第41話:エピローグ[非日常と日常]

「本当に来るとは思わなかったな」

「最後、また会いに来るっていったろ?」


 連理がニヤリ、と笑ってガラス越しにケテルの顔を見た。

 彼女は少し紫色がかった金属の手錠をしていた。おそらく、魔力抑制もできる手錠なのだろう。


 現在この場に居るのは、天音と秋花と連理の三人。

 明里と零夜については、相談の末伝言のみということになった。


 連理の言葉に、ため息を吐いてからケテルは答えた。


「おまえらと面会することになった、と聞いた時は随分驚いたものだ」

「だろうな。久しぶり」


 連理は挨拶をしながら、着席した。


「他のヤツらはどうしたんだ?」

「面会人数的に厳しくてな。でも、伝言は預かってるぜ」

「なんと言っていた」


 特に表情も変えず、ケテルはそう訊いた。


「零夜の方は『もう変なことはしないで、普通に暮らしてほしい』とよ。明里は『悪者じゃなくなったら遊ぼう』ってさ。二人共よろしく言ってたよ」

「零夜は男で、明里が女か?」


 一瞬考え込んでから、ケテルは質問を返した。


「あ、そうだな。零夜がグレーの髪の男子で、明里はピンク髪の女子だ」

「そうか――それで、何の用だ?」


 ケテルは足と腕を組み、ため息がちに言葉を吐いた。


「――もし、生きて外に出られたら、どうする?」


 出られることを確信しているというより、単なる仮説の話だろう。


「……そうだな、ダンジョン街で暮らすのが無難じゃないのか?」


 連理の言葉に、ケテルは端的に答えた。


「いいのか? そこで随分ひどい目にあったんだろう」

「今のわたしなら、何をされてもやり返――いや、正当防衛くらいならできる」


 ケテルは後ろの警官に一瞬目をやると、そう答えた。


「地上には行かないのか?」

「ああ。どうせ、魔術の使える体のまま地上に居たら面倒だろう」


 ケテルは肩をすくめた。


「……主君のことは?」

「いちいち余計なことを喋る口だな――もう戻る気はない。戻れないだろうしな」


 連理を睨み、ケテルはそう言った。


「戻れない?」


 連理が聞き返す。


「あの方は慎重だ。一度失敗して足がついたわたしに、連絡するようなことはしないだろう」

「……意外と冷たいんだね」


 秋花が真剣な顔で呟いた。


「確かにそういう見方もある。だが、どちらかと言えば、わたしが『生命の樹』の運命から逃すために、足を切っているのではないか。ただの希望的観測かもしれないが、わたしはそう思っている」


 どこか遠い目をしたまま、ケテルは答えた。


「じゃあよ、お前の昔の話とか聞いてもいいか?」

「それを話すには時間がないだろう。それに、後でどうせネットやらニュースやらとかいうヤツで、大々的に流れるだろう。今話す必要はない」


 どこか気分が悪そうにケテルは吐き捨てた。

 自分のことを他人にひけらかされるのは、確かにあまり気分の良いものではないだろう。


「そうか……」


 そう言うと、連理は身を引いた。


「話はそれだけか?」


 ケテルが不機嫌そうに訊いた。


「いや、最後に一つだけ。天音からあるんだ」


 すると、連理が天音の方を見るよう誘導した。


「そっちの小娘か」

「はい――その、私はずっと、あなたに謝りたかったのです」


 一瞬言葉に迷いながらも、天音はしっかりケテルの瞳を見て、言い放った。


「……なぜだ」


 ピクリと眉を動かし、ケテルは聞き返す。


「あなたは、みんなを殺そうとしていたわけですし、私があなたを止めようとしたのは、正しいことだと今でも思っています」

「ではなぜ」


 理解できない、といった表情をしながら、続けて聞き返した。


「あなたを、異世界人として――つまり、敵としてではなく、一人の人間として見た時」


 その言葉に、ケテルが眉をピクリと動かした。


「あなたのことを理解せず、ただ倒すべき相手として、理解できない化け物として見てしまったことを、謝りたいのです」

「……わたしは、おまえを騙したんだぞ。わたしはただの敵だろうが」


 自らに慈悲を与えてくる、理解しがたい人間の言葉を、せめてただ頭ごなしに否定することはないようにと、質問を繰り返す。


「ですが、あなたには、それをしてしまうだけの理由がありました」


 天音は真摯にケテルを見つめ、言葉を並べた。


「もう遅い話ですが、少しでもあなたのことを同じ『人』として見てみたかったのです。他の人が、あなたにそうしてくれなかったからこそ、私はそれをあなたに与えたい」

「……気持ち悪い偽善だな」


 言葉と声色に反して、表情は柔らかかった。


「だから、私はあなたを一人の人間として扱います。あなたという存在を突き放したこと、理解しようとしなかったこと。そしてあなたを傷つけたたくさんの人の分まで謝ります」

