第2話 ブルースター
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12月19日
今日は透が見舞いに来なくて暇すぎた。
読みかけの小説を読んでみた。花言葉が事件解決のヒントになっていておもしろかった。ちょっと興味が湧いて俺も柄にもなく花言葉を調べてみた。
……お前の花のチョイスはどうなってんだ!って透に突っ込みたい。
……だけど、俺は決めた。
きちんと気持ちを伝えよう。
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「花言葉?なんの花だよ」
そう呟いた透の脳裏に過ったのは、ロック画面に映っていた脇役の花・ブルースターだ。花言葉も気になるところではあるが、彼の記事の続きの方が気になる。透は次の記事へと向かった。
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12月23日
明日はクリスマスイブだ。世の中の誰もが浮かれるだろう。
それに俺も便乗させてもらう。
透が誰と過ごそうが、明日は絶対に見舞いに来させる。そして、透に気持ちを伝えるんだ。
……とか言いつつ、笑えるほど手が震える。
勇気があれば、この記事だって下書きのままになんかしてねぇ。
どうやって、伝えようか……。
直接言うか?
いや、無理だな。別の意味で心臓が持たん。
つくづく、俺には勇気がねぇな……。
***
どきり、と胸が鈍く軋んで溢れた感情をそのままに、透は夜空を仰いで溜息をついた。
白い息が、星ひとつないくすんだ夜空に溶けて消えていく。
唇を噛みしめて、透はもう一度スマホに視線を落とした。
最後の記事のタイトルは【12月24日】。
保存された日付は23日だった。
***
12月24日
モンブラン、ひとりで食ってんじゃねぇよ。
お前が甘いもの苦手だってこと知らないわけないだろ。
釣りだって、ひとりで行くな。小さな魚は海に戻すのがお決まりなんだぞ。
喧嘩にしては、最低で、最高な言葉だった。
お前は俺が入院しても、入院する前と全く変わらなかった。
他愛もないことで笑ったり、イライラしたり、呆れたりしたな。
透がいると、俺の感情が忙しい。
けど、感情が動くと生きてるって思えるんだ。病室にひとりで寝っ転がってるだけじゃ、息をするたびに恐怖と寂しさに感情が蝕まれて死んでいく気がして怖かったんだ。
本当に、お前の存在に救われてる。
ありがとう。
大好きだ。
***
透は震える下唇を噛み締めた。
「……ずるいんだよ。……お前、もう、いなくなっちゃったじゃん」
じわりと熱くなった目頭から涙が溢れ出す前に、目元を指先で荒々しく拭う。
彼の容態が急変したのは今朝方。透が見舞いに行くと、すでに彼は息を引き取っていて病室にはいなかった。彼が亡くなったことを告げられて病室で呆然と立ち尽くしていた透は、彼の親から彼のスマホを受け取った。息を引き取る前に、彼は親にスマホを預け、透に見せるよう伝えたのだという。
透が、いつの間にか暗くなっていたスマホの画面に明かりをつけると、ブルースターが可憐に咲いていた。おもむろに画面に指を滑らせ、ブルースターの花言葉を検索した。
真っ先に目に飛び込んで来た花言葉は『幸福な愛』『信じあう心』。
透は目を細めて、逃げるようにスマホの明かりを消した。同時に、真っ暗闇に落とした画面に自分の情けない顔が映し出される。
ずるいのは、俺の方だ。なんで俺は俺に生まれてきたんだろう、せめて性別が違っていたらよかったのに……って、こんなことばかり考えて何も行動できなかった。いや、気持ちを伝えられない理由を探して行動しなかった。嫌われて、気持ち悪がられて友人以下になるのが怖くて。友人でいることを俺は選んだんだ。それなのに。後悔しない道を選んだはずなのに。
不意に、無機質なスマホの画面に、白い影がちらちらと落ちてきた。
透が顔を上げると、雪が舞っていた。
広場にいる誰も彼もが、天からの贈り物に歓喜の声を上げている。
夜空を覆う雲から舞い落ちる雪は、まるで星が降り注いでいるかのようにイルミネーションの光を受けて煌めいていた。
透の瞳に映る雪の光が、瞳いっぱいに積もって流れ落ちていく。
瞳から止めどなく涙が溢れ出す。頬を伝う涙をそのままに、透は縋りつくように彼のスマホを胸に抱き締めた。
「……俺も、大好きだよ」
ブルースター 丸家れい @rei_maruya
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