エンパイア・ステイト・ビルディングに通う日々
秋坂ゆえ
9.11同時多発テロ後のニューヨーク、その実情
エンパイア・ステイト・ビルディングは、ニューヨーク・シティのマンハッタン、その縦長の島の中央、ミッドタウンに位置する、マンガッタンを代表するビルだ。
それくらい有名なビルは、もちろん様々なテナントが入っていて、その中に、俺の通う英語学校はあった。
ここでニューヨーク・シティ(以下「NYC」)についてきちんと説明をさせて欲しい。
まず明言しないといけないのは、誰もが「ニューヨーク」と聞いて連想する摩天楼やカルチャー、ウォール街、「映画で見たやつだ!」となるような風景は、マンハッタンにしかない。
NYCは、そもそも五つの区に分かれている。
マンハッタン、クイーンズ、ブルックリン、ブロンクス、そしてスタテン・アイランドで、マンハッタン以外の四つの区は、単なる下町だったり、住宅地だったりして、端的に言えば、少々田舎っぽい。
俺はクイーンズという区に住んでいた。マンハッタンの東にあるイースト・リバーをまたいだ所に位置する区で、俺はマンハッタンに比較的近い、日本人とギリシャ人が多い地域にアパートを決めた。治安は比較的良く、また日本人が多いということで、日本の食材を扱う店などもあった。
そのクイーンズの自宅からサブウェイに乗れば、十五分程度でマンハッタンに行くことができる。
俺がその地区の築92年(当時)の部屋を借りた理由は、入学を希望していた大学が近かったからだ。家賃は高かったが、すぐにルームシェアをする予定だった。なお、これは余談だが、「サブウェイ」と聞くと地下鉄を想像するかもしれないが、NYCの場合、地下を走るのはマンハッタンのみであり、他の地域では地上二階程度のレールを走っていた。
俺は、ニューヨークにいる間、英語学校を転々とした後、大学に入った。
その中のひとつが、エンパイア・ステイト・ビルディングの六階にあったのだ。
クイーンズの最寄り駅からサブウェイに乗り、ミッドタウンの駅で下車して階段をあがれば、あのビルはすぐそこにあった。
しかし、タイトルにある通り、俺がニューヨークに『移住』したのは、2001年9月11日、あの悪夢の同時多発テロから一年にも満たない時期で、多くのビルや店は、セキュリティが厳重になっていた。ましてマンハッタンを象徴するビルのひとつであるエンパイア・ステイト・ビルディングは、荷物のチェックのみならず、ボディチェックなどが毎朝要求された。
しかし、もともと人見知りをせず、渡米前に二年英語を勉強していた俺は、段々と警備の人々と顔馴染みとなり、世間話をするようにもなった。
「おはよう、今日も髪型かっこいいね」
「ありがとう、昨日自分で少し前髪を切ったんだよ」
「ワオ、自分で? 凄いね。じゃあバッグをここに置いて。スキャンするから」
「はいはい」
「しかし段々暑さも和らいでるね」
「そうだね、でも日本と違って湿気がないって聞いてたけど大嘘だ。暑いよ」
「はは、俺もいつか日本に行ってみたいね。じゃあボディチェックするから両手を挙げて」
これが、毎朝の日課だった。
そして俺はエレベーターで六階まで上り、複雑な作りのフロアを少し歩いて英語学校に入室し、毎日勉強していた。
今になって文字に起こしてみると、割とシュールというか、アメリカらしいやりとりだな、と思う。俺は相当アメリカナイズドされている自覚があるが、持病の悪化で帰国してみると、やはり浮いてしまったり、驚かせてしまうことがあった。例えば男女構わずハグをしようとしたり、全く知らない人や、逆に有名な人にでも、平気で声をかけて会話を弾ませることができるので、よく周囲にいわゆる『コミュ強』だと言われる。地元に戻ってパートナーと出会い、一緒になって東京に出てきたものの、この歳になってリアルの友人を作るのはなかなかに難しい。だから俺は、よく行く店には、大抵よく話せる店員さんがいる。
少々話が脱線したが、「NYCに纏わるエッセイを書きたい」と思ってトピックをノートに羅列したら、十五個書いた時点でページが埋まった。
初手にどれを持ってくるかは相当悩んだし、すでに書きかけているものもある。
古い話ではあるが、俺は自分が知りうる限り、愛するNYCについて書き残しておきたい。需要はないかもしれないが、少しでも多くの人に届けば幸いだ。
※これらエッセイは、「NYC essays」というコレクションに、時系列ガン無視でアップしていく予定なので、もしお気に召したら応援よろしくお願い申し上げます※
エンパイア・ステイト・ビルディングに通う日々 秋坂ゆえ @killjoywriter
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