過疎闘人

釣ール

もう闘争心は薄れていて

 窓から街を眺め、安めの駄菓子で空腹を紛らわす。

 もう少しボロい住処でもよかった。

 しかしそれなりに綺麗な部屋を買うことになった。

 住所さえあればどうとでもなるのに。


 人間にとっては誘惑だらけでも、自分達にとっては毒だらけだから見分けはつきやすい。

 食料は比較的毒が少ないから、こればかりは自分達がこの国で生き残れてよかったと都合よく捉えるのだった。


 それなりに身体能力が高いと選べる職はあるらしく、人間の体躯をそれなりに模しているからか差別を受けても人間で産まれたのなら誰もが食らう程度ですんだ。



「またこのチラシが飛んできた。

 ギフテッド、ねえ。

 少しでも誰かと劣れば障がい、優れればギフテッド。

 馬鹿と天才は紙一重じゃないのか。」


「ルファの奴らなら、俺達や人間への対立煽りだと解釈できるから兎も角…人間同士がこんなのをやるなんてな。」



 二◯十一年を思い出した。

 人間と同じ小学校を育ての親の薦めで通うことになった。

 この選択は俺達がしたことだ。

 厄介な種族を人間と変わらず育ててくれたから。


 だがいくら筋肉質でもヒトは群れで対抗してきやがる。



「ぐはっ!な、何をする!」


「マクツ、下手に刺激するな!」


 インターネットによる民俗学者とマスメディアの偏向報道で自分達の種族は


「攻撃性の高い侵略型戦闘民族」と中傷され、無抵抗で人間に虐められていた。



「二◯十一年も終わるってのに、お前らは進歩がないんだな。

 お前達は…俺達は新世代なんじゃないのか?」


 マクツはもう我慢の限界だった。

 同種族の親や友、それどころか知り合いすらいない。

 側にヤユがいることだけが救いだった。



「新世代やら時代がどうとか知るかよ。

 お前ら随分大人しいじゃねえか。

 攻撃してみろよ。」



 そう言われたら手は出せない。

 どうせこいつらは理由を得てもなくても


「なんとなくムカついたから。」



 と理不尽な動機で暴力を使うつもりだ。

 マクツは手が出せないのを無力だと考えるらしい。

 勿論人間からの攻撃じゃ大したダメージにはならない。

 だが痛くなくても、痛くても演技をせねばならない。



「死ねよ。

 クソ戦闘民族!」



 側にあった水溜りを掬い、人間に当てる。

 無言だ。

 ここは無言で反撃すればただやられるだけの生き物ではないと意思表示はできる。

 たとえそれが相手の怒りを煽ることになっても。



「下等種族め。」


 五人で攻められたら流石に口内を切る。

 マクツは道端に血を吐いて俺を心配していた。



「強がりじゃなく結構平気そうだな。」



「同年代だけあってやることはガキだ。

 しかも口ではああはいってるものの、俺達の頑丈さに根を上げて帰った。

 これじゃあ、奴らは好きなものを見つけても長続きはしない。」


 マクツは面構えが良くて、一言余計だからか喧嘩を買いやすい。

 勿論育ての親以外の人間から相当酷い目にあわされている。

 それは俺もそうだが。


「先が読めてるのならあいつらも大した人生は歩めないな。

 けど悔しい。

 何にもしない方が最善策なんてさ。」


 自分達が本当に戦闘民族だったのかよくわからない。

 ただ一つ俺とマクツが確信したのは



「自分達の時代は終わった」


 それだけの残酷な現実のみを痛感したのだった。



 それから育ての親が亡くなり、高校も学費が払えず去ることにした。

 あまり食欲がない状態が続いたからか俺達は黙々とバイトをして過ごす生活も慣れてきた。



「ヤユはこの生活をどう思ってる?」



 育ての親が遺した家を去る時、マクツが荷物を整理しながら俺にたずねてきた。



「俺達は人間ではないのにそう思い込まされて過ごしている設定を作って隠れて過ごすだけだ。

 もう高校やら大学なんて行かなくていいし。

 俺達の欲を満たせる物なんざ誰も作れやしない。

 せめて何か生き甲斐でも見つかればその時に考える。」


 ヤユは俺の肩を掴んだ。

 今までにない強い力で。



「もう…俺達を理解してくれる誰かが見つからない覚悟も持てないまま…過ごすしかないんだぞ!!」


 普段涙を見せないマクツが目を開けながら、大粒の雫を頬を伝っていくのを俺は見た。

 それになんだかこちらもつられた。



「強がってみたけどだめだったよ。

 本当はさ…人間が作った漫画みたいな展開で俺達も女の子と縁がないかマクツに話してみたかった。

 けど、俺達って顔は悪くないよな!?

