カッターナイフと私
徳田雄一
私の命
「アハハハハ!!!」
大学内に響く楽しそうな笑い声。大勢の人間が楽しそうに日々を過ごしていた。
私は何故生きているんだろうか。ほかの人たちの輪にも入れず、ひとり大学内を彷徨い歩く毎日。講義室に入れば教授が来るまでの間永遠と一人ぽっち。
授業が終わっても未だ一人ぽっち。家につけばカーテンを閉め切った暗い部屋のなか、カップラーメンを啜り、毎日の日課であった、鬱診断サイトを開き、毎度鬱の可能性ありと出る結果にモヤモヤしていた。
流石にと気になり、病院に駆け込んだ。結果鬱だった。ため息をつき、病院から出る。鬱と診断されたせいなのか、心做しか自分が澱んで見えた。
そんな私でもひとつだけ趣味があった。女装だ。可愛い服に身を包んでいる時がとても楽しかった。だが、無性にバカバカしく感じた。女なのか男なのかが分からなくなるからだ。
いっその事死にたい。そう考えるようになったのは鬱と診断されてから数週間後のことだった。その気持ちが強くなる一方で自分が男なのか女なのかも分からなくなっていた。
部屋の中に散らばるのは私が好きな服と私が好きなBL漫画だらけになっていた。部屋を掃除しなければと思うほどに身体が動かなくなっていた。次第に何をするのにも辛くなり、ODを始めた。気分が優れた。
そんな日々を続けていると、ついに大学を辞めた。エリートコースまっしぐらだった自分が、今や薬を大量に飲まないとやっていられない人間になっていた。
薬は辞めないと。そう思う度に苦しくなり大量に飲むようになっていった。薬で死にたい。そう考えても市販薬では死ねないことは皆が知っている。
1日何も出来ずゴミだけが部屋に溜まる。片付けしようにも現状の恐ろしさに片付ける気を失う。それでも辞めなかったのは女装だった。メイクをして自分を可愛くすると嬉しくなった。
☆☆☆
1年経った頃、毎月過ごすのが辛くなってきた頃だった。私はとうとう自分がどっちの性なのか考えるのをやめた。好きに生きてやると考えた。
結果私はメイクを施し可愛い衣装に身を包んで外に出るようになった。この時には既に鬱は治りかけていた。
可愛い服に身を包んでいると、私は顔も可愛かったのか色んな人にナンパされた。騙すのが心苦しく、ナンパされる度に男ですと答えた。するとナンパしてくる男たちは全員去っていった。女目当てなのだから当たり前なのだろうけど、私を女として見て欲しい気持ちもあった。
つまり私は女よりの男なんだとここで気づいた。
私の狂った歯車が噛み合ったのは、とある男に出会ってからだった。その男もナンパしてきた1人だった。
「お姉さん、綺麗だね。俺と遊ばない?」
「……私男です」
「ふーん。そうなんだ。じゃあ俺とデートしようよ」
「え?」
「男でも女でもお姉さん可愛いからさ」
「……うん」
私は着いて行った。ご飯を食べたり一緒に漫画を読みに行ったり、楽しいデートだった。そうタダのカップルみたいに。
「遅くなったけど、この後どうする?」
「え?」
「お姉さん。後ろ使えるんだろ?」
「ど、どういう事?」
「……回りくどいかぁ。ホテル行こうよ」
「お、男だよ?!」
「良いから」
私は半ば強引に連れていかれた。初めての後ろの経験だったが、その人はとても優しくしてくれた。私は本当に女になった気持ちになっていた。
翌朝、その人とホテルから出ると、その人は連絡先を書いたメモをくれた。
「……また会ってくれるなら、それ追加しといて」
「う、うん」
「じゃ、またね」
「あ、あの!」
「ん?」
「お、お名前は」
「ユウジ」
「ユウジさん……」
「じゃ、またね」
ユウジと名乗るカッコイイ男。初めて人に受け入れられた気がして、私は嬉しくなった。