「……」


 ケテルは何も言わず、瞑目した。


「ごめんなさい」


 天音は、椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。


「天音、といったか」


 足と腕を組んだまま、ケテルは顔を上げた。


「はい」

「わたしのようにはなるなよ。幸せになれ」


 ケテルが立ち上がって退室しようとすると、警官に止められ『面会者ももう帰るという認識でいいのか?』と訊いた。

 遠回しに、双方に許可を取れという話だろう。


「ああもう、面倒だな。どうせおまえらも帰るんだろう? 時間も時間だ」


 ケテルはため息を吐き、そう答えた。

 気がつけば、もうすでに二十分近く経っていた。


「まあな――あっ、そうだ。俺はアオバっつー名前でネットで配信やってるから! シャバに出てきたら見てくれよな」


 連理が言うと、ケテルはただ頷くだけだった。


「シャバって……まるでそんな受刑者側みたいな言い方さぁ」


 秋花がどこか呆れ気味にそう言った。


「じゃあな!」


 連理は言葉とともに手を振り、ケテルも去り際、背中越しに軽く手を上げていた。


 ◇


「う〜ん。ようやく終わったぁ!」


 一仕事終えた、という様子で秋花は大きく背伸びをした。


「ほんと、色々ありがとうございました」

「はい、私からもお礼を言わせてください」

「いーのいーの。なんかケテルの考えも色々変わってたみたいだし、話聞いてて楽しかったから」


 秋花はどこか晴れ晴れとした表情で、そう言った。


「これから、二人共どうする? 私はもう帰っちゃうけど」

「実は、この後四人でダンジョン探索の予定が入っておりまして……」

「え、もしかしてその結構大きいバッグっで探索用具入れ?」


 連理と天音の抱えているバッグは、いつもより大きなものだった。


「そっすよ。まあ、面会直後にやるスケジュールにしたのはミスな気もしますけど……」


 連理は、苦笑いを浮かべながらそう言った。


「そりゃそうだろうねぇ」

「面会で起きたこともすぐに話せますし、たまたま今日に時間が取れましたので」


 天音も微笑んでそう言った。


「……まあでも、みんなまだまだ仲良さそうで嬉しいよ。最近みんなで配信してるのも知ってるし、やっぱりちゃんと青春してるんじゃん」


 どこか皮肉っぽい笑みを浮かべながら、秋花は笑った。


「配信よりプライベートで一緒に遊んだり、ダンジョン探索行ったりすることの方が直近では多いっすけどね」

「……いや、逆にもっと青春でしょそれ」


 秋花は、連理と天音を半目で睨みながら、そう言った。


「はっはっは! 確かにそうかもしれないっすね!」

「はーあ。楽しそうで羨ましい限りだよ」


 秋花は苦笑いを浮かべながら、そう呟いた。


「秋花先輩も混ざりますか?」


 秋花の顔を覗き込み、連理がからかうように言った。


「後輩に混ざるのキツいから、やめとくよ」

「そうですかぁ……残念!」


 けらけらと面白そうに笑いながら、連理が言った。


「ま、とりあえず楽しんできなよ! それじゃあね!」


 秋花はそう言うと、二人とは別の道を歩いていった。


「はい、また!」

「ういっす、またー!」


 ――

 ――――


「ぎゃーす! あっつーい!」

「なんかこの光景最初にも見たことあるなぁ」


 地面から火柱の出てくるギミックに引っかかった明里が悲鳴を上げるのを見ながら、連理は呟いた。


 石レンガが敷き詰められた人工的な空間の中、四人はトラップをかいくぐって奥に進んでいた。


「言ってないで助けてあげてください!」

「いや、ほんとだよ!」


 そう言って零夜と天音が飛び出した。


 零夜が軽やかな身のこなしで明里を抱え込み、スキルの効果ですぐさま戻ってきた。


「ふぅ、よかった……」

「ご、ごめんねー! ありがと!」


 明里はどこか楽しそうに笑いながら、感謝を述べた。


「まったく、いい年こいた高校生四人が休日に集まってダンジョン探索か……」

「いいじゃん、若者っぽくて」


 零夜の言葉に、連理がそう言った。


「そうかもしれないけどさぁ……」


 零夜はどこか不満げにそう返す。


「でも、こっちのが私達っぽいよ」

「嫌なら、今度カラオケでも行きますか?」


 くすくすと笑いながら、天音がそう提案した。


