第22話 笑って暮らせる世界

 あの戦いから数日後。

 俺は焼け落ちた部屋の中で唯一無事だった一室を使い、身なりを整えていた。

 

 あれからの事は全部、リリィから聞かされている。

 エステルの扇動によって、アマルティアに住まう人々がここアマルティア家の屋敷を攻め落としたらしい。それに牢獄に居た囚人たちも全員解放し、それによるちょっとした暴動もあったらしいが、それらは全部、レジスタンスが鎮圧してくれたらしい。


 今、ここアマルティアは混沌を極めている。

 日夜、暴動が所々で起き始めているし、アマルティア家の貴族たちをすぐさま処刑するような声も上がっているほどだ。


 しかし、混沌を極める中でもパルマが言っていた。


 この地を統治する存在が居ない事で、今誰もがこの地の覇権を奪おうと争っている、と。

 それを止める事こそが今、一番大切な事であり、それが出来るのが俺だけだと言う事。


 この革命を引き起こし、アマルティアに混沌を呼び寄せた俺がしっかりと尻拭いをする。

 その為に俺が気を失っていた間、ずっと待っていてくれたらしい。


「……ふぅ」

「緊張してますね」

「まぁね。パルマから聞く限り、街の中が相当ひどいんでしょ?」

「ええ。毎日のように何処かで暴動が起きています。武器を与えた事による影響だと思いますが……」


 元々、こうなる事は予想していた。

 明確な主権を失った事で我こそは、と野心家たちが力を伸ばしてくると。

 でも、これは承知の上だ。俺はリリィに身なりを整えてもらい、立ち上がる。


「良し。リリィ、護送は?」

「もう終えてます。街の中央街に用意してあります」

「エステルは?」

「レジスタンスの方々と共に居ます」

「そうか」


 今、レジスタンスが街の治安を守ってもらっている。

 俺は部屋を後にすると、目の前にはあれだけ煌びやかだった屋敷が全部焼け落ち、壁は崩落していて、壁の役割を果たしていない。

 天井もなくなっているし、完全に家としての機能は失われている。


 俺が歩き出し、ボロボロの階段を下りていく。

 

