第21話 地獄の終幕

 声が聞こえてくる。


――アマルティア家を滅ぼすのです。あ、メイドさんたちには手を出さぬように。

――こっちもダメだ、もぬけの殻だ!!

――クッソ、あの悪魔共、逃げやがった!!

――天使様、一体何処に!?


 俺たち、アマルティア家の面々は地下道を進み、屋敷からの脱出を試みている。

 どうやら、上手い事作戦が進んでいるらしい。

 今回の作戦は荒唐無稽だと、自分でも思っている。


 全ての始まりはレジスタンスによる牢獄襲撃。

 牢獄を襲撃する事によって、囚人たちを解放。さらには武器等を奪い取り、それをリリィのいる所定のポイントまで運び込む事だ。

 しかし、この襲撃はあくまでもブラフであり、アマルティアの最高戦力である騎士団を呼び込む事に意味する。


 そして、所定の位置に武器を集め、騎士団の目を大きく集めたら。今度は俺の能力とエステルのオーパーツの力だ。

 エステルが街の上空に待機し、そこに俺が能力を用いて、武器を送り込む。

 天から舞い降りる救いの天使。そういう幻想を絶望した街の人たちに見せ付ける。


 そう、救いを求めている彼等に本当の救いを齎す天使を、幻想を見せるのだ。


 そうして、そこからはエステルの口八丁と牢獄から集めた武器たちを地上に落とし、人々に戦う力を与える。それからアマルティア家を襲撃させる。

 

 つまる所、エステルには街の人たちの旗印になってもらったのだ。

 間違いなく、同じアマルティアの血を引く俺には絶対に出来ない芸当。


 現に今、アマルティア家の屋敷には多くの街の人達が入り込んでいる。

 

 それにこの地下道も暑い。恐らく火が放たれているんだろう。


「よし、もうすぐ出口だ!! ここを抜ければ――」


 イビルは焦燥感に駆られた様子で、マルは苛立ちを全く隠そうとせずに爪を噛み、ローズは何処か諦観した顔で目を閉じている。

 こうなった時、彼等は間違いなく逃げる、と判断した。

 

 つまり、最後。彼等を捕えるのが俺の役目だ。


 地下道を抜け、父に促されるように地上に出る。

 

 この地下道を抜けた先。俺は一人でに走り出す。ある所に誘導する為に。


「ゆ、ユベル!! 一人で先に行くな!!」

「ユベルちゃん!? 早く戻ってらっしゃい!!」

「ユベル……」


 俺の背後から聞こえてくる両親とローズの声。

 俺は走り、森を抜け、あの『花畑』に出る。そこで足を止め、目の前に無数に立つ墓を見つめる。


 ここだ。ここが……奴等の最後にふさわしい。俺はゆっくりと足を進め、一本の墓の前に立つ。


「な、何だ……ここは……」

「これは……何? ユベルちゃん。こんな所に用事は無いわよ。ほら? さっさと船で逃げましょう。大丈夫、本土に行けば元の生活が」

「ここは……」


 ローズは歯噛みし、自分自身を抱くように身を小さくする。

 俺は呟く。


「元の生活なんてある訳が無いだろ。お前等は――ここで捕まるんだからな」

「……な、何を言っているんだ? ユベル」

「……ユベルちゃん?」


 両親が困惑した表情を浮かべる。まだ、気付かないのか。

 俺は一つ息を吐き、二人を見ると、ローズは一つ息を吐いた。


「まさか……この騒動は貴方の差し金? ユベル」

「ああ、そうだよ」

「差し金? な、何を言っているんだ? ローズまで」


 本当に何も分からないのか、両親はずっと困惑したままで冷や汗を流している。

 俺は墓に手を触れ、口を開いた。


「俺がレジスタンスと結託して、ヴァルテン牢獄の襲撃と街の人たちを唆してアマルティアの屋敷を襲撃させた張本人……って言ったら、分かりやすいか?」

「なっ……」

「何で、そんな事を……」

「何で? 簡単だろ。お前等が生きていたらいけない人間だからだよ」


 驚愕の色に顔を染める両親に俺は真っ直ぐ言葉をぶつける。


「お前等、どれだけの人間を苦しめてきた? どれだけの人間を痛めつけてきた? どれだけの人間を絶望のどん底に叩き落した?」

「何を言ってる? 私たちはそれを許される立場にあるんだ。どうせ、ここで起きる事など海の外には届きやしない。それに、この地はそういう役割なんだ。

 ゴミである罪人を集め、世の中の何の役にも立たない奴隷を集める……その有効活用をしているだけだ」


 イビルの言葉にマルも同調する。


「そうよ。アマルティア家とはそういう家なのよ? 人を支配する事。そして、全ての頂点に立つ者なの。ユベルちゃん、貴方も分かるでしょう? アマルティア家とはね、いずれは『世界の王』となる貴族なのよ? だから、何をしたって」

