最終話 ホープフルステークス

 風雲急を告げていた。


「どうやら決着をつける時が来たようですね」

「勝つのは、あたし……」

「フフ、お子ちゃまたちはおうち帰って、あといくつ寝たらお正月になるか指で数えてなさいな」

「言い回しが完全にオバハンですね……」

「ぬあんですって!」


 ふわっとした髪に幼い顔立ちの小柄な美少女に煽られ、きっちり髪をまとめたきっちりスーツ姿の眼鏡美女が顔を紅潮させて叫ぶ。

 そんな様を見て、前髪で顔の上半分が隠れたうつむき加減の女の子がニヤリと口元を緩ませる。

 そして——


「見るに耐えないものね。敗北するために生まれてきた敗北者キャラどもによる、敗北感溢れるやりとりというものは。どうせどっちも敗北するのに」


 せせら笑いを浮かべながら言い放つ長い黒髪をたなびかせた美女を、他の三名がキッと睨みつける。

 彼女は目を細めて、自身を睨む三名を順番に、ゆっくりと愛でるように眺めると、薄く冷たい笑みを浮かべた。

 しかし、それぐらいで気圧される者は誰もいない。


「ふふ、随分と思い上がっていらっしゃるようですが、後で吠え面かいた時にみっともなさがマシマシになるので気をつけた方が良いですよ。あなたのそんな姿は度々目にしていますので」


 護志田もりしたさんがそう煽ると、喜多珠きたたまさんも伊鷲見いずみさんも同調するように頷く。


「その綺麗な顔を歪ませての吠え面……とっても見てみたい」

「明日には見せてあげるわ。この私がね」


 投げつけられた言葉を受け流すかのように黒髪をかきあげると、澤多莉さわたりさんは今度ははっきり吹き出すように笑った。


「な、何がおかしいんですか!」

「いえね。ザコが三匹集まって、絶対的強者に立ち向かう姿って滑稽なんだなって」

「ザコですって!」


 おそらくこれまでの人生でそんな言葉を投げられたことはなかったであろう、(仕事上は)超有能なキャリアウーマンである伊鷲見さんが血相を変える。


「ええ。例えて言えば、和也に相対するカイジ、チャン、マリオみたいなものね」

「それだと澤多莉さんの方が負けて12億とられる側になるけど……」


 遠慮がちに指摘してみたが、反応する者は誰もいない。

 空調の効いた室内であるが、背筋の凍るような緊迫感に包まれていた。

 四人の女性の火花散らす睨み合いを、僕はおろおろと見ていることしかできない。脚を揃えて背筋を伸ばして座っているのに疲れてもきていたが、体勢を崩すことも憚られた。


 ——どうしてこんなことになったのか。


 暮れも押し迫ったある日——てかホープフルステークス前日の今日、僕と四名の女性はカラオケボックスの一室に集結していた。


 × × ×


 始まりは先週の木曜日、同じ場所でのこと。伊鷲見さんにより拘束され、有馬記念の本命馬をところに現れたのは、澤多莉さんだった。


「あら。これはこれは、お楽しみの真っ最中だったかしら?」

「……誰よ、あなた?」


 誰何すいかの声とともに立ち上がった伊鷲見さんは、闖入者ちんにゅうしゃの左手の薬指に目を走らせると、ハッとした表情に変わった。


「もしかして……この淫魔の妻?」

「人の亭主をつかまえて淫魔だなんて、ちょっと失礼なんじゃない?」


 ……ちょっとではないと思うが。

 澤多莉さんは、ゆっくりと歩み寄ってくる。その道中で簀巻きになって横たわる僕を容赦なく踏みつけて。


「ぐえっ」

「……わかってはいたのよ。この人の周りに、近頃おかしな女が登場していることは。お鍋の中からボワッとね」

「人をインチキおじさん呼ばわりしないでいただきたいのだけど」


 初対面にして険悪。

 黒髪の令嬢然とした美女と、キャリアウーマン役を演じる女優のような美女とが、鼻先付き合わせてメンチの斬り合いとなる。


「で、人の旦那と随分懇ろにお楽しみのようね」

「私はそんなつもりないのだけど、あなたの旦那が私に対して下心丸出しで接してきて、隙あらば凌辱しようとしてくるのよ。何とかしてもらえないかしら?」

「……えっ? えっ??」


 なんか変な話になってる。

 なんか変な話になってる!!