 俺達を育てたあの方達はいつも可愛いと言ってたくれてたし…こんな筋肉質な俺達を…愛してくれたから嘘とは思えないのに…どうして俺達ばかりこんな目にあうんだ!」



 俺達しかいない家で静かに泣いて過ごすしかなかった。

 人間でもそんな経験があることは知ってる。

 育ての親達も元は孤児だ。

 だから助けてもらえた。

 もう、二人か一人で生きていくしかない。



「資金だ。

 俺達がどう過ごすにしても…資金がないと楽しみもない。

 それに…俺達は友なのか?兄弟なのか?

 ヤユ…お前にとってはただの生き残り同士でしかないのか?」



 そんなわけがない。

 暗い話題ばかり提供している子供時代のままで終わらせるかよ!


「それは違う。

 俺達は人間のルールに慣れすぎている。

 意思を保てるよう…これからもマクツを支えていく。

 今まで同年代の人間達が見せた薄っぺらい友情を見てきたろ?

 あんな下等種族と同じことするのならマクツとここまで過ごしていない!


 今は…その言葉だけ信じてくれ!」



 この瞬間だけはお互い人間じゃない種族で良かったと改めて実感できた。



 それから時は流れて二◯二三年。

 国外も国内も、色々と巡らざるを得なかった。

 ようやっと住処が見つかって、もう人間との共存を目指して死ぬだけだった。



「不健康の楽しみや、健康の喜びも俺達には特に関係がない。

 でも、この筋肉質な身体と防御力には何度も助けられてきた。

 ひ弱なルファに、負ける気はしない。」



「近頃あいつらが幅を利かせてるな。

 生態系としては…俺達が繁栄した方が人間にとっても過ごしやすかったのかもしれない。」



「今更奴らが気づいたところで俺達には関係ない。」


 そこで俺はルファの一部から誘いがあることをマクツにスマートフォンを見せて伝えた。



「汚い仕事でもやらさせるつもりかもな。

 だが、これだけ稼げればしばらく雇用問題は対岸の火事として娯楽になる。

 人間じゃないんだ。

 これくらいで性格をジャッジされる筋合いはない。」



「だけど法は適用される。

 いや、ヤユなら分かってるな。

 罠だとしてもあいつらには挨拶しておかないといけないか。」



 人間も人間だ。

 戦闘民族だった俺達は野蛮人扱いされ、ほんの少し知力と発言力があるルファ達を称賛した。

 あいつらは機械すら苦手なのに頼み方が上手い。

 コネクションを重視するこの国のエセビジネス信仰を利用されているのだ。


 こんな奴らの頼みを何故聞いたのか?

 それはルファに使役されている主婦との出会いがあったからだ。


 詳細はあまり言えない。

 シンプルに飲食店で働いていた時、俺達に優しく仕事を教えてくれていて会話をしてくれたその人が育ての親みたいで懐かしかったからだ。


 やつれたこの私生活でバイトが続いたのもあの方のおかげだ。


 その方が、言葉巧みにルファの副業に加担させられていた。

 犯罪関係ではないが、一人間に押し付ける量ではない仕事を押し付けられているとあの方が俺達に連絡をした。



「人間社会に疲れた少数種族がルファに利用される…ように見せるのか。」


「マクツ。

 何を言われても殴ったり蹴ったりするなよ?

 俺が昔した対処法を覚えているのなら。」



「大丈夫とまでは言わないでおくよ。

 だが信じてくれ!」



 拳を合わせて俺達はルファのアジトへ出向いた。



 -ルファのアジトにて



 まるで選挙ポスターのように気味が悪く白い肌がオイルでテカっているようにしか見えない醜い連中達の写真が貼られている。


 人間でもなければ動物でもない俺達も、場合によっては人間からそう思われていたのかもしれない。

 そこだけは同情する。



「おいおい。

 足の筋肉が良い割には遅いじゃないか。」


 言うと思った。

 十五分も余裕持たせてやってきたのに。

 ゾンビ見てえな白い肌してる塊の分際で。



「交渉にやってきた。

 もうこんな世界で生きている意味はない。

 だが残り少ない寿命は綺麗な経歴なままで過ごしたい。」



「お前達の力になれて暮らせるのなら、それ以上の喜びはない。

 人間としてではなく、戦闘民族として筋肉の使い方を教えてもらえるのなら。」



 余計な抵抗はしないと意思表示と共に牽制をする。

 ルファを甘く見てはいない。

 多額の報酬だけでなく、あの方の救出のためだ。

 嘘も詭弁もこの時のみ使わせてもらう。



「弱小種族のくせによくここまで生き延びたなあお前ら!

