第23話 未来の道筋

 アマルティアが変わり始めてから一週間。


 私はずっとずっと考えている。私はずっとここに居ても良いのかなって。


 ユベルくんから言われている事がある。

 婚約についての話だ。婚約については両親が決めた事で、その両親が居なくなった今、婚約自体に意味を持たないからエステルの自由にしても良いって。


 ユベルくんと一緒に居たいっていう気持ちは変わっていない。

 ずっとずっと一緒に居たいって思ってる。でも、そう思うのと同じくらい、私は別の事を思ってる。


 あの日、ユベルくんのお父さんとお母さんが命を落とした時。

 あの時、私はユベルくんが本当にすごいって思った。

 沢山の人達に嫌われているのを自覚していて、石まで投げられても、堂々と立って、自分を信じてくれるように言った。

 それで何とか今は認めてもらって、アマルティアを良い場所にしようって努力してる。


 私はずっとそれを側で見ているだけ。

 それだけで良いのかな? 私は。


 私は与えられた自室の窓から外の景色を見つめる。


 外では沢山の人が働いていて、建物を治している。きっとあの場にユベルくんも顔を出しているんだろう。

 最近のユベルくんは本当にいつ休んでいるんだろう、って思うくらいに働いてる。


 でも、それは全部、ここで暮らしている人たちの信頼を得るために、って頑張ってる証拠。

 未来に向かって頑張ってるって事なんだと思う。


 私もそうするべきなんだけど……果たして私の居場所ってここなのかな?」


「エステル様? お茶をお持ちしましたよ?」

「あ、リリィさん。ありがとうございます」

「いえいえ」


 部屋の扉を開けて中に入ってきたのは現在のメイド長を任されているリリィさんだ。

 今ではこのボロボロの屋敷に暮らしているメイドさんも自由に働いてる。

 

 中にはメイドさんを辞めて、街の中で働いている人まで居る。


 ここに来た時に感じた重苦しい空気なんて全然感じなくて、皆が本当に笑顔で楽しそうに生きているのを感じる。


 リリィさんも楽しげにお茶を淹れながら、口を開く。


「ふふ、本当にこうしてゆっくりとお茶を飲める日が来るだなんて思いませんでした」

「うん……そう、だね」


 私は考え事ばかりをしているせいで生返事をしてしまう。

 それに違和感を覚えたのかリリィが首を傾げる。


「どうかされましたか? エステル様」

「少し、相談しても良い?」

「勿論です。何かお困りですか?」


 リリィはお茶を淹れて終えてから椅子に腰掛ける。

 私は目の前に置かれたお茶を一口飲んでから、口を開く。


「私、ユベルくんに婚約はしなくても良いって言われてるんだ」

「それは聞いてますよ。元々はあの二人が決めた事なので、そこを自由意志にされたんでしょう。なので、エステル様のご意志を一番に優先するという話です」

「うん。それなんだけど……あの戦いで私少し、考えちゃって」


 私は天使となって皆を導いたあの戦いを思い出す。

 あの時、私は多くの人々を扇動し、戦いの道へと引きずり込んだ。

 あの光景はずっと忘れる事は無い。あれは私が招いた結果だ。それによって、中には命を落とした人だって居る。


 それを悲しむ自分も居るけれど、私はあの戦いで『戦わなくちゃ何も手に入らない』事を知った。

 ユベルくんは安心して暮らせる世界を作る為に戦った。その結果、今の現実を勝ち取った。


 だったら、私だっていつまでも逃げている場合じゃないんじゃないかなって思ってしまう。


 リュミエール家の現実と自分自身の事から。


 それを全部、私はリリィさんに話す。すると、リリィさんは真剣に聞き、何度か頷く。


「なるほど……それがエステル様の悩みなんですね」

「うん。私は……どう、したいんだろ。ユベルくんと一緒に居たいよ? ずっとずっと欲しかった友達だし……でも、私の心は今の自分から、自分の環境から逃げちゃいけないんじゃないかなって思うんだ。私は……」

「それはもう答えが出ているんじゃないですか?」


 ニコっと優しく笑うリリィに私は目を丸くする。


「今の自分じゃダメって思っているんでしたら、私もその背中を押したいと思います。別に今離れたからといって、永遠に別れるという話ではありませんよ、エステル様」

「リリィさん……」


 そう言ってから、リリィさんは私の手を優しく握る。


「決して後悔のない道を選んで下さい。その心が一番に思う事を大切に。私もそうだったんですから」

「え? そうなの?」

「はい。ユベル様に救っていただいたとき、私は本当に信じていいのか分かりませんでした。でも、私は彼を信じると決めました。信じたい、と思ったから。

 ユベル様の語る理想が本当に素晴らしい、と感じたから。そうして、私は今の未来を見ています。きっと、その心に信じた道を突き進めば、必ず道は開けるはずです。ですから、自分を信じて下さい」