「いやいやいや! そんなこと一切——ぐえっ!」


 今度は双方から踏んづけられる。特に伊鷲見さんはヒールの靴なのでシャレにならない。


「別に放っておいても何てことはないのだけど、害虫は一応駆除しておいた方が良いと思って、こうして足を運んできたのだけど」

「うぐぐぐぐ……」


 言いながら、澤多莉さんは僕の肩のあたりを踏みつける足に力を込める。


「あらまあ、それはご足労だったわね。でも虫に刺されて死んでしまう人もいると聞くから、気をつけた方がいいわよ」

「ぐわっ! 痛い痛い痛い!」


 言葉を返しながら、伊鷲見さんは僕の太ももの上でヒールをグリグリさせる。


「で、どうするつもり? ここでキャットファイトなんかして、この好色一代男のオカズにされるのは御免よ」

「ふふ、そんな野蛮なことはしないわ。私たちが決着をつける方法は一つしかないの」

「一つしかない?」

「ええ。決戦には有馬記念が相応しいけど、あなたにも少しは勉強の時間を与えるべきよね……その次の時にまとめて片付けることにしようかしら」


 怪訝そうに首を傾げる伊鷲見さんに、澤多莉さんは不敵な笑みを向けた。


 × × ×


 そして今。


「バカね。昨年のことを忘れたの? 2歳GⅠなんて荒れるんだから、人気薄の逃げ馬を買っておけばいいのよ」

「バカはどっちですか。昨年は例外的で、どちらかと言えば2歳GⅠは固く決まることの方が多いんです。コントレイルの年を忘れたのですか?」

「今度レイプ? 今度レイプって言った!? 気に食わない女子に不良たちをけしかける的な? ダメよそんなこと!」

「そもそも人気薄の逃げ馬と言われても、どの馬が該当するのか……武豊のセンチュリボンドはある程度人気しそうですし」

「センズリ今度? その不良たちにはセンズリで我慢してもらうことにしたの? それがいいわ!」

「やはりここは重賞ウイナーのどちらかが勝つのではないかと。特にシンエンペラーはダービー馬候補と評判高いと聞き及びます」

「シンエンペラー? シン皇帝、シンコウテイ、シコってー……」

「うるさいんですよ! JKが二人もいる前で不適切発言してないで、真面目に予想してください!」

「うう……わかったわよ」


 カラオケにいながら誰も歌わず、テーブルにタブレットや競馬新聞を広げて、膝突き合わせて喧喧諤諤している四名がここにいた。

 一方の僕は、どういうわけかまた簀巻きにされて隅っこに転がされている。


「そうね。確かコンパでブスが来たみたいな馬がいたと思うけど」

「ゴンバデカーブースのことでしょうか……?」

「そう。調べたところ、この馬が前走のサウジアラビアロイヤルチ◯ポで——」

「ロイヤルカップね。RCはロイヤルカップの略だから」


 珍しく澤多莉さんがツッコミにまわる。

 てか我が上司ながら何て発言をしているのか。本気で一度病院で検査を受けた方が良いレベルなのではなかろうか。


「そう、そのレースでかなり強い馬たち相手に強い勝ち方してたので有力のようね」

「へえ。なかなか勉強してるじゃない」

「駆除されたくはないからね」


 そんなやりとりをし、お互いに負けん気に満ちた視線を投げ合う。

 決着(何のかは不明)をつけるべくここに召集された四人のウマジョたちだったが——


「あたしはシリウスコルトが気になる」

「お嬢ちゃん、三浦皇成は大きなおっぱいと引き換えに一生GⅠを勝てないという血の誓約を交わしているのよ」

「レガレイラは本当に強いのでしょうか?」

「ライラ・ミラ・ライラ? ジェリドとエッチなことしそうな雰囲気だったあのいやらしい女のこと!?」

「お姉さんは病院行った方がいいと思いますよ……」

「そもそも、そんなキャラじゃなかったですし」

「松岡と松山で松ちゃん馬券というのもあるかもしれないわね」

「そうなるとセンテンススプリング的な馬はいないのかしら?」

「芝とダートの二毛作ホースも関わってくるかもしれないですね」


 ——なんだかんだ楽しそうで、僕も混ぜてもらいたいなと思ったり思わなかったりなのだった。


(第二次ウマジョ大戦につづく)



 ◆ホープフルステークス


 伊鷲見さんの本命 ゴンバデカーブース

 護志田さんの本命 シンエンペラー

 喜多珠さんの本命 シリウスコルト

 澤多莉さんの本命 ウインマクシマム

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UMAJO大戦 氷波真 @niwaka4

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