『創作に心臓を捧げた男』

小田舵木

『創作に心臓を捧げた男』

 僕は身を削る。文字通り身を削る。

 自分の身体にノミを打ち。自分の欠片を削る。

 何故かって?それは自分の身体を削った作品を創れば。きっと誰かは見てくれるから。

 僕はそれを信じて。身体を痛めつける。ハンマーとノミで。

 血が吹き出し、肉が削れ取れる。

 僕はそれを成形して。作品として見れるていに整えていく。

 身体は傷だらけ。最近は身体を削り過ぎてフラフラするけど。僕は作品を創りたい。

 創る事で。人を魅了したいのだ。

 その欲求は。自己表現が出来るって気付いた時からのもので。

 止めようがない。僕はコミュニケーションが苦手で。

 作品でしか喋る事ができない。

 

「よお。またやってんのか?」その声は。僕の唯一の友人のもので。

「やあ。やってるよ。これしか能がないものでね」

「まったく。あまり無理はするなよ。作家ってのは身体が資本だろうが」

「そうは言ってもね。僕にはこの表現方法しかないから」

「身体を削る…見てて痛々しい」

「だけど。割と受けるんだよ?」

「そりゃあ。派手なモンだからな。人目にはつくだろうさ」

「僕は喋りで自分を表現出来ないからね。こうするしかないのさ」

「あまりやりすぎるなよ。俺は友人を失いたくはない」

「程々にしておくさ。死んじゃあ元も子もない」

「自制できるなら良いけどな」そう言いながら彼は家を去っていく。

 

                  ◆


 僕は自分を削って創った作品を展覧会に提出する。

 僕の身体の一部を削いで出来た作品。

 今度こそ。誰かの心を動かせればいい。

 僕はそんな祈りを込めながら。展覧会の棚に自分の作品を乗せる。

 

 だが。僕の作品は。誰にもかえりみられない。

 展覧会の隅の方で埃を被ってしまっている。

 僕は悲しい気分になる。ああ。僕の作品なんて誰にも必要とされていないのだ。

 そう思えども。僕は表現を止められない。作品を創る事を止められない。

 

                  ◆

 

 僕は身体にノミを入れる。そしてハンマーでノミを身体に食い込ませていく。

 吹き出す血。痛みが僕の身体を走る。僕はそれに耐えて。更に自分の身体を削っていく。

 そして。削れた破片。肉片を見やる。

 血に塗れたその肉塊にノミを入れる。そして作品に仕立てあげる。

 細かくレリーフを入れたりして。出来るだけ見栄えを良くするが。

 それはどこまでいっても、僕の肉片で。ガラスのような綺麗な素材とは違う。

 だから人に受けないのだ…そう思うが。僕にはこれしかないのだ。

 身体を削ったその肉塊で。作品を創るしか能がないのだ。

 たとえ、それが醜いモノでも。僕の表現にはそれしか残されていない。

 

 そんな訳で。僕は身体中の肉を削ぎ落として。

 片っ端から作品に仕立てあげていく。

 だが。そんな作品達も。誰にも見向きもしてもらえない。

 ただ。僕の身が削れていくだけだ。

 たまに批評家の言葉を頂くが。それは醜い肉片を罵倒する文句で。

 僕の作品に価値を見出してくれる人など居ないのだ。

 

                  ◆

 

 僕は文字通り骨と皮だけの存在になりさがるが。

 僕の作品は朽ちて。悪臭を放つだけで。誰も評価などしやしない。

 僕は虚しくなってくる。ここまで身体を削って表現しているのに。

 誰も見向きもしてくれない。

 

 ここまでしてきた事は無駄だったのだろうか?

 そんな思いが僕を満たす。

 お前がどれだけ身を削ろうと、そんなモノに興味を持ってくれるヤツは居やしない…

 そんな声が自分の中で木霊こだまする。

 虚無感だけが僕に残された。

 僕は無駄な事に身を捧げてしまったのだ。愚かしい事に。

 

 僕は展覧会の作品を眺める。どれもこれも綺麗な素材で創られた作品ばかりだ。

 僕のように自らの肉塊を削って創られた作品などありはしない。

 僕は間違った創作をしていたんだ、そう思わされる。

 誰も、作家の内面など見たくはないのだ。

 キラキラとした作品をみたいが為に展覧会に来るのに。そこで醜い肉片の削りカスを見せられたって。気分が悪くなるだけなのだ。

 僕はそれに気付くのが遅かった。

 そうして。気が付いた頃には。僕の身体は削りきられているのだった…

 

                  ◆


 次の作品が僕の最後の創作になるだろう。

 そんな予感があった。そりゃそうだ。身体を削って創作をしているのだから。

 僕は死ぬことが惜しくはない。どうせ生きていたって誰にも愛されない男だと分かっている。

 唯一の友人の顔が思い浮かぶ。

 だが。それは僕の手を止めはしない。

 僕には自己表現欲求だけがあり。

 それは友人の顔を超えていく。

 僕は表現がしたい。たとえ。それで死ぬとしても。

 