「リリィさん……」


 そう言うと、手を包み込んでいた温もりが離れていく。


「何て。差し出がましい事を言いましたね」


 ペロリ、と舌を出すリリィにエステルは首を横に振る。


「ううん。自分を信じる、か……私は私の思う道に……」


 私が信じたい道、私が一番に思う事。そう考えた時、答えはおのずと出てきた。

 私は立ち上がる。決めたのなら、すぐにユベルくんに伝えに行かなくちゃ。


「り、リリィさん。少し行って来る!! 私の素直な気持ちをぶつけてくる!!」

「いってらっしゃいませ、エステル様」

「うん!!」









「はぁ……はぁ……」


 俺は瓦礫を運び終え、膝に手を付く。

 今、俺は貴族たちが暮らしていた場所の瓦礫整理を行っている。

 これがまぁ、ド派手に壊してくれたおかげで建物とかも建て直しになるのが殆どだ。

 壊してしまうとやはり出てくる瓦礫は片付けなければならず、その手伝いをしていたのだが、この身体があまりにも不便すぎる。


「た、体力が無さ過ぎる……能力が使えても……腕力も鍛えないといけないな、こりゃ……」


 能力に甘えて瓦礫を全部、転送ワープすれば良いんだろうが、そんな事をすれば、自分の体力が目に見えて低下するだけ。

 それでは今後、足元を掬われる可能性がある。

 そうならない為にも運動として手伝っている。


 俺が適当な場所で休んでいると、同じく瓦礫整理を行っているレジスタンスの男が口を開いた。


「おぉ? ユベル坊ちゃん。もうバテたのか?」

「……うん。流石に、堪えた……だから、少し……休ませて……」

「ったく。貴族の暮らしばかりしてるからそうなんだよ。ほら、見てみろ。お前と同い年の子どもたちを」


 俺と同じくらいの子どもたちは平然と瓦礫を運び、整理に貢献している。

 こ、これがサボってきたツケという奴か。俺は大きな溜息を吐く。


「本当に体力つけないとヤバイな……」

「あ、ユベルくん!!」

「ん? エステル。どうしたんだ?」


 俺が身体を休めていると、エステルが慌てた様子で駆けてくる。

 それに俺は首を傾げる。エステルは最近、ずっと考え事をしていたので、こうした作業はさせずにゆっくりと考える時間を与えていたのだが。

 俺が立ち上がると、エステルは俺の前に立ち、息を整える。


「はぁ……はぁ……あ、あのね、ユベルくん」

「どうした? そんなに慌てて」

「私……ユベルくんとの婚約を破棄する!!」


 その声が作業場全部に響き渡っていたのか、作業をしている人達も目を丸くする。

 でも、俺は何となくだけど、分かっていた。エステルならそういう選択をするんじゃないかって。

 エステルは真っ直ぐ俺を見つめて言葉を続ける。


「わ、私、私は……ちゃんと私の問題に向き合いたい!! リュミエール家の事とか、私自身の事とか……逃げないでちゃんと向き合って……恥ずかしくない状態で、私は……ユベルくんの隣に居たい!!」

「……そうか。立派じゃないか。エステルも戦ってくるんだな?」

「……うん!! 戦って勝ち取ってくる。それでね、ユベルくん!! 私、魔術学院に入学する!! 向こうにはね、世界で一番大きな魔術学院っていうのが存在するんだ。

 私はそこに行く!! だから、ユベルくんもそこに来て欲しい!!」


 エステルの真っ直ぐで迫力ある眼差しに俺は目を丸くする。

 魔術学院か。そこは元々行くつもりだった。

 俺が悪役として命を散らす場所だから。行かない手はない。

 そこでの問題を解決してこそ、俺の破滅フラグは本当に無くなると思っているから。


 でも、そうなると、10年か。寂しくなるな。


 俺は思わずしんみりしてしまうが、すぐに首を横に振る。

 違うな、エステルは未来を掴み取ろうとしているんだ。俺と同じように。

 だったら、その背中を押してやるのが、俺の気持ちだ。


 俺は大きく頷く。


「ああ、分かった。じゃあ、約束だ。恐らく10年後、魔術学院で必ず会おう。その時までアマルティアが楽園って呼ばれるくらいにまですげーもんにしておくよ」

「わ、私も……リュミエール家に恥じない淑女になって、ユベルくんに会うよ!! うん、そうする。ぐすっ……だって……そうしなくちゃ……」


 別れると理解したからか、エステルの瞳から涙が零れ落ちる。

 それを見てから俺はエステルの頭を優しく撫でる。


「あぁ、必ず会おう。だから、泣くな。これから戦いに行く奴の顔か? 別れるんなら、きっちり笑顔で!! なっ!!」

「……ぐすっ……うんっ!!」

「船はすぐに手配させる。パルマさんが連れて行ってくれるから。出発はいつが良い?」

「明日」

「明日な。分かった。じゃあ、すぐに荷物を纏めないとな」






 そして、翌日。アマルティアから一隻の船が旅立っていった。



「……行っちゃいましたね、ユベル様」

「ああ。でも、これで良いんじゃないか?」


 水平線へと消えていく一隻の船を見つめ、俺は口を開く。


「だって、エステルは未来に向かって行ったんだからさ。だったら、俺も恥ずかしくないようにしないとな。……10年か」

「そうですね、10年後です。フフ、どれだけ美人になっているんでしょうね」

「何言ってるんだ? とてつもない美人になるに決まってる。さあ、俺たちも頑張ろうぜ!! 次、エステルが来た時に変わったって思ってもらえる場所にしないとな」

「はい!!」


 そうして、俺とエステルは別れた。

 でも、決して後悔は無い。だって、二人とも見据えるべき未来があるから。

 そして、その道は必ず交わるって互いに知っているから。


 

 それから――10年後。





「……さて、そろそろ行こうか。魔術学院」




 俺の物語は次なる舞台へと移ろうとしていた――。 




――――――――――――――――――



 この作品はここで終わりにしようと思います。

 自分なりに色々と考えた結果です。

 どう思ったか。

 こうした方がいいなどあったら、気軽にコメント下さい。

 次の作品に活かしたいと思います。


 読んで頂いた方、ありがとうございます。


また、次の作品も縁があったらお願い致します。


 気軽に何でもコメントしてくれると助かります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔と呼ばれる悪役貴族に転生した俺、破滅フラグを壊したら最強になったので平穏に暮らしてみた YMS.bot @masasi23132

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