「いいね! いこいこ!」

「っ、てか後ろから魔物来てるって!」


 嬉しそうに同意する明里の裏から、魔物がやってきているのを見て、零夜が飛び出した。

 緑色の体躯と、長い耳をした小柄な魔物――ゴブリンだ。


 相手に対して、零夜はナイフを振りかぶる。


「まだ来てるぞ! 雑談してる場合じゃないみたいだ!」

「そうですね、そろそろ真面目に戦闘しましょうか」


 叫ぶ零夜に、天音が真剣な表情で同意した。


「あ、ごめん。ありがとー。じゃ、そろそろ本気でいこっか!」

「ま、結局こうやってわちゃわちゃしてるのが一番楽しいよなぁ!」


 明里はスキルを発動し、ショットガンを構える。

 連理も、炎の剣を起動し、より一層ワクワクした表情で敵地に突っ込んでいった。


 きっと、彼らはこの先もこうしているのだろう。

 それがいつまで続くのかは定かではないが、その楽しみが擦り切れてしまうその日まで、ずっと。


 〜あとがき〜


 終わった!

 終わった……?

 終わっちゃったよ!!!

 マジ!!!?!


 ということで、どうも、作者の空宮海苔です。

 ついに、本作『ダンジョン配信で始まる学園生活!』が完結しましたね。このことは、作者である私自身が一番ビックリしています。


 ここまでお付き合いいただいた読者の皆様、本当に、本当にありがとうございます!

 よければ、感想やレビューなんかもぜひ……ぜひ……(感想乞食


 10万文字強で終わらせるはずだった本作も、気がつけば16万文字を超えてしまいました。どうしてこうなった。

 というか、完結になかなか時間が掛かってしまいましたね……

 この作品を連載し始めてからは、私のリアルが相当激動の時期に入りまして、なかなか更新する時間を作れなかったのが主な原因なのですが……


 そんな中でも、私自身の物書きの矜持として、週一投稿だけは絶対に守りながら(たまにミスりながら)投稿を続け、やっとの思いで完結にこぎつけることができました。


 ……というか、終わる前は『早く終わらせてー』とか思ってるはずなのに、いざ終わってみたら寂しいものですね。


 色々と拙い部分もあったかと思いますが、なんだかんだ書いてて楽しい作品でした。

 以前の作品でできなかったけど、本作ではできた、という要素もそこそこありましたからね。特に、作中にいくつか謎を散りばめることができたのは、そこそこ大きかったと思います。

 キャラ……いやウチの子も、みんないつも通り超かわいくてかっこよくて魅力的だったので、書いてて楽しかったです。


 さて、そんなこんなでこれからも彼らの物語は続いていくのですが……それはまた別のお話。


 万が一この作品が伸びたりした場合は、続編を書くかもしれません。

 個人的には、書きたかったけど書けてない小話がたくさんありますので、スピンオフなどはちらちら投稿するかもしれませんね。それに加えて、同じ世界線の別作品も、そのうち作るかもしれません。


 少し長くなってしまいましたが、あとがきはこのあたりにしておきましょう。

 近況ノートの方では、さらに長い完結後の感想を垂れ流していたりします。

 (URLです→https://kakuyomu.jp/users/SoraNori/news/16818093078065433853 )

 テメェがどう考えてこの作品作ってたのか気になるぜ、という方はぜひお読みいただけると幸いです。


 また、そのうち反省も投稿する予定ですので、気になる方はそちらもぜひ。


 次作について少しお話すると、一度また公募用の作品を執筆する予定です。もしかしたら、Web上にもちらほら短編を投稿するかもしれませんが、しばらくは大きな活動が無いと思います。

 そのため、しばらくはお会いできないかと思います。


 とはいえ、逆に言えばしばらくしたら戻ってくるということですからね。その時は、またよろしくお願いいたします。

 はじめましての方は、ぜひ過去作も読んでいただけると、とても嬉しいです。以前から読んでくださっている方は、本当にありがとうございます。


 それでは、また今度。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョン配信で始まる学園生活!【完結!】 空宮海苔 @SoraNori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