☆☆☆
あの日から既に3年。私は生きていた。そうユウジさんとともに。
2年前のとある日、ユウジさんから同棲をしないかと求められた。私はすぐに了承した。
同棲を始めて二人で楽しく暮らしていた。毎日の夜もユウジさんは嫌な顔をひとつせず私を抱いてくれた。
だがそんな日も突如終わりを告げる。私は仕事を始めた。いつものように家に帰るとそこには知らない女とユウジさんが居た。
「え?」
「……あちゃー。見つかったか」
「だ、誰?」
「……本命」
「え?」
「お前はただの俺の欲のはけ口だよ」
「え、だって」
「というか、誰が好き好んでお前なんかとヤるとおもうんだよ。お前結構金持ってたから近づいただけ」
「そ、そんな」
「この家お前の金で過ごさせてもらったし、ラッキーだったわ」
全てが狂った。幸せも奪われ、私の男も女に取られた。いや最初から私なんて金だけの存在だったんだと気付かされた。ただ泣くしか無かった。
「おら、金出せよ」
「え……?」
ユウジさんは追い討ちをかけるように、浮気相手の女と過ごすための金を求めた。私はすぐに銀行へ駆けつけて下ろせる限度額の50万をおろしユウジへの手切れ金として渡した。
「都合良いやつだなあ!」
「……」
「じゃあな」
ユウジさんが居なくなった部屋からは浮気女の香水の匂いとうっすら香るタバコの匂いしかしなかった。虚しさで私は包丁を取り出した。
胸に一突きする。あぁ、私は死ねるんだ。そう喜んでいた。
☆☆☆
「あ、起きました!!」
「……ここは?」
私はどうやら死ぬのに失敗していたようだった。腕に繋がれた点滴、白衣の天使である看護師が顔を覗いてくる。
「な、なんで死なせてくれなかったの……」
「え?」
「し、死ねば楽なのに……!!」
「中野さん落ち着いて。深呼吸しようね」
「ほっといて!!!」
私は声を荒げてしまった。看護師さんは私を見て哀れだと思ったんだろう。その場から立ち去った。何が白衣の天使なのか。どうせすぐにヤバいやつだと思って、すぐに私を哀れだと思って立ち去った。酷い。憎い。女として生きれて。ずるい。ずるい。私が女ならユウジさんにも振られずに済んだ。
そう考えた瞬間、私の何かがプツンと切れた。
運ばれてきた料理を全てひっくりかえし、看護師の手を煩わせた。医者から言われる言葉全てを否定した。そして暴れた。早く病院から出せと。
最低だ。そんなの知ってる。だけど私はもう死にたいんだ。止めるな。
☆☆☆
退院した日。私は家に帰ってすぐにカッターナイフを握り手首を切った。深く切ったはずだが包丁で自分の胸を突き刺すより痛くはなく、血が出ることで何故か生きてると知った。
あれ。痛くないじゃん。死ねないじゃん。
そう思ったが、何故かリストカットの方が心が落ち着いた。痛みが私をやわらげてくれていた。この日から私の希死念慮が増していくとともに、リストカットをする回数が増えた。
☆☆☆
全てが狂ったあの日から数年後。私は自殺に踏み切った。落ちていく感覚が素晴らしく美しく感じた。自分が好きなように生きれなかったのを全て人や世界のせいにして、全てを捨てた。
キャアアという断末魔の悲鳴が聞こえる。
私の意識は無くなっていった。
そして最後に聞こえたのはたったひとつの言葉だった。
「こんなとこで飛び降りとかホント人の迷惑考えて欲しい」
私は最後まで他人の邪魔をしたらしい。
そんなに私は人に迷惑かけただろうか。
好きに生きたかっただけなのに。
来世に期待しよう。来世は女でありますように
カッターナイフと私 徳田雄一 @kumosaki
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