#3【アロワレ】
夜も少しふけた頃、『異形の手』は夕食時であった。この時間に食べる食事を一般的には夕食に当たるだろう。ただ、サンは太陽の少し強い日の出の朝にも太陽が自分の上にある昼にでも夕食だと思いながら食べていた。夕食とは1日の最後の晩餐。毎食を最後の晩餐とすることで後悔を持たぬ生活になるよう心がけていたのだ。それはサンが廃都に染まる前までの話になるのだが。
ふと、ベロの視線が気になった。ベロを見ると…良かった。彼女はルベドを見つめて話している。サンは少し困っていた。というのも、ルベドが自分を
「ペット捕まえてきたー!!名前はサン!!!皆よろしくしてあげてねー!!!!」
と紹介してからというものの、ベロと名乗る犬系獣人が睨んでくるのだ。曰く、
「私という者がありながら、ペットってどういうことですか!?何処の馬の骨とも、何処の竜の骨?とも知れない女児アニメに出てくる妖精みたいなデフォルメキャラがルベドさんのペットだなんて力不足です!!!!!!!!!」
らしい。殆ど拉致だったはずで、それが何故かペットになり、それで睨まれるってどんな仕打ちなんだ。そもそもルベドに会ってしまったのが、運の尽きなのかも知れないが。
少し話を戻そう。あの茶番の後にサンの紹介があった…が、まあその話はいい。その後だ。ルベドたちの自己紹介があった。
「…ええと、サンちゃんですね!私はプルプルです!キングスライムのプルプルです!…ええと、以上です。」
初めに自己紹介を始めたのは人間の形を取る黒色のスライムだった。大きな王冠に婦人のようなドレス。それらは全てスライムの一部なのかも知れない。理由は分からなかったが、合っているらしいことを彼女が後に語っている。彼女から自己紹介を始めたのはこちらに自己紹介をさせた手前、口を開いたのかも知れない。その理由か、言葉の詰まりに印象があった。
「私がミリグラムよ。竜人。取り敢えず、よろしく頼むわ。」
それに続いたのは何かの制服を着た竜人。頭の左右から伸びる角は否が応でもその者の荘厳さを伝える。ただ、制服や腕章、胸に留まる多くの小物以上に気になるのは股から上へとぴったり続く紺の布だった。よく分からないが、これがこの本来の制服の着方なのだろうか。足元を見ると太ももから下へ伸びる布と膝下までの革の靴を履いていた。
「俺は鎖マンだ。天使をやっていた。これからよろしく頼む。」
比較的爽やかな笑顔を送る彼は大きな、我と同じほどの大きさを誇る大剣を背中に背負っていて、ベールのような布が身体全体に覆っている。中でも名前にもあるように鎖が身体全体を蝕んでいる。例の鎖火教会とは関係があるのだろうか。
「…私はベロです。ケルベロスの子孫です。…あなたより私のほうが種族特性でルベドさんとメロメロなんですからね!!!」
彼女は何処から来たのかよく分からない様式のドレスを着ていた。首には首輪とそこから地面へと続くひも。それと、いや、それ以上に言動とは少し異なる目をしていた。少し大袈裟な言動と対比するようにあるとても冷めた目。この目が何を言わんとするかは分からないが、余程の憎悪を浴びているらしいことをこの時知った。
「…改めて、ボクはルベドだ。このギルドのギルドマスターを担っている。よろしくな、サン。」
銀髪の彼女はローブを纏い、この中では特に肌の露出が少ない。この中で一番の少女。一番背の低い彼女は彼らの…おっと、返事を忘れていた。
「ヨロシクオ願イシマス。」
「ところで、お前を仲間にしたのはここでの情報源としての活用が大きい。それにこちらは手持ちアイテムが諸事情で無い。この世界のことを教えるなんて言われても説明が難しいだろう。まずは近隣諸国について教えてくれ。」
サンはこの5人が異世界から来たのではないかと考えていた。この世界についての一般的な常識が大きく欠如している様子からそう思考が移行した。それならば、少なくともこの世界における彼らのおかしな組み合わせには合点がいく。
「エエト。…デハ。我ノ居タ場所ハ廃都ト言ワレテイマス。300年ホド前ニ元々、ロースマ帝国トイウ国ガアリ、小国ナガラモ物流ノ要所トシテ大キナ力ヲ持チ、コノ大陸を動カシテイマシタ。マタ、流レ者ヲ積極的ニ受ケ入レルコトカラ目立ッタ差別ヤ奴隷制度ガ無カッタト聞キマス。ソンナ国ガ廃都ト言ワレ、死ンデシマッタ理由ハ神ヲ怒ラセタコトニヨルト言ワレテイマス。…我ハ現地ニ居タワケデハナイノデ詳シクハ知リマセンガ。神ハ世界ノ権限トモ云ウベキ権能ヲ持ッテオリ、他者ノ明日ヲ食ベルコトガ出来ルト言ワレテイマス。ソレデ国ガ死ンデシマッタトイウワケデス。」
「…ロースマ帝国が廃都へと変わってしまった流れは分かったけど、他者の明日を食べるってどういう意味なの?」
ミリグラムがサンに質問する。
