第15話 余所者との諍い②

 これは確実に死ぬ——誰もがそう確信した瞬間、声がした。


「おい! そこの大男! 今すぐその手を止めろ‼」


 路地裏の外側から近寄ってくるのは、金髪と琥珀色の瞳を持った白い鎧の剣士であった。彼は腰に佩いた剣の柄に手を掛け、迫り来る。


「ハッ、また雑魚がうじゃうじゃと……テメェ、とりあえず死ね————」


 ダーグが傲然と金髪の剣士に殴りかかろうとした、その時であった。

 

 腕が、舞った。

 ダーグの筋骨隆々な腕が、一瞬にして切断され地面へと落ちる。

 状況が理解できず硬直するダーグは、金魚の糞ズーラの「ダーグさん‼」という声と共に我に返り、自分の今の状態を理解した。


「うおおおおおぉぉぉぉ——ッ⁉ 俺の、俺の腕がぁ……ッ‼ テメェ!」


 ダーグは切られた腕を押さえながら、金髪の剣士を睥睨するが、彼は容赦なく切っ先をダーグの喉元に翳した。


「次余計な事をしてみろ。その時は四肢切断よりも惨い死に方を体験させてやる」


 琥珀色の美しい双眸には、どす黒い殺意と憎悪が宿っていた。そのドスの効いた声に気圧され、ダーグたちは無様に逃げて行った。

 そして金髪の剣士はすぐさま痣だらけ血だらけのアンティルの許へと走り寄る。


「ちょっとアンティルさん! しっかりしてください!」


「あぁ……あー、シグナ君かぁ。いやぁ、ありがたいねぇ……君が来なかったら俺、間違いなく死んでたよぉ……あはは」


「笑い事じゃないですよ! ただでさえ弱いんだから、無駄な喧嘩とかしないでくださいよ! それにこんな怪我したら、アリアさんが心配するじゃないですか」


「あーまぁ……そうかな? はは……。まぁ、とりあえず、治癒魔法かけてくれない? 確かシグナ君、聖騎士パラディンだったよね?」


「あ、はい……〝黄金の天衣ミューラ・ヴェール〟」


 シグナがそう詠唱すると、金色の光がアンティルの身体を包み込み、みるみるうちに身体の傷を回復させていく。折れていた肋骨や裂けていた筋繊維が一瞬にして完治し、立ち上がれるようになった。


「いやぁ、マジでありがとうね。やっぱり慣れない事はするもんじゃないねぇ、ははは!」


「本当に笑い事じゃないですって……貴方が死んだら、この国は終わってしまうかもなんですから、頼みますよ……」


「そんな大袈裟な! ……いや、確かに俺みたいな天才最強な男がいないと、この帝国はなかったか! ははは!」


 アンティルは能天気に笑い飛ばしながら、肩を回す。

 それから路地裏を出て振り返る。


「それじゃあ、引き続き!」


「ほんと、気を付けて下さいね」


 そう言い残して立ち去ろうとしたが、アンティルは歩みを止めて再度振り返った。


「……そうだ。多分近くで俺みたいに死にかけてる冒険者がいるかもだから、見かけたら助けておいてね」


「え? ちょ——」


「そんじゃあね」


 今度こそアンティルはシグナと別れて、ギルド会館を目指し暢気に歩いていく。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「いやぁ、マジで危なかったなぁ……つか、財布盗られちゃったよ、もう……」


 今日の昼飯は、大人しくギルド会館で適当なまかないを作ってもらう事にして、お金もアリアから貰おう。事情を説明すれば分かってくれるでしょ。


『……おい、手前テメェ。どうして反撃しなかった?』


 不意に、アンティル=レスタスと契約している大悪魔スカラ=フィアンが問いかけてくる。


「反撃したかったさ、でも——」


『相手は多分、手前と実力的にはちょっと近かったはずだぜ? それなのに、何の抵抗もせずに受けに姿勢を取った。……手前、死ぬ気だったろ?」


「いやぁ……いざという時はあんたが助けてくれるかなぁ、って」


『……ま、確かに助けたかもな。だが、それはあくまでも本当の非常時での話だ。手前には簡単にくたばってもらっちゃ、困るんだ。何せ、手前はオレと一緒にバカ野郎どもをぶっ殺す使命が残ってるんだからな』


 ——スカラ=フィアンとの契約内容。

 死の淵にいたアンティルの命を助ける代わりに、彼の〝使命〟に協力する。

 それがいつになるのか、アンティルは知らないが、その〝使命〟を果たす手伝いが終わるまで、彼は死ねないのだ。


 契約違反をした時の悪魔は本当に恐ろしいと、本で読んだことがある。

 昔聞いた話では、悪魔との契約を違えた場合、地獄の奥底で永劫輪廻の拷問を受け、来世を享受する事すらも許されないそうだ。


「ま、どっちにしろシグナ君がいてよかったよ。この時間帯は彼と他数人の聖騎士たちが街の見回りに出ているからね、来てくれるって思ってたんだよね」


『あん? それじゃあ、別に無策って訳じゃあ、無かったわけだな?』


「いや、シグナ君たちが来なかったら完全に負けだったよ、はは!」


『本当に、手前はどうしようもねぇ馬鹿野郎だぜ』


 と、スカラ=フィアンが呆れた溜息を吐く。

 ——その、直後であった。


『…………お? ……ハハ、ハハハ』


 何かを感じ取って、不気味に嗤い出す。


「どうしたの?」


 アンティルがそう問いかけると、ケタケタと気色悪い音をたてて、更に嗤った。


『——おい、アンティル=レスタス。オレたちの出番が近いぜ? 今、異様な気配を感じた。間違いない……あの神々ゴミどもの気配だ』


「へぇ、どのくらいで来る感じかな?」


『まぁ、オレの予想だとあと7日後って感じだろうな……ハハハ、やっとだぜ‼』


「そっかぁ……そんじゃあ、楽しみに待ちますか。その、ゴミとやらを」


 アンティルの心に漂う感情は、恐怖や不安などでは当然なかった。

 未知の存在の接近に対し、彼はただ一つ——「愉しみ」だと思っているのだ。そんなどこか外れた感性ネジに対しても、スカラ=フィアンは嗤った。


 一人の青年と、一体の大悪魔は、来たる〝絶望〟を希望を抱いて待っているのだ。

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傲慢殺しのアンティル 橋塲 窮奇 @RokiAfelion0942

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