第14話 余所者との諍い①

「さてと、どこの飯屋にしようかな……今日はちょっと甘いモノでも……」


 【蒼裁庁】のギルドマスター・エル=ブラキウムと模擬試合をして、引き分けで終わった後、アンティルは酒場や喫茶店を見回しながら歩く。


 ——最近脂っこい料理しか食べてなかったからなぁ、流石にそろそろ胃腸の方も休みたい頃合いだろうな。それに、最近肉やら香辛料たっぷりなもの食ってるせいでアリアとかエリちゃんから臭いって言われてるしね。


 なんて最近の悩みを思い浮かべつつ、近場の喫茶店へと寄ろうとしたその時——


 ドンッ!


 誰かとぶつかる。アンティルは体勢を崩してふらついてしまう。


「おっとっと……」


「おい、テメェ! 何処見て歩いてんだよ⁉ しっかり歩けやボケッ‼」


「そうだぜ? つか、テメェみたいな雑魚が歩いてんじゃねぇよ、邪魔だぜ?」


 アンティルが声のする方を見ると、そこには二人のチンピラが立っていた。

 一人はスキンヘッドに髑髏の刺青を入れた、ガタイの良い粗暴な巨漢で、両手には鉄製のメリケンサックを装備している。

 もう一人はその巨漢とは対照的な姿だ。金髪の痩躯の男で、鋭い眼光でアンティルを睨み付けている。

 如何にもスキンヘッド野郎の金魚の糞だろうな。


「いやぁ、はは。悪いなぁ、ちょっとさ、腹減ってるからそろそろ……」


 と、アンティルが笑うと、チンピラたちはより一層強く睨み付けてくる。


「あぁん? 誰に口きいてんだよ⁉ ここにいるのは、〝頭蓋喰らい〟のダーグさんだぞ⁉ テメェみてぇな糞野郎が歯向かっていい人じゃねぇんだよ!」


 金魚の糞の方が怒号をぶつけてくる。こんなにも典型的なチンピラ、ここじゃあ滅多に見ないな、と思いながら、アンティルは財布を懐から出す。


「マジでごめんって。はした金だけど、これで勘弁してくれ」


 チンピラってのは大抵金目当てだろうから、こうやって金を出せば大人しく帰ってくれるだろう。アンティルはそんな短絡的な考えの下、自分の全財産を差し出している。


 これが無くなれば昼飯が食べられなくなるんだけど……面倒事に巻き込まれたくないからな。安いもんだよ……うん、多分。


「ハッ……この程度、金にも値しねぇよ。ですよね? ダーグさん!」


「はぁ、なんつーか拍子抜けだぜ。凄腕の冒険者が集う迷宮国家も、この程度の連中しかいねぇのか。つまんねぇぜ……イラつくなぁ、ったく」


 スキンヘッド野郎——ダーグは窮屈そうに呟くと同時に、苛立ちを覚えて地面に転がる小石を蹴り飛ばす。


 ——あれ? 待てよ、今の口ぶりからして、外国の人間か。

 この街がつまらない……と。拍子抜けだ……と。

 ——なるほどな、へぇ。


 アンティルは思った。これは、少し


「……あんたら、余所者だろ? 大方、この国の噂を聞きつけて腕試しに来たクチじゃないか?」


「あ? だったら何だってんだよ。テメェみてぇな情けねぇゴミがいるんじゃあ、この帝国の名前もハリボテだって事じゃねぇか」


 ——確かに俺は雑魚そうに見えるかもだけどさぁ……。

 でも、この帝国くにの連中を侮られるのは、ちょっと見過ごせないねぇ。


「……それは、どうかな?」


「あぁ?」


「この迷宮国家の人間がつまらないのか、まだ分からないかもだぜ?」


「なんだ? まさかテメェが強いなんて言うつもりじゃねぇよなぁ⁉ テメェみたいな雑魚はよぉ、俺の視界にも映る資格はねぇんだよ‼」


「言ってくれるねぇ。じゃあ、証明してやるよ……この帝国くにが、お前を退屈させる事の無い、強者どもの溜り場だって事をよ!」


「おいテメェ! ダーグさんはエスタート王国じゃあその名を知らない奴はいない程の最強の男なんだぜ? 〝頭蓋喰らい〟って異名は、200人の凄腕の武人を一人で殺して、頭蓋骨を砕いた事から——」


「ズーラ、うるさいぞ。……いいぜ? 泣き喚いても、俺は殺すからな?」


「はっ、やってみな? ……ま、お前こそ泣き喚いても許さないけどな」


「上等だぜ、糞野郎」


 ——こうして、隣国エスタートから来訪した〝頭蓋喰らい〟ダーグと、アンティルは一対一での戦いをする事になる。


「ああ、うん。確かにな」


「さて……此処なら簡単に人は来ないはずだぜ」



 彼らは比較的に人の少ない住宅街の路地裏に移動した。

 この辺りはゴミが多く捨てられており、その影響で鼠や虫が湧いている。まだ昼にも拘らず、この路地裏は薄暗く、湿っている。はっきり言って気持ちが悪い場所だ。


 ダーグは拳を鳴らして、不敵に笑っている。どうやら自分の実力に相当な自信を抱いている様子だ。そして彼の付き添い——もとい金魚の糞であるズーラとやらは彼の背中に隠れて傍観者を気取っている。


