別れは突然に

夏谷奈沙

別れは突然に


 つい先日、最愛の彼女と別れた。


 別れは一方的に告げられてなす術もない。


 電話をしても、メッセージを送っても、返ってこない。


 彼女とのトークを見返して、彼女との思い出が蘇ってきて、もう顔を見ることも、あの声を聞くことも出来ないのだと実感する。


 きっかけはほんの些細な喧嘩だった。


 カッとなった彼女は家を飛び出してしまった。


 だけど僕は、まだお昼時だったことや、彼女がどこに向かうのかも分かっていた。お互いに頭を冷やす時間を求めるため、あえて追いかけなかった。




 その結果が今、僕の隣に彼女がいない。




 頭上いっぱいに緑の生い茂る、公園のベンチ。


 春になると桜が満開になる、彼女の憩いの場所だ。


 つい数ヶ月にはここで彼女と並んで座り、花見をした。


 左に1人、座れる程度残してベンチに腰掛ける。隣に座る人なんて居やしないのに、それがもうすっかり身についている。


 こんなはずではなかったのに。あの日に戻れるのなら戻りたい。


 枯れるのではないかと思うくらいに泣いたはずなのに、また湧いて出てくる。


 もういっそ、消えてしまおうか。


 風が吹き始め、辺りの木々や葉っぱたちがざわざわと騒ぎ始める。


 周囲が暗くなり始め、闇が僕を連れて行ってくれる気がして、手を伸ばしてみる。


「だめだよ」


 心臓がひどく跳ねて、伸ばしかけた手が止まる。


 ざわついた音の中、驚くほど鮮明に、隣から声が聞こえた。聞きたくて聴きたくて、でもいくら願っても叶わないはずの、声だ。


 ふわりと視界の隅から白いスカートがひらめいて、声の主は僕の前に立ち、行き場を無くした僕の手を握った。


「もう、泣き虫だなあ」


 そう言いながらもポロポロと涙を流す、最愛の彼女だった。


「…………あの時は、ごめん。だから、帰ってきてよ」


「私も、ごめんね…………でも、それは、無理だなあ」


 相変わらず風は葉っぱ達を揺らしている。彼女の髪も、服も、揺らしている。


「…………だけど、いつもそばにいるからね。愛してる」


「っっ、僕も−−−−!」

 

 今までとは比べ物にならないほどの風が、地面で寝ていた葉っぱ達を宙へと巻き上げ、視界を遮った。


 目を開けるともうそこに、彼女はいなかった。季節外れの桜の匂いだけが、ここにいる。




 分かっている。彼女はもういないのだ。


 僕の手が透けて見えていた。彼女の髪も、服も、身体も透けていた。


 彼女の足だって、地面にはついていなかった。落ちていたはずの涙だって、地面に染みを残していない。


 だってそうだ。彼女はあの日、交通事故で帰ってこれなくなったのだから。


 だから、分かっているんだ。彼女はもうこの世界にいないって。あれはきっと、僕の幻覚だったって、分かっているんだ。


 僕にまだ来るなって言いに来たってことも、分かっているんだ。


 でも彼女が握ってくれたくれた手が、彼女の温もりを残していて、どうしようもないんだ。


 それがまだ、本当はまだ生きて隣にいてくれているんじゃないかって、思わせる。


 寂しくて、寒くて、仕方ないんだ。君の温もりがないと、凍えそうなんだ。


 置いていかないで。

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別れは突然に 夏谷奈沙 @nazuna0343

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