第39話:エピローグ1/3[食事会]

『――世間では、既に合同文化祭事件という名称と、その内容がある程度浸透していますね』


 連理は道すがら、ビルの大型ディスプレイに映し出された、テレビ映像を横目で見ていた。


『今回は、合同文化祭事件が起こした被害と、それに対応した生徒の動き。そして、噂の異世界人について、専門家の方と一緒に掘り下げていこうと思います』

『よろしくお願いします』


 あの事件から一週間、事後処理にドタバタしていたのも束の間で、一週間も経てばある程度は落ち着いてきた。もちろんまだ問い合わせやメディアなどの各組織からの訪問がないと言えば嘘になるが、事件終了直後ほどの忙しなさは、既に鳴りを潜めている。


 事件のあの後、ケテルが破壊した入口は、外部からの瓦礫がれき撤去作業によって開通した。

 そして、そこから消防隊や救急隊、警察隊が内部に侵入し、連理たちを含めた生徒全員が救助される運びとなった。


 また、ケテルについても、ダンジョン内犯罪者という扱いで警察隊によって連れ去られることになった。


 やってきた部隊のほとんどの所持している武装や防具が特徴的だったのを見るに、ダンジョン街における災害救助も行っている部隊のものだろう。


 生徒全員が脱出した後は、当然文化祭は中止となった。楽しいお祭りは前代未聞の事件となり、ニュースにも何度も取り上げられた。


 その後は連理たち全員が家に帰され、連絡があるまでは自宅待機ということになった。


 また、その間に学校では様々な処理があったものと思われる。

 連理たちも、後日教師や警察からの事情聴取に奔走した。


 道中での行動や、意図を聞かれ、配信をしたことについても聞かれたようだった。責め立てるような口調がなかったわけではないが、向こう側の反応としては、おおむね好意的だった。

 いわば、全校生徒の命を救ったのだから、好意的なのは当然のことだろう。


 秋花は、連日の聴取に腹を立てながらも『ちょっと優越感があって気分がいいね』と語っていた。


 ただし、青幻学園サイドは単なる聴取だけでは済まされなかった。

 特に、ケテルが起動しようとしていた大量殺人兵器に関しては、行政による調査が入ることとなった。そのため、青幻学園地下ダンジョンは、現在も一般人、生徒の立ち入りが禁止されている。

 他にも、ダンジョン内に問題のあるアーティファクトがないか捜索されている。


 学校関係者――つまり、ダンジョン管理局員や、青幻学校の教員も数名が逮捕される運びとなり、残った教職員たちは大騒ぎしていた。

 生徒にはあまり関係のないことだが、今回起きた事件の負債ふさい全てを解決するには、少し時間が掛かりそうだ。


 また、天音と明里の持っていたあの口紅のアーティファクトも、軽い注意とともに没収された。とはいえ、それ以上の言及はなく、天音が心配していたような事態には発展せずに済んだのだが。


 今回の合同文化祭は、ある一面から見れば大失敗に終わってしまった。だが、ある一面から見れば成功ともすることができる。

 なぜなら、本件における青幻学園、鳥里学園の生徒たちの動きは非常に迅速、かつ合理的なもので、多くの人々からその点が高く評価されているからだ。

 さらに、もともと今回の合同文化祭の目的のうちの一つに、お互いの不仲説の解消というものがあった。そして、今回ともに危機を乗り越える両学園の生徒が、インターネットやニュースを通じて映し出された。それによって、双方の学園は仲がいいのだろう、という印象を多くの人々に与えることができたのだ。


 とはいえ、もともと双方の学園は深く関わりがあったわけではない。今回、このように両学園の間に深い絆が生まれたのは、こうして危機を乗り越えたから、という部分が大きいだろう。