「他者ノ明日ヲ食ベルトイウ言葉ハ意味ガヨク分カッテイナイ聖書ノ言葉ノ1ツデス。確カ1000年ホド前、幼少期ニ読ンダ繭教会ノ聖書ニモ書イテアッタハズデス。ソモソモ、聖書ニハ明日トイウ言葉ガ多ク用イラレテイルノデスガ。廃都ノ惨状ヲ見ルニ、人間的ナ人間ヲ減ラシ、獣ヲ宿シタ人間ヲ増ヤス結果ガ明日ヲ食ベルトイウ事カト。」
「繭教会ってのは何なの?」
ミリグラムが再度聞く。
「イリンヴァロヲ主神トシテ信仰スル宗教デス。死ンダ者ノ記憶ヤ存在シテイタ記憶ヲ食ベルトイウ神ノ1人デス。…コノ世界デハ、魔法デ保護シナケレバ人ノ死ヲ長クハ覚エテイラレマセン。何故約8000年モ信仰サレテイルカト言エバ至極簡単デ、戦争デ取リ残サレテ絶望スルクライナラ忘レタホウガマシダトイウ話デス。聖人サンスィガ広メタモノト言ワレテイマス。」
「ふーん。なんだか面白くないわね。」
ミリグラムが吐き捨てた。それを伺いながらもサンは続ける。
「…続ケマス。廃都の北東にはラントルベータ王国。東には宗教国家アリトロモルス。南には獣国ヲカケルガアリマス。王国ト教国ハ元々同ジ国デシタガ、武力ヲ用イテ国ヲ護ルトイウ王国ノ王族派閥ニ対シテ、教国の教会派閥ハ護ルコトガ武力ニナルトイウ考エ方デ決別シ、ソレニ加エテ、ヴァロ信仰ノ強イイグナ・スィトン派ガ台頭シテキタコトモアリ、北部ト南部デ対立スルヨウニナッテシマッタノデス。」
「ヴァロとイグナ・スィトンってのは何なの?」
「ヴァロトハ平タク言エバ神ノコトデス。アラユル奇跡ト災イヲモタラス存在デ、過去ニヴァロガ起コシタ奇跡ト災イハ御伽噺トシテ広ク伝ワッテイマス。ヴァロニハ近付クナ。ト。イグナ・スィトンハ人間種ノヴァロニ信仰ヲ限定シタ考エ方デス。現ニ、教国ハ人間至上主義デ有名デス」
「さっきのイリンヴァロとかいうやつもそうってこと?」
「ソウナリマス。ソシテ、王国ト争ウ教国ノ人間至上主義ガマタ別ノ敵ヲ生ミマス。教国の南にある獣国ヲカケルデス。獣国ハ先ホドマデノ国トハ違イ、獣人ガ興シタ国デス。人間至上主義ヲ掲ゲル教国ハ身体能力ノ優レタ獣人ガ人間種ニ危険ヲモタラスト考エタノカ、獣国ノ一部ヲ侵略シ、支配シテ以後、両国ノ関係ハ激化シタト。他ニモエルフヤドワーフ、竜人ノ国ガアルト聞キマスガ、情報ガ無イノデナントモ…。」
サンの話から多少の間が空いた。
「ありがとう。サン。じゃあ、皆はこれからどうしていくべきだと思う?」
ルベドは円卓に座る4人に聞いた。
「…はぁ。そうね。私は皆がいればそれでいい。他には何も望まない。」
プルプルが次いで口を開ける。
「でも、それだと皆でお食事出来ないですよね。食料が無いですし。…多少悪目立ちするかも知れないですし、あまり気乗りもしませんが、先に挙げた何処かの国で大きな戦果を挙げてから雲隠れするのがギルドにとって都合が良いと思います。」
「ルベド。こうは言うがどうだ?通用しそうなのか?」
少し疲れたように鎖マンがルベドに話を振る。
「少なくとも近くには特に強そうなのは居なかったけど…。どうかな。希望的観測でもいいならベロが一緒に居れば大丈夫じゃないかな。」
「私はルベドさんが居れば良いですけどね。というのはまあ半分冗談で、最悪の場合滅ぼせるなら滅ぼしても良いと思います。この世界に興味無いですし。」
ベロの言葉に皆は少し口ごもってしまった。
「…そうね。ならこうしましょ。パーティで名を挙げて敵を誘い出しながら諜報を兼ねて裏から働くの。本当は諜報が一番隠密には重要なんだけど…。有り合わせの食料がもう尽きそうなことを考えれば近くで実行したいわね。例えば昨日の…。」
ミリグラムの意見にルベドが口を開ける。
「町は駄目だよ。情報源として使うもん。サン、この洞窟から一番近い国は何処だ?」
「…ラントルベータ王国デス。」
「よし。行き先が決まったね。確認するよ。この世界にも冒険者ギルドがあると思うからそこでパーティを組む。そこで名を挙げて悠々自適なギルドライフを送るということで良いね。…はあ。お腹も空いたし、先に食べてから行こうか。」
疲れたように皆が頷いていた。その様を見てルベドが赤べこみたいだと笑っていたが、赤べことは何だろうか。また時間がある時に聞いてみるか。
話を現在に戻す。彼らは夕食を終え、支度を始めていた。今になって揺らぐのは自分の過去であろうと。そう思っていた。
ふと、サンはある言葉を今になって思い出した。世界と似た意味を持つ『アロワレ』。聖書から引用すると意味は神の愛した場所。サンはこのあまり意味を持たないが故に強い揶揄的な表現を持つ言葉を思い出した。もしかしたら、眼の前にはヴァロの称号を持たぬ神がこの世に産み落とされたのかも知れないのだと思えたからだ。サンは少しの寒気と身体の震えを覚えた。それと同時に、いつかこの道理を捨てた神に立ち向かわなければいけないのだと気付いた。サンは震える身体を押し殺すように腹の中に隠した。
End Of Life kashiyu @ka_shi_yu
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