 僕は自分の心臓に手を伸ばす。それが僕に残された唯一の肉塊なのだ。

 他の臓器は作品にしちまっている。

 残るは脈打つ心臓だけなのだ。

 僕の手に収まるこぶし大の塊。赤黒い心臓。

 それが僕に残された唯一の作品ではないモノ。

 

 僕は死ぬ。この作品を仕上げた時に。

 後はこの作品を友人の手に託すだけだ。

 僕はノミを構え、ハンマーを入れていく。

 裂ける心筋。吹き出す血液。

 僕の頬骨にそれがかかる。そして。もう機能もしてない神経が悲鳴をあげる。

 だが。僕は手を止める事が出来ない。

 ただただ。心臓にノミを打ち込む。

 作品に仕立てあげようと心筋をズタズタに引き裂いていく。

 

                  ◆


 作品は仕上がって。

 僕は心臓を無くし。後少しで命の灯火も消えるだろう。

 出来上がった作品は。正直醜い。

 心臓をズタズタに引き裂いた何かしらでしかない。

 これに価値を見出す人間が居るだろうか?

 恐らく居ない。僕はまたもや無駄な事をしてしまったのだ。

 

 僕はアトリエのデスクに突っ伏している。

 傍らにはズタズタになった心臓。

 これが僕の生涯を賭して出来た作品だ。

 そこには皮肉がある。僕が生涯を賭した創作は。このように醜怪なものだ。

 綺麗な素材で創られた創作物には敵わないだろう。

 そう思うと。僕の人生って何だったのだろう?という思いが拭えない。

 

 僕は創作に取り憑かれた。

 それは抗い難い欲求だった。

 身から溢れる衝動であった。

 だが。僕には綺麗な素材で創作する才能が与えられておらず。

 自らの身を削る他なかった。それでしか自己表現出来なかった。

 だが。出来たのは醜怪な肉片で。それは他者から見れば作品ではなく。

 ただの自傷の成れの果てであった。

 

 ああ。僕は死んでいく。

 誰にも作品を認められる事もなく。

 ただただ、孤独に。

 最後に心臓を創作に捧げて。虚しく死んでいくのが僕の運命なのだ。

 

 我が友よ。願わくば。

 この最後の怨嗟えんさの叫びを展覧会に運んでくれ。

 そして作品になってしまった僕を晒してくれ。

 じゃないと。心臓を捧げた意味が分からなくなってしまう。

 

                  ◆


 俺は。嫌な予感に襲われていた。

 友人の事である。

 彼は身を削って創作をしていたが。

 彼は身を削り尽くしており。

 最後に心臓に手を伸ばすのは分かりきっていた事だった。

 

 だが。俺は彼を止める事が出来ない。

 それは彼が創作に身を捧げきっているから。

 そんな彼に何を言おうが届くはずもない―

 

 俺は彼のアトリエを訪ねる。

 嫌な予感は的中する。

 アトリエの机には肉を削りきった骨が突っ伏しており。

 その傍らにはズタズタにされた心臓が一つ。

 それはとても作品とは呼べない代物で。

 でも。彼が最後に命を捧げて創った作品で。

 俺はほとほと参ってしまう。

 これをどうしろと言うのか?

 いや、分かってはいる。彼の望みは。

 これを展覧会に持っていって欲しいのだ。

 俺は彼の唯一の友人として。これを展覧会に運んでやらなくてはならない。

 

                  ◆


 彼のズタズタになった心臓は展覧会の棚に飾られるが。

 作品を通りすがりに眺める者達は。皆、顔をしかめていた。

 

 なあ。友人よ。どうしてお前はそうなっちまったんだろうな?

 俺は展覧会の会場の天井を眺めながら問う。

 だが。そこには彼は居やしない。

 彼はズタズタになった心筋の底で。怨嗟の声を上げ続けている。

 俺にはその叫びが聞こえるが。

 残念かな。この展覧会の会場に居る人間の耳には。その叫びは届かない。

 

 彼は願った。

 作品で自己を表現することを。

 だが。方法論が間違っていたのだ。

 それを修正してやれなかったのが俺だ。

 情けなくなってくる。

 

 俺は作品を見やる。

 そこにあるのは彼の中心でうごめいていたはずの心臓。

 ズタズタになったその底には。確かに彼が居る。

 俺だけは気付いてやれる。

 だが。ここに居る誰にもその叫びは届かない。

 俺だけが彼の叫びを聞いている。

 誰か。気付いてやってはくれまいか。

 創作に文字通り身を捧げてしまった哀れな作者の声を。

 

                  ◆

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『創作に心臓を捧げた男』 小田舵木 @odakajiki

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