第40話:エピローグ2/3[これからのこと]

 あんな大事件があった後でも、あんな集会があった後でも、日常は平々凡々と続く。


「あー、なんであんなことの後でも学校行かなきゃいけねぇんだろうなぁ〜」

「……それ、初日からずっと言ってますよね?」


 すでに学校が始まってから一週間程度経っているはずだが、連理は毎日このような発言をしているらしい。


 合同文化祭事件があった日から三日後には、もう学校は始まっており、ほぼ休みがなかった。そのことに対して、連理は少し不満があるようだ。

 しかし、校舎が特にダメージを受けていない以上、あまり授業を遅らせるわけにもいかないため、学校は早々に再開していたのだ。


「だって、あんなに大活躍だったんだからもうちょっと休みたくねぇか?」

「気持ちは分からないでもないですが……ずっと休み、というのもそれはそれで学力の低下にも繋がりますよ?」

「うわ、めっちゃ正論だ……」

「ほら、言っているうちに学校つきますよ」


 天音が呆れ気味に前を指差した。

 そろそろ、代わり映えのしない校舎が見えてくるところだった。


 ◇


 授業が終わり、生徒たちの喧騒が校舎を飲み込み始める時間帯。連理は一人歩いていた。

 廊下を歩いた先に見えたのは、『ダンジョン探索部』と書かれた札のある部屋だ。


「こんちは〜」

「やる気のない挨拶どうも」


 部室に一つだけ設置された低性能のPCを弄りながら、秋花は挨拶した。


 連理はちらりとPCの画面を覗き込みながら、秋花に話しかけた。


「ここ最近はダンジョン探索にも規制が入って大変ですよねぇ」


 学校自体は今までと変わらず動いているが、ダンジョン探索部に関してはそうでもない。

 というのも、あの事件以降、学校の地下ダンジョンの出入りが一時的に禁止されているからだ。そう遠くないうちに開放されるだろうとの見込みだが、しばらく活動できないことには違いない。


「そうねー。ここ一週間くらいは、活動らしい活動もできてないし……」

「今度、活動計画会議みたいなのもあるって聞きましたしね」


 教員やダンジョン探索部、さらには運動部も参加して、今後の活動計画について相談していくことになっている。運動部に関しては、ダンジョン閉鎖に伴いグラウンドも一時的に閉鎖されているため、参加している。

 それらダンジョンやグラウンドの開放日時などについては、その会議の時に共有されることとなっている。


「そそ。だから私の方でも色々調べてるんだよね」

「へぇ、何を調べてるんすか?」

「主には、ウチの評判とか、ウチのダンジョンの扱いについての世論かな。これからは、体外的な活動については慎重にならなくちゃいけないと思ってね」

「あー、確かに俺の配信とかも、これからダンジョン探索部名義でやるのはキツそうですね」

「そうそう。キミの配信がネットに流れたりもしたし……ほんと、情報も評判も、かなり錯綜さくそうしてて困るわ」


 秋花は心底面倒くさそうに頭を抱えていた。

 当然とも言えるが、ここのところ青幻学園は世間の注目の的なのだ。


「それも面倒でしたねぇ」

「ね。主要なのは先生方が消してくれたから、これ以上の流出は防げてるけど……情報の塊なあの配信がネットに流れすぎると、余計混乱を招くだろうし」


 実は連理の配信の一部は、インターネット上に流出していた。


 とはいえ、青幻高校の生徒の誰かが流したのは間違いないため、犯人の特定は早期にすることができたのだが。

 情報を流した彼らについては、教師陣から厳重な注意を受けたようだった。


「ですねぇ。ぶっちゃけ、もっと早くに配信止めた方がよかったかな〜とも思ってますが」

「うーん、そこはしゃーなしでしょ。実際、配信やってなかったら天音ちゃんも助けられなかったし。それで天音ちゃんが助けられなかったら、みんなお釈迦しゃかになってたし」


 秋花は、はははと乾いた笑いを漏らした。


「あんま笑えませんね」


 連理も同じように苦笑いを浮かべた。


 確かに、彼女の持つアーティファクトがなければケテルを止めることはできなかった。

 天音を助けずに装置の停止ができたとしても、その後ケテルと戦うことはほぼ間違いないだろう。そして、その場合天音を抜いた、連理、零夜、明里、秋花の四人でケテルと戦うことになる。

 それが非常に厳しい戦いになることは、皆まで言わずとも分かることだろう。


 そういう意味では、あの配信がなければ連理たちは負けていただろう。


「とりあえず、さっさと活動できるようにしてほしいね〜」

「最近は部員を見る機会も減ってますしねぇ。なるべく来てほしいもんです」


 部活としてダンジョン探索をするのには、教師陣の許可も要る。そのため、活発に活動していた頃は常に部員が一人は部室に居て、そこで招集を掛けて探索に向かうということも多かった。