 これを吊り橋効果と呼ぶべきなのかは定かではないが、苦境を乗り越えたもの同士というのは、やはり仲が深まるものなのかもしれない。


 そして、より仲が深まったのは、あの四人も同じことだった。


「あっ、連理さん、ようやく来たんですね」

「おひさ〜。これで全員揃ったかな?」

「そうだな……そろそろ行くか」


 零夜は、腕時計をちらりと見てからそう提案した。


「おう、了解」


 連理もニコッと笑ってそれに了承する。


 この四人は、合同文化祭事件のゴタゴタが終わった後、全員でご飯でも食べにいこうという約束をしていたのだ。

 それだけなら、そこまで大きなことではないのだが……


 大事なのは、それが天音のおごりだということである。


 ◇


「……やっぱり多くないですか?」

「え、ほら、だって天音ちゃんが奢ってくれるって言うし……」

「財布的に少し厳しいのもありますし――それ以前に、全部お腹に入るんですか?」


 あれもこれもそれも、と頼んだ結果、明らかにメインディッシュになりそうな三品が置かれたテーブルを見て、天音は口を挟んだ。


「ご、ごめん……確かにそうだね。追加注文はしないでおくね」

「このに及んでまだ食う気だったんですか。というかよくその食いっぷりでその体型を維持できてますね」


 信じられないものを見るような目で天音が明里を見た。

 そういえば、明里の体型はよく見ればかなりスラッとしていた。ダンジョン探索中のあの軽やかな身のこなしも、その身軽さに由来しているのだろうか。


「俺も一応自重してるんだぞ」


 そう言う連理が注文したのは、カレーピラフ一つにコールスローサラダ一つ、という至って普通のラインナップだ。むしろこれで足りるのかと心配になるくらいである。


「連理くん……はまあそのくらいでいいや。零夜くんはもっと食べな!」

「いや……もともと俺はこのくらいだしな。それに、人の金となると気が引ける」


 少し申し訳無さげに言う彼のメニューは、みんなで食べる用にと注文した唐揚げ一つと、トマトサラダ一つだけだった。


「いえ、食べたかったらむしろたくさん食べてください。その方が、私としてもお詫びができてありがたいです」


 実は、この食事会も天音が提案したことだった。

 自身の勝手な行動を反省して、そのお詫びとして奢らせて欲しい、とのことだった。


 他の三人も、単純に奢りが嬉しいというだけでなく、全員で食事ができる事自体を喜んで参加していた。


「そうか……じゃあ、白ご飯一つ注文する」

「もちろん、いいですよ」


 天音は笑顔で応対する。


 それを見て零夜が呼び出しベルを押した。


「なんか私と扱い違う」


 そんな天音の隣で言葉にしがたい表情をしている明里をよそに、連理が口を開いた。


「まあ色々あったけど。みんなほんとお疲れ様。俺の配信やらなんやらにも協力してくれたしな」

「いえ、連理さんの配信がなかったら――その、私を助けてくれたことや、ケテルの阻止も難しかったでしょうしね。こちらこそ、ありがとうございます」


 少し言いにくそうにしながらも、天音は連理に対してそう言った


「どういたしまして――つっても、あれは大したことじゃないと思うけどな。提案は明里だったし、俺はできることをやっただけだ」

「そう! 私は立役者だから私も褒めてよね!」

「明里さんも、ありがとうございます」


 ビシッと宙を指差して宣言した明里に、天音は柔らかな声色で感謝を述べた。


「……なんか、面と向かって言われると恥ずかしいかも」


 対して、明里は恥ずかしそうに顔を逸らした。


「はっは、自分で言っといてかよ」


 連理が面白そうにけらけらと笑うと、明里は連理を睨んだ。

 そんなことを話しているうちに店員さんがやってきて、零夜は追加注文を行っていた。


「その……私はですね、ああやって勝手に思い込んで行動してしまう節があります。あのときも、私自身背負っていたものが多すぎたんだと思います」


 それから、独白気味に喋る天音に、他三人は傾聴けいちょうした。


 あの時なぜあんな行動をとったのか、また今はどのように考えているのか。そういうことは、既に四人で軽く話し合っていた。

 なんとなく全員が予想していたことだが――とにかく色んなことで頭がいっぱいいっぱいになって、一人で全てをどうにかしようとするという行動に出てしまったのだ。

 自身の予測や、行動が全て裏目に出たことで焦ったこと。それに、その全ての責任が自分にあるように感じたこと。自分の行動や、計画によって全員に迷惑をかけてしまったこと。例を上げればキリがないが、それのせいで天音は正常な判断ができなかった。