「許されるのか? んな訳、無いだろ……」


 俺はぎゅっと強く拳を握り締める。こいつ等の話を聞いていると、怒りが込み上げてくる。


「誰が何の為に命を奪う事が正当化されるんだよ。罪人だから? 奴隷だから? そのレッテル一つあったら何をやっても良いってのかよ。そんなの許されるはずがねぇ」


 俺は両親を見据えたまま叫ぶ。


「この世に自由に人の命を奪って良い奴なんて存在しねぇんだよ!! テメェらのやってる事なんざ、人間の所業じゃねぇ!! 悪魔の所業だ!! そんなの……俺は絶対に認めない。

 だから、俺はこの地に『革命』を起こすんだよ。テメェらみたいな悪魔を全員、ぶっ飛ばしてな」

「ユベル……君はどうしたんだ? 人が変わってしまったように……どうして、分からない? 私たち、アマルティアは選ばれた人間なんだ。この世を支配する事を。何故? 私たちは特別なのに。何故、それを手放そうとする?」


 イビルは俺の言った事が何一つ理解出来ないのか、目を丸くしたまま問う。

 ああ、もう本質的に分かり合う事は出来ないんだろうな。俺は一つ息を吐く。


「……分からないなら、良いよ。というか、最初から分かるとも思ってない。ただ、分かるのはお前等はここで終わりって事だ」

「ユベルちゃん、これ以上はママも怒るわよ?」

「母様?」


 何かおかしい。マルの周りに力が集まっていく。

 こんな事、あったか? こいつ等ってゲームだと半ばダイジェスト気味で殺されている。

 だから、何か力を持っている事は明かされていない。

 俺が目を丸くしていると、ローズが口を開いた。


「御父様、御母様。やめて下さい、そんな事をしたらユベルが……」

「…………」


 ローズの言葉にイビルは目を閉じ、しばし考えてから口を開いた。


「いや。ローズ。ユベルという息子はもう居ないよ。奴こそが本当の悪魔だ」

「え…………」

「まさか、この力を使わなければならないとはね。使いたくは無いんだ。これを使うと全てを破壊してしまうからね」


 その言葉と同時にイビルの身体から黒い稲妻が迸る。高いエネルギーを感じる。

 そのエネルギーが臨界点に突破した時、強烈な風と衝撃波が起きる。

 それによって無数に立っていた墓たちが薙ぎ倒され、花が散っていく。


「これは……」

『アマルティアのアクマこそが……このヨをシハイする!!』

『そうよ。シハイするのがワレワレ。スベテをショウアクし、テにする』


 俺の目の前に現れたのは二人の悪魔。

 ただ、その見た目はあまりにも醜い。丸々とした豚のような姿に悪魔のような翼が生えている。口元からは涎が垂れ流され、それが地面を溶かしている。

 手足は赤ん坊のようにずんぐりむっくりで、歩く事すら出来ない。その場に座り込み、俺を睨みつけている。

 それが――二人。

 俺は思う。


 そうか――。悪魔が住まう地というのは比喩なんかじゃなくて、こいつらは元から『悪魔』なんだ。

 ローズは大きく悪魔となった両親から大きく距離を取り、俺の側に立つ。


「ユベル!! 危ないから、下がって。ああなったら止められないわ。自分の欲望を手にするまで」

「……良く分からないが、大丈夫だ。ローズ」

「え?」


 俺は一つ息を吐き、右手を前に翳す。こんな事で時間を食っている場合じゃない。

 こいつ等はすぐに捕え、新しい世界への足掛けにしなければならないんだから。

 俺は呟く。


衝撃インパクト


 その声と同時に二匹の悪魔に見えない衝撃が何度も何度も与えられる。

 頭、腹部、足、脇、その全てに見えない衝撃が打ち込まれていく。


『ナッ!? ナニがおきている!? ガッ!?』

『イタイイタイイタイタイ!! ナニ、イタイ!!』


 無数に――数千発は放たれた衝撃は両親の意識を刈り取り、二人は醜い姿から人間の姿へと元に戻る。身体中には殴打痕と血を流し、地面に倒れている。

 その光景にローズは目を丸くする。


「な、何が……」


 身体中に伝わる疲労感と倦怠感に俺は膝を付く。

 流石に今日一日、能力を使い続けて、最後に絶対に逃がさない、迅速なる行動の為に無茶をしすぎた。でも、これで終わったのかもしれない。

 

 俺は膝を付いたまま、ローズに声を掛ける。


「ローズ……その二人を拘束、してくれ……ハァ……ハァ……」

「……ユベル?」

「やば……」


 そのまま俺はフっと意識が失うのを感じた。

 どうやら、能力は使いすぎるとかなり消耗するらしい。どうにも、もう目を開けられそうにない。


 俺はそのまま意識を手放した――。

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