おまけ ショート

ソウル・オリジン

「えー、なになに。『黒田と見紛みまごう光の技巧は長所と言える。しかし、この作品はそれだけであり、作者がいない模写である』ねぇ。ふーん、この先生よっぽどアンタのこと好きなのね」

「なんでそれ読んでそうなるんだよ」

「で、このアタシよりもオジサン先生が気になって、元気がないのね?」

「そう……だね、ごめん」


 夕方に吹く風が秋らしくなってきて、こうして二人で待ち合わせして話す時間も短くなってきた。暗くなったら彼女の親に心配させるから、送るようにしている。

 そんな二人きりの時間で、今日僕は何度ため息を吐いたか知れなくて、しびれを切らした彼女に原因を白状させられたわけだ。


 僕はアート系、彼女が服飾系で学部が分かれているけど、学校自体は同じだからいつでも会えるだろうと高校からの友だちは言う。けれどこの学校の生徒は、彼女であろうが、お互い制作に入るとこれがビックリするぐらい音信不通になる。

 僕らもそれは例外じゃない。

 僕の課題が終わったから、今日は久しぶりに会う。


「黒田って誰? すごい先輩か先生とか?」

「違うよ、近代洋画を日本に根付かせた画家」

「え? 何、そんな偉人に並べられたのにへこんでんの? ちょっと意味わからないんだけど」

「いや、うちのクラスならみんなこれくらい描ける」

「んなばかな」


 そう。僕が気にしているのはそこじゃない。小さい時から、これまでずっと描いてきた。下手だとは思っていない。憧れたあのだって、何度も描いたんだ。目をつぶったって鮮明に浮かぶ。

 けど、もう何年だ。何も結果を残せないまま。学内の賞すらないまま。挙句あげくに冠された評価が模倣だ。


 描きたい。

 でも、何を? 何のために?


「アンタは、その黒田って人になりたいの?」

「……最初はそうだった。けど、今は違うと思う」

「なるほどね。先生さ、あの絵にアンタを探したのよ」


 彼女のちょっとカッコつけたような口調。でも、意図がつかめずに首を傾げた。


「もうちょっとアニメとか、動く物語を観なさいよ。画集以外にも。察しが悪いわね」

「ええ」

「アンタはさ、上手い絵が描きたいの? 描きたい絵が描きたいの?」

「描きたい絵が描きたいのって?」

「おおっと……ニブ助。そうねぇ、じゃあ黒田になりたいの? アンタっていう絵描きになりたいの?」

「そんなの……」


 自分が描きたいからに決まってる。始まりは一枚の絵からだったとしても、描くことは僕にとってかけがえのないものなんだから。

 口には出さなかったけど、少しむっとした僕の反応に、彼女は満足そうだった。


「その顔なら大丈夫! アンタを信じるアタシを信じろ!」


 得意気に腕を組み、むんと胸を張る。僕には分からないけど、こういう仕草の時は、大抵アニメかマンガの受け売りだ。


「アンタが描きたいって思うなら大丈夫。だってアンタの手はアンタのだし。黒田って人じゃないでしょ? 好きに描くのが一番よ、評価気にしてますって顔してたし」

「してた?」

「あんだけ落ち込んでたから、描いたんでしょ? アタシは紙ナプキンに描いてくれたボールペンの花の方が好きよ」


 ホントに……。

 グサッと突き刺さる評価を気持ちのいい笑顔で告げる彼女だ。お陰で腹も立たず笑えてくる。


「惚れた? カラオケつき合ってくれてもいいよ?」

「もう惚れてる。……送るよ、描きたくなった。また別の機会に」

「残念。もうその時には今度のイベント衣装作ってるわね」

「そっか。なぁ、コスプレってなんでしてるの?」


 彼女が服飾の学科に進んだ最たる理由。コスプレの衣装を作るため。

 既存のキャラクターになりきる。ある意味、模倣だ。


「アタシの魂がそれを欲しているからね」

「た、たましい?」

「そう。最近はアタシを見に来てくれる人も増えたけど。アタシはさ、衣装でその人がどんな風にその作品を読み解いたか知るのが好きなの。革製なのか布なのか。黒でもツヤ、マット。ステッチ。可動部の幅……」


 爛々らんらんと彼女の瞳が輝く。スイッチが入ったみたいだ、暗くなる前に送る予定だったのに……僕も悪かったけど失敗したかもしれない。

 それからしばらく、今度作る衣装のキャラクターとアニメの話を楽しそうに話して、彼女の親から電話がかかってきたところで打ち止めになった。


「まぁ、趣味よね。パパとママには悪いけど、学校もコスプレも。衣装を着ることも、アンタが好きな絵を真似することも変わらない。ただ、そこにある気持ちはアタシたちだけのもの」


 すっかり暗くなった帰り道。饒舌じょうぜつになり昂った瞳の輝きがまっすぐで、いつも眩しく感じている


「その好きの積み重なりが、アタシたちをここに立たせてくれてるの。なら好きなことは思いきりやった方が楽しいじゃない?」

「そう、だね」

「あーあ。こんなに話すなら、ホントにカラオケ行けば良かった。楽しんでカロリー燃やせるのに」

「ハハ、ありがとう。ならやっぱり、次の休みつき合うよ」

「ホント?!」

「ホント」


 街灯の下で嬉しそうに彼女はくるりと回る。

 なんだか眩しくって、目を細めた。

 描きたいもの。まだハッキリとは見えない。

 僕の始まりに飾られた憧れの一枚は変わらないけれど、どうせなら、歯を見せて笑う一枚だってあって良いのかも知れない。


 そうぼんやりと、指で作った窓に彼女を入れる。

 ピースするその姿は、きっとカメラだと考えたんだなと、僕は笑った。





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オリジナリティ・オリジン つくも せんぺい @tukumo-senpei

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