 考えてみれば、一人で動く方が、よりみんなに迷惑をかけることになるのだが……焦っているときというのは、往々おうおうにして視野が狭くなるものだ。


「たくさんご迷惑をおかけしましたが、それでも助けに来てくれたこと、本当に感謝しています。ありがとうございます」


 天音は、言葉と共に頭を下げた。


「いんや、もう気にしてないから大丈夫だ。もとより、合同文化祭関連のスケジュール管理とか丸投げしてたしな。あんま文句も言えん」


 連理は苦笑いを浮かべた。


「ねー。でも、これからはちゃんと相談してね? これで二回目だからね!」


 冗談だと分かるように軽く笑みを浮かべながら、明里は天音にそう言った。


「はい、すいません」


 対して、天音は生真面目にぺこりと頭を下げた。


「あーもう! ほんと、すぐ真面目になるんだから」

「これくらいの誠意は見せたいんです」


 困ったような顔で言う明里に、天音は真剣な声色でそう伝えた。


「そこまで言うならいいけどさぁ……」


 どこか不満げに、けれど納得した様子で明里は呟くように言った。


「なんだかんだあったが、最後天音さんが持ってたあのアーティファクトのおかげで最後どうにか勝てたわけだしな」


 それから、零夜もフォローを入れるようにしてそう発言した。


「そう、ですか。ありがとうございます」

「というか、零夜くんはそろそろさん付けはずさない? そろそろよそよそしいと思うんだけけど」


 自信なさげに感謝を述べる天音をよそに、明里がそう言った。


「そ、そうか? でも距離感が――」

「よし分かった! じゃあ今からやめよう! まずは私で練習! りぴーとあふたみー、明里!」


 言い淀む零夜の上から被せ、明里が立ち上がりながらそう叫んだ。


「え、いや練習って意味わから――」

「四の五の言わないの! ほら!」


 未だ困惑する零夜に、明里は無理やり話を進めた。


「……あ、明里」


 零夜もその熱気に負けたのか、少し恥ずかしそうにしながら名前を呼んだ。


「よし、これでオッケー。これで今度から天音ちゃんにも呼び捨てね」


 熱量に押されてそう答えた零夜の言葉を聞いて、明里は満足気に着席した。

 まったく天音の同意なしに話が進んだが、話に割り入ってこないのを見るに、特に異論はないようだ。


「勢いがすごいな」

「こういうのはゴリ押しちゃうのが早いのかなーと思って」


 引き気味の連理の言葉に、明里はそう答えた。


「明里はそういうとこあるよなぁ……」

「うーん、ぶっちゃけ細かいこと考えるのは好きじゃないし。それに、実は最後の一押しが欲しいだけだった、っていう人もたくさん居るし」


 明里自身、ただ考えなしに行動しているわけではなく、自身の中でしっかりとした理論があった上での行動のようだ。


「確かに、それは言えてるかもしれませんね」


 明里の言葉に、天音がくすりと笑って同意した。


「まま、これにて一件落着ということで! 乾杯でもしようぜ!」


 連理がそう言うと、全員が各々ドリンクバーで汲んできたジュースのグラスを掲げた。


「「「「乾杯!」」」」


 涼しい風が吹く秋の街の一角で、カンと楽しげな乾杯の音が聞こえた。


 ~あとがき~


 これで終わりに見えるじゃろう?

 残念だったな、もうちょっとだけ続くんじゃ。


 次は天音、連理、秋花の日常パートを挟み、ケテルのことについて言及していきます。

 ついに来週、二話投稿により完結です。ここまで読んでくださった方は、本当にありがとうございます。


 ……更新時間には触れないでください。もう癖になってんだ、夜更かしすんの。

 ほんと、更新時間ガタガタで読者の皆様には申し訳ない限りです……


 さて、それでは再々の発言となりますが、よければ、この物語の最後までお付き合いください。

 それではまた来週!

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