「思い知れ! ダーグさんが最強な事を‼」


 ——うわぁ。ああもへっぴり腰な野郎がいるとはなぁ……。

 他人に頼り切ってるくせして、自分が最強だと思い込んでるタイプの、ガチでダサい野郎だ。

 正直俺としては、あっちの方が成敗のし甲斐があるんだけど……まぁいいか。


「それじゃあ、始めますか」


「おう……へへ」


 ダーグは邪悪な笑顔を浮かべて、早速アンティルの方へと飛び込んでくる。

 鉄のメリケンサックが、彼の顔面へと接近していく。

 避けたい、凄く避けたい気持ちがあるのに、身体はやはり反応してくれない。


 さっきのエルとの試合の後だから、違和感が拭いきれない。

 ——とはいえ、完全に身体が動かない訳では無かった。

 アンティルは重い足に思い切り力を入れて、右側へとどうにか跳躍する。

 どうにか避けられるか……? そう思った瞬間だった。


「おらぁッ‼」


 ダーグの拳が、彼の左肩を目掛けて飛んでいく。そして、直撃する。

 ドゴッ‼ という重苦しい音と共にアンティルの全身に激痛が迸る。骨が折れているかも知れない……そんな不安を抱きつつ、どうにか体勢を立て直す。


「いった……」


「おいおい、何だよそのへなちょこな動きはよぉ? 他の連中の方がよっぽどいい動きしたってのによ! ハハハハハ‼」


「他の連中って……お前らの国での話か?」


「いや、テメェと会う前にも数人、ボコってきた。どいつもこいつも弱っちくて話にならねぇよ! 『俺は【魔蠍の尾】の冒険者だ! お前なんか倒せるよ!』とか言ってた奴も、威勢だけで腕っぷしはカス同然だったがな……」


「……へぇ、そりゃあまた、派手な事を」


「だけど! テメェはこの国でボコした連中よりもずっと弱い……正直、期待外れだぜ。だから……死ぬまでサンドバッグにしてやるよ」


 ダーグは殺意を纏った眼光を向けて、両方のメリケンサックをぶつけて鳴らす。


 ——こいつの強さは、俺よりも弱い。

 だって俺より強かったら、〝体質〟が発動するはずがないからだ。実力としては熾位アインには届かない。

 でも、


 奴の攻撃は、辛うじて避けられた。いや、被弾はしたけれど、それでも身体はある程度動く。少なくともダーグの実力は上から三番目……座位ドライくらいはあるんじゃないか?


 だとすれば、まだ抗いようがある。

 多少無理をしてでも避けるか、せめて急所とかは避けて攻撃を受ける必要がある。


「おいおい、ダーグさんとやら? 口だけは達者なようだけど、肝心の攻撃が疎かだぜ? そんなので強いって名乗るのは、恥ずかしくないか?」


 アンティルの挑発に、ダーグはものの見事に乗ってくれた。

 スキンヘッドから青筋が浮かんでいるのが見て取れる。こいつ、相当馬鹿だぞ。


「いいぜ、お望み通り……ぶちのめしてやるよぉぉぉぉぉぉ——‼‼」


 ダーグは大きく振りかぶって、アンティルの腹部を殴打する。そこから更に間髪入れずローキックを繰り出し、四つん這いに倒れる。


「がはっ⁉ ぐぅ……っ」


「おらおら、ヘタレんなよ‼」


 ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ。

 強烈な鉄の拳がアンティルの背中を、腕を余すところなく殴りつけ、更には蹴りを鳩尾に入れまくる。信じられない程の激痛と眩暈が襲い掛かるが、まだ急所はやられていない。


 最低限、頭と心臓だけでも守っていれば、問題ない。

 そう判断して、アンティルはひたすらに耐える。耐える。耐える。


「ほらほらほら‼ 少しは抵抗しろよ、あぁん⁉ おい、ゴラァ‼」


 もう数か所は骨が砕けているはずだ。それに筋肉も破裂しているだろうし、血管も傷ついているかも……。

 今にも死ぬんじゃないか、と思える激痛がアンティルの脳味噌を刺している。

 それでも、彼はひたすらに耐え忍ぶ。——


「チッ……あーあ、もう飽きたわ。……それじゃあ、死ねやあァッ——‼」


 ダーグは両手を握って作り上げられた〝鉄槌〟をアンティルの頭部に向けて振り下ろす。


 これは確実に死ぬ——誰もがそう確信した瞬間、声がした。


「おい! そこの大男! 今すぐその手を止めろ‼」


 路地裏の外側から近寄ってくるのは、金髪と琥珀色の瞳を持った白い鎧の剣士であった。彼は腰に佩いた剣の柄に手を掛け、迫り来る。


「ハッ、また雑魚がうじゃうじゃと……テメェ、とりあえず死ね————」


 ダーグが傲然と金髪の剣士に殴りかかろうとした、その時であった。


  

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