 入口が取れ、開けっ放しになった入口を抜け、街へと向かう道を進む。

 ここもとても綺麗に舗装されていたのに、今じゃ木々は薙ぎ倒され、華やかな雰囲気など微塵も無いまるで、戦後間も無い映像を目の前で見せられているかのようだ。


 全てがボロボロ。アマルティアが失墜した事を現しているかのようだ。


 俺のほんの少し後ろを歩くリリィに尋ねる。


「リリィ、そういえば、メイドさんたちは?」

「メイドたちに怪我はありませんでした。街の方々も気を使ってくれていたみたいで」

「それは良かった。ローズは?」

「メイド長は……行方不明です。両親を拘禁後、姿を消したそうです」

「そうか……」


 取り逃がしたと捉えるべきか。反乱分子を残してしまったと考えるか。

 それは分からないけれど、今はやるべき事をやるだけ。


 俺が道を歩いていると、声が聞こえてくる。


『さっさと殺せー!! アマルティア家を滅ぼせ!!』

『何故、ユベルが居ないんだ!! 一家を皆殺しにしろよ!!』

『これが報いよ!! 私たちには天使様の加護が付いている!! すぐに殺そう!!』


 まぁ、偉い言われようだ。

 それだけじゃない。聞こえる限り、届いてくるアマルティア家への罵詈雑言。

 それだけの事をしてきたのだから、当たり前だ。俺は中央広場に到着し、その中央に置かれている処刑台を見た。


 そこには父であるイビルと母であるマルがギロチン台に顔を嵌められ、晒されていた。

 二人のギロチン近くには処刑人としてレジスタンスの人が立っている。

 しかし、人が立っているにも関わらず、人々は石を投げ、罵詈雑言をぶつけ続けている。

 俺はそんな様子を処刑台の後ろから見つめる。


 これが悪魔と称された人達が受ける怨嗟の声か。


 俺の手が少しだけ震えた気がした。それと同時に優しく包み込まれる俺の手。

 俺はビクリと肩を震わせると、そこにはエステルが居た。

 エステルの近くにはレジスタンスのリーダー、パルテも居る。パルテはじーっと民衆たちを見つめている。恐らく警護をしてくれているんだろう。


「ユベルくん……大丈夫。ユベルくんの素直な気持ちをぶつければ皆、分かってくれる。私が保障するんだから。だって、その為に頑張って来たんだもん」

「……そうです。ユベル様なら大丈夫です」

「うん。ふぅ……良し。それじゃあ、行って来る」


 俺は一歩、処刑台に足を掛け、ゆっくりと上がっていく。

 カンカン、という無機質な鉄の音が響き渡り、俺はギロチンに頭を嵌め、拘束されている両親の間に立つ。

 ここに集まる民衆の全員が見渡せる、あまりにも大きな景色に一瞬怖気づくが、すぐさま立つ。


『なっ!! 何でユベルが捕まってないんだ!!』

『そいつも悪魔の子よ!! 速く殺して!! ここは生まれ変わるんだから!!』


 石も飛んでくる。それが当たり前のように両親に当たり、俺の顔にも当たる。

 ズキン、とした痛みが広がるが、それでも俺は立ち、能力を使う。


 俺の声を、ここ、アマルティア全体に――。



『共振』



『俺はアマルティア家嫡男!! ユベル=アマルティアだ!! 今日は全員に聞いて欲しい話がある!! 皆の頭から聞こえているであろうこの声は……俺の能力によるモノだ!!!

 聞いて欲しい!! 今は、ただ、聞いて欲しいんだ!! 俺の……気持ちを!!』


 俺の絶叫にも近しい声と同時に民衆たちの顔に困惑の色が浮かぶ。

 こうでもしなくちゃ、全員には届かない。俺の夢を、俺の願いを。俺の作りたい世界を。


『この一連の騒動、アマルティア家の失墜……それを企てたのは全て俺だ!! 俺はこの両親を殺す事で、ここアマルティアを生まれ変わらせる為に……戦ったのだ!!』


 俺の声に人々が困惑した声を上げる。ざわざわとざわつき始め、俺に対する目は少しだけ変わる。全てを伝えるんだ。俺の全てを。


『レジスタンスに牢獄を襲撃させ、天使を降臨し、俺が両親を自らの手で拘束した。そして、今日、俺はこの手で……両親を殺す!! それはこの地獄の終焉を意味するんだ!!』


 俺は喉が痛くなる程に叫び続ける。


『俺は……この地に住まう皆が幸せに笑って暮らせる世界を創りたいと思っている!! 笑いたいときには笑い、泣きたいときには泣き、そして、怒りたいときには怒る……人間が当たり前のことを当たり前のように出来る世界を作りたいんだ!!』

『信用出来る訳ねぇだろ!! てめぇも悪魔の一族だろうが!! 俺の子をどうやって返してくれるんだよ!!』

『そうよ!! 貴方達に奪われたモノはあまりにも多いのよ!! 今更、そんな言葉、どう信じたらいいのよ!!』


 人々の俺に対する批難の声が聞こえてくる。

 どれも当たり前だ。俺たち、アマルティア家は全てを奪ってきたんだから。

 それでも、俺は怯まずに叫ぶ。


『皆の気持ちは分かっている……取り返しの付かない事をしてしまったと。それで受けてしまった傷が消える事はない……。だとしても、俺は……皆で作りたい!!!』


 俺は真っ直ぐ前だけを見つめ、思った事をそのまま口にする。


『アマルティア家の過ちは決して取り返せない!! 奪われたものも多くある!! 返して欲しいって気持ちも……痛い程に分かる!! それでも、俺は……皆の未来を守りたい!!

 これから先、この地で俺は二度と血を流させない。悲しみを振り撒かない。


 俺は――皆が幸せに笑って暮らせる世界を皆で創りたいんだ!!