 それに、部室には各ダンジョンの攻略情報まとめがあったり、メンバー同士での戦略を練った紙もある。

 非戦闘用とはいえ、学校から借りている魔道具も存在するため、部室にはなにかと人が居ることが多かったのだが……


 ここのところ、部室には連理、天音、秋花以外の人影はほとんど見えない状態だ。


「こんにちは」


 そんなことを話していると、天音が扉を開けて入室してきた。


「おっ、天音ちゃんお疲れ〜」


 そんな彼女に対し、秋花は椅子にもたれかかりながら挨拶をした。


「というか……天音ちゃん来たなら、ケテルとの面会の話もしますかぁ」

「お、調べてくれたんすか?」


 パソコンから目を離し、秋花は話を切り出した。

 最後に連理が言った『また会いに行く』という言葉は、本人は本気で言っていたらしく、あの後全員と相談していたのだ。特に、秋花は面会などの詳細について調べてくれることとなっていた。

 

 ケテル本人については、あの事件の後逮捕される運びとなった。それからは、一度の勾留期間延長も経て、彼女は未だに留置所の中だ。

 判決については、勾留中であるためまだ決まっていない。


「モチのロンよ。ぶっちゃけ、本当にやるとは思ってなかったんだけど……」

「それで、できそうでしょうか?」


 天音がちらりとパソコン画面に視線を向けながら、訊いた。


「年齢制限とかは特に問題ないんだけど、タイムリミットが厳しい。最終的には六日以内だけど、なるべく早くしないと、もしかしたら行けないかも」

「そんな差し迫ってるんですか?」


 連理が頭をひねった。


「私も人伝ひとづてだからあんまり分かんないだけど。勾留中の今が一番面会しやすいんだってさ。もっと後に面会することもできるけど、早くやった方がいいと思うってさ」


 秋花は難しそうな顔で額に手をやった。


「もし彼女の判決が――その、死刑だった場合、面会も厳しくなるでしょうしね。その点から見ても、早めが良いのではないでしょうか?」

「うん、そうだね。一応死刑を免れる可能性は全然あるって聞いたんだけど……どうなるかねぇ」


 本人は『いいとこ終身刑か流刑だろう』と言っていた。実際にはそのどちらの刑罰も日本にはないのだが、少なくとも重い刑罰になることは間違いない。

 ただ、異世界人という存在の前例のなさや、彼女の境遇が加味されれば、死刑という最悪の判決を免れることはできるかもしれない。彼女の境遇が実際にどのようなものなのかは、誰も知らないが、その詳細が出てきた時、判決がどうなるかはまた別の話だ。


「そういや、さっきも人伝ひとづてって言っていましたけど、アドバイザーが居たんですか?」

「法律に詳しい先生にちょっと訊いてね。弁護士の知り合いも居るみたいで、色々知れたの」

「なるほど、そりゃありがたいですね」

「相変わらず人脈が広いですね……」


 秋花の言葉に、天音が感嘆の声を漏らした。

 ダンジョン管理局から、兵器の操作方法について書かれた紙をパク――盗んできたこともそうだ。あのような重要度の高い書類やその情報は、相当地位の高い人間からのツテがなければ得られないものだろうから。


 他にも、管理局の人間から様々な情報を得ていたようだし、彼女の人脈の広さは相当のものだろう。


「そりゃもうよ」


 どこか自慢気に秋花は言った。


「さすがっすー」


 連理はパチパチ、とやる気のない拍手を秋花に送った。


「あ、あと行く人数は三人が限度だって。時間も20分ぐらいまでだってさ」

「意外と短いですね……人数も結構厳しいです」


 天音が少し表情を険しくした。


「零夜くんと明里ちゃんも連れてきたいなら、二組にしないとダメかもね」

「うーん……そこは二人とも相談してみますわ」

「決まったら言ってね。先生に軽く頼んでみるから。さて、どうすっかな……」


 そう言うと、秋花はパソコンに向き直った。


「その……無理だけはしないでくださいね? ただでさえ色々抱えているんですから……」

「それは天音ちゃんもだけどね……ま、でも私は大丈夫よ。私だって、面会はしてみたいしね」


 視線はパソコンに向けたまま、秋花は明るい声色でそう言った。


「そう、ですか。ならいいんですが」


 秋花の言葉に、天音は伏し目がちに答えた。


「まあ秋花先輩がこう言ってんだからいいだろ。とりあえず、任せてみようぜ」

「連理さんまでそう言うなら、わかりました」


 連理の言葉に、天音はそう頷いた。

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