 人間年齢で二十一歳か。

 ま、お前らの実年齢なんざ犬や猫、そしてアイドルの鯖読みほどの話題にもならねえ!」



 知性的な種族の…こいつは末端かもしれないが正体なんてこんなものだ。



「それで、あの方…ここで働いている主婦のシフトを俺達が肩代わりする。」


「報酬は減りますが、御社の仕事から正社員を目指したいので…さらにその方以外は諦めが早いとのことでしたので自分達の筋肉なら比較的効率よく成果をあげられるかと。」


 ルファの一員は笑い転げた。

 まあこうなるな。

 予測可能だ。

 これくらい。


「お前らもすっかり去勢されたな!

 可哀想だから報酬は上げておく。

 人手が足らないのは人間だけの話じゃないしな。」


 利用できる者なら善良な人まで搾取する。

 こいつらはそうやってその場しのぎで強い人間にだけ媚を売って差別している。


 だが自分達も例外ではないといつもマクツと話している。

 そして…

 例えそれでも…それでも世を捨てるつもりはない!



「採用だ。

 だが人間の主婦とお前らは長く雇用はさせない。

 俺達は…高等種族だからな!」



 苦労…いや、苦悩や葛藤したことないんだな。

 与えられた役割に満足すらしてないくせに。


 それと何故か機嫌を損ねられたから俺達は近いうちにクビになる。

 あの方も巻き込んでしまったけれど、給料はほぼあの方に渡すつもりだった。


 採用されてすぐにあの方は俺達と出会って驚いていたが


「ここの仕事きついよって言おうと思ったけど、二人なら大丈夫そうね。」



「「勿論です!」」



 ルファの奴らにも見下されていることは許せないがこれくらいはお互い様だ。

 報酬も人間の仕事よりも多いしチャラにした。

 この不景気でこれだけの給料…ルファの奴らに人間も少しずつ支配されているのが哀れでしかないことを知ったから。

 でも、それより嬉しいことができた。

 あの主婦の方がこの仕事を辞めて、もっとやりたいことに時間を使うらしい。

 自分達が稼いだ給料で何かお礼がしたいと言ったら


「そんな簡単に若いうちに、お金のやりとりしちゃいけない。

 きつかったシフト、減らすために無理言ってこっちの頼みを聞いてもらったから。

 嫌なことが多いかもしれないけど、あなた達二人みたいな素敵な人は中々いない。

 そこは自信を持って大丈夫!」


 俺達は久しぶりに存在を認められた気がした。

 俺とマクツは肩を組んで労働から解放された帰路を歩く。


「なんだよ。

 気持ち悪い。

 いつもみたいに多めに喋れよ。」


「もういい歳だ。

 残った金で筋トレでもして、動画配信やってみない?」


「忘れたのか?俺達は弱小種族だぞ?

 顔バレもとっくにされている。

 ルファが上手いこと立ち回っているから話題にされているだけで認められてはいないんだぜ?」



「そのルファの奴らは俺達みたいにルックスとか磨いてないだろ?

 金で綺麗事言ってるだけなんだから、奴らの中で俺達に金を払いたいファンがいたら面白いかもな。」


「厄介ごとばかりになる。」


「何を今更。」


 そうだった。

 今更だったな。


 俺達はもう時代じゃないし、これからあの方以外に人間と協力的になることはないのかもしれない。


 だから忘れない。

 俺達がいつか離れることになっても…ずっと。



「今日くらい、裸で付き合おう。」


「そういえばこの辺の銭湯行ってなかったな。」


「銭湯民族って道に方向転換しよう。」


 ふん。

 前から思ってたけど面構えの割に、マクツは喧嘩するような性格じゃないな。

 だからいつも助けられている。


 いつか離れていても、共に苦難を過ごす時も。

 逞しく、生きていく。

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