最終話 ~あの日~
さらに数十年の刻が過ぎ去っていった。
酒呑童子が中心となり、大江山を根城にその規模を数百体に拡大した鬼たちによる人狩りが、京の街の人々を恐怖と絶望の渦に引きずり込んでいた頃。
ある日突然、鬼と人々のいざこざの中にあたしがふらっと顔を出した時、ひとりの年端も行かない、ちょっと生意気そうな風貌の少年があたしの前に現れた。
それはまさに神のいたずらだったとしか思えない。
「ギル?」
両陣営の代表による話し合い。
その会話の中から聞こえてきた名を口にして、あたしはその少年の瞳をじぃと見つめる。
「あぁ、俺の名前だ。えっと、アンタが仲間を助けてくれたっていう茨木童子?」
「助けたのは成り行きだけど、まぁそうよ。初めましてね」
記憶の中に封印されていた名前。
あたしがその名を古の記憶から呼び起こすのは、この後訪れる少年ギルとの激しい戦いの中でのことだった。
鬼と人。
この世は酒呑童子と
ギルもまた時空を超えてこの地へやってきて、彼は源頼光一行として酒呑童子の討伐を宿願としていた。
そして、戦いの中で明らかになった事実。
スサノオは……ギルは転生前の記憶の大部分を失っていた。
ただ、記憶の欠片は断片的にではあったけど、ギルの中に確かに存在していたのだ。
戦地を離れ、町はずれの小さな橋の下。
そこで初めての二人きりでの会話。
ギルは記憶の欠片を一つずつ繋ぎ合わせるかのように、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「……茨木? まさかお前は……あの――?」
「……そう。ようやく思い出してくれたのかい? お前さんに散々つきまとわれた、角の生えた芽吹きの鬼さ」
「角? くくっ、似合っていて可愛いじゃないか」
「だからぁ、ちっとも可愛くないッ!」
そうだ。それならまだ諦める訳にはいかない。
また二人で手を繋ぎ、並んで歩いていける未来を。
*
鬼と人。
両陣営の戦いが苛烈を極める中、あたしとギルはついに逃亡を図る。
取り返しのつかない行い。
許されることがない裏切り行為。
二人で逃げて逃げて、逃げまくった。
気づけばあたしたちは、いつかと同じように、山の上の巨木の枝に腰かけて二人で夜空を見上げていた。
これから少しずつスサノオの……ギルの記憶を取り戻していく。
あたしの生涯をかけてでも。
星に願いを込めていると、遠くにぼんやりと見えていた小さな光がたちまち大きく膨れ上がり、暗闇を切り裂いて溢れんばかりの光が渦を巻いて目の前を覆い尽くした。
あまりの眩しさに目を開けることができず、手でひさしを作って薄目を開こうとした時、光の中から慌てた様子の声色が聞こえてくる。
それは、気が遠くなるような
「お主たち。探したぞ! 大変なことになってしまった。ラプラスが……ギルの母親が帝国に捕えられた」
この声は間違いない。
三天魔術師が1人〈
光が徐々に収まると、その中からギルの威勢の良い声が聞こえてきた。
「母さまが!? ならば行くしかないだろう。なぁ茨木?」
「……あぁ、そうだね――キレネーさん。お久しぶり……なんてご挨拶している場合じゃなさそうですね」
「うむ。そうじゃな。茨木……そして、ギルなのだな?」
キレネーさんがあたしたちを交互に見ると、横にいるギルは力強く首肯する。
「そうだ。俺の名はギルガメス・オルティア。で、俺はバルトサールとラプラスの息子……なんだよな?」
「ったく、記憶があちこちに行ったり来たりでめんどくさいの。向こうの世界に着いたら詳しく教えてやる。お主もいいな、茨木?」
その言葉に返事をする代わりに、あたしは口元に笑みを浮かべてみせる。
再びスサノオと……ギルと手を取り合って未来に立ち向かっていける今の状況に、心が躍っているのだ。
気づけばギルの手のひらに自分の手を重ねていた。
その手はやっぱりゴツゴツしていて、情緒的でもましてや扇情的でもなかったけど。
それでも、時空を超えてこうして再び繋がることができたのだ。
行こう。
今度は決してこの手を離さない。
遠いあの日、二人で交わした約束を果たすまで。
〈完〉
★あとがき
作者の月本です!
本作を最後までお読みいただきありがとうございました!
このお話は、現在連載中の作品「聖魔のギルガメス〜呪われた少年は英雄になる夢を諦めない〜」に収録されているエピソードをコンテスト用に改編したものになります。
本編では「その十七」で終わっていた話を別の世界線として描くべく、この最終話を追加する形としました。
「世界を変える運命の恋」と言う壮大なテーマに沿っているかはわかりませんが、少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。
では、また別の作品でお会いできることを願って!
月本 招
こころのいろは恋にひかりて、芽吹きの鬼は時空をたゆたう 月本 招 @tsukimoto_maneki
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