がれるようになって、すぐにまた霊体化を試した。


 最初よりはマシだった。自分が希薄になっていく感覚や、おびただしい量の『言葉』を覚悟の上で挑んだから、少しは耐えられた。なんの誇張でもなく、本当に少しだけ。結局すぐに限界を迎えた末に、また一日寝込んだ。


 それから何度試してみても、結果は変わらない。僕の精神が、どうしても長時間の霊体化に耐えられないのだ。繰り返すうちに多少慣れたのか、一回で体力を使い果たすことはなくなったが、いまだに数秒の霊体化を、日に三度が精いっぱいだ。


 そして、いまのが三度目だった。


 だというのに、なにも進展していない。


 霊体化するたびに、書庫の中で場所を変えてみているものの、ポラッカらしき魂はどこにも見当たらないままだ。


 推論が間違っているのか、それともなにか、別の要因がポラッカの魂を引き寄せているのか。それを確かめようにも、魂の観察も満足にできないままだ。


「ダメです」


 腕を引かれた。足に力が入らない。そのまま僕は、ウリエラに背中を預けながら、床にへたり込んでしまった。


「マイロ様。ポラッカさんを思ってそうしているのは、わかります。ですが、無理を重ねてマイロ様が倒れてしまったら、元も子もありません……」


「そうだよマイロくん。最初よりも長く霊体化できるようになってるんだから、焦っちゃダメだって」


 二人とも優しいから、そう慰めてくれる。でも、慰めが必要なのは僕じゃない。


「いまのままじゃ、マズルカに顔向けできない」


 最初の失敗からこちら、まだマズルカと話せていない。なんて言えばいい? ポラッカを取り戻すって大見得切っておいて、彼女を見つけられてもいない。


「マ、マズルカさんも、マイロ様が自分を追い詰めることなんて、望んでない、と、思います……」


 そりゃあマズルカだって、彼女たちに劣らず優しい人だ。僕のことも気にかけてくれている。


「だからこそ、それに甘えてはいられないよ。彼女は、ポラッカと一緒にいられるならって、仲間になってくれたんだ。約束を反故にはできない」


「それは……」


 ウリエラだってわかっているはずだ。きっとこの先どこまで行っても、マズルカにとっての一番は、ポラッカであることに変わりはないってことは。彼女は、マズルカを仲間に加えることを提案してくれた、その張本人なのだから。


「ねえ、マイロくん。霊体化に躍起になってるのは、ポラッカちゃんの魂を見つけるため……なんだよね?」


「うん。いまのところはね」


 いずれは、死者たちの王として、リビングデッドになることを望む死者たちを、魂から選別できるようにならなければならない。霊体化し、魂を認識するのは、そのための一歩でもある。


 けれども、いまの最優先目標は、ポラッカの魂だ。


「それなら、エレメンツィアちゃんに探してもらうのは、ダメなの?」


「あー……」


 それは、確かに。


 単にポラッカの魂を見つけるだけなら、既にゴーストとして霊体で活動しているエレメンツィアの力を借りるのが手っ取り早い。


 だがその魂に干渉して、再びリビングデッドにするには、僕が視る必要があるが。


 無意識にその方法を考えないようにしていたのは、それだけが理由ではない。


「いまのエレメンツィアに、なんて言って協力を頼めばいいのか、わからないよ」


「う……確かに……」


 狂気に囚われながらも探し続けた、最愛の主。エレメンツィアは、その張本人に裏切られたのだ。かけるべき言葉なんて、僕には想像もつかない。


 彼女はいまもまだこの書庫に留まってはいるものの、その様相はまさしく亡霊と言うほかない。その彼女に、なんて言って僕らの仲間の魂を探してくれ、なんて頼めばいいのだろう。


「で、でも、いまのまま闇雲に身体を酷使するくらいなら、少しでも可能性を増やすべきじゃない!? ポラッカちゃんの居場所が分かれば、焦る必要もないでしょ?」


「まあ、それは確かにね……」


「わ、私も賛成です。エレメンツィアさんに話すだけでも、してみませんか?」


「……そう、だね」


 このままいたずらに霊体化を繰り返しても、時間が無為に過ぎていくばかりなのは確かだ。もうわかりきっている。霊体化は、一朝一夕で体得できる能力じゃない。


 だったら、ポラッカ探しには別の手を使うべきなのかもしれない。


「わかった、エレメンツィアのところに行こうか」


 まだふらつく足をウリエラに支えてもらいながら、僕は立ち上がり、書棚の間を進んで行く。


 エレメンツィアは、すぐに見つかった。書庫の入り口から真っ直ぐに進んだところの、広い通路の端っこ。地上から転移門で戻ってきた、その場所。彼女の居場所は、ずっと変わっていない。


「エレメンツィア、ちょっといいかな」


「……」


 エレメンツィアはさながら、魂を失った抜け殻のような有様で、僕の声に毛ほども反応を見せず、ただ亡羊と立ち尽くしているばかりだった。

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死霊術師は気持ち悪いとパーティを追放されたので、ゾンビ少女とのんびりダンジョンに引きこもる ふぉるく @boogiefolk

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