 俺一人じゃそれは出来ないんだ!! この地に暮らす皆が居なくちゃ出来ない事なんだ!!』


 俺は大きく頭を下げる。


『だから、お願いします!! 俺に……チャンスを下さい!! 必ず、皆が安心して暮らせる世界を……皆から信頼されるような男に必ずなる!! 今は信用出来なくても……皆の未来を俺に託して下さい!! お願い、します!!』


 俺は深々と頭を下げる。そんな姿を見た事が無かったのか、人々のざわつきは強くなっていく。

 そんな中、少女の声音が聞こえた。


『ほ、本当に? 美味しいご飯はいっぱい食べれるの?』

『ああ、食べられる。重い税も無い。人々が突然消える事もない。皆が自由に暮らせるんだ。それが俺の作りたい世界だから』

『そうなんだ、じゃあ、私はそんなせかいが良い』


 俺の能力の影響か、そんな子どもの無邪気な声が人々全員に伝播していく。

 俺の能力は『空間掌握』 この『共振』の範囲内に居れば、恐らく声が伝播していくんだろう。


 しかし、それに水を差すようにイビルが嗤う。


「は、ハハハ、何を言ってるんだ? アマルティア家は滅びない。お前等も目を覚ませ!! コイツは所詮、私の息子!! どうせ、同じ事を繰り返す!! こいつも同じ穴の狢だ!!」

「そうよ。何を言っているの? ユベルちゃん。貴方だって悪魔の一族なんだから、そんな事が許される訳ないでしょ!! 貴方も一緒に殺されるのよ!!」


 イビルとマルの狂気を孕んだ眼差しが俺を貫く。

 しかし、民衆たちはしばしの沈黙の後、口を開いた。


『ユベル、それは本当なのか?』

『本当に幸せな世界が? 苦しまないで良いの?』

『信用してもいいのか? 当たり前の世界が来るって』

『……っ!! ああ、信じてくれ。皆が力を貸してくれたら、ここ、アマルティアはどんな場所よりも幸せな世界が、未来が待ってる!! 俺はそんな世界を必ず作ってみせる!!』


 俺の高らかな宣言を聞き、民衆は多種多様な反応を見せていた。

 それに喜ぶ者、涙を流し、ようやく解放される、と安堵する者。

 未だに信用なんて出来ないと叫ぶ者。本当に様々だ。


 でも、それでも進んでいかなくちゃいけない。俺の理想の為に。


 だから――。



 俺は両親が拘束されているギロチンの刃を下ろす装置に手を掛ける。


『だから、俺はこの地獄を終わらせる!! この地に住まう悪魔は……ここで終わりを迎えるんだ』

「なっ!? 待て!! ユベル!! 私はお前の父さんだぞ!! 何故、こんな事を!! すぐに解放しろ!! 私はまだ、死にたくない!!」

「や、やめて、ユベルちゃん!! 死にたくないのよ!! 私はまだ……」

『……お前等がその目をするんじゃねぇよ』


 俺の見た両親の目はあの時見た、二人が嬉々として殺していたメイドと同じ目をしていた。

 そんな目をする資格がお前等にある訳、ないだろ。


 俺は一つ息を吐く。


『そうやって言った奴等を殺してきたのがお前等だ!! その報いはきっちりと受けろ。俺の作る世界にお前等は……要らない』


 その声と同時に俺はギロチンの刃を下ろした。

 迷い無く振り下ろされた刃は容易く両親の首を落とし、ゴロン、と二人の頭がその場に落ちる。

 俺はそれを見据え、宣言する。



『今、ここに宣言する!! ここ、アマルティアは生まれ変わる!! 皆が当たり前のように暮らせる世界に!! 幸せに笑って暮らせる世界に!! それを皆と共に創りたい!!


 俺の理想に賛同してくれるものは声を上げろ!! 共に――理想の世界を作ろう!!』



 俺の宣言に呼応するように民衆の雄叫びが上がった。


 この日、アマルティアから悪魔は消え去り、後に『楽園』と呼ばれる地の始まりである。

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