憂き我を

 私には好都合な事でした。


 私はその後、肺を患いましたので、東京を離れた田舎にある母方の実家の持っていた余りの小さな屋敷に移り、昔から見知った我が家の手伝いを数人置いた他誰も居ないような、そんな所で暮らすこととなりました。


 独りで居たいという願いを、それを明かさず、叶える事が出来ました。


 けれども、私に好都合であっただけで、結局は、私は大切な人を傷付けたのだろうという確信はありました。ずっとお側でお支えしますと散々申し上げておきながら、私はそれを果たせなかったのです。彼は、もう、そんな事は懲り懲りだった筈です。だから、皆いなくなる、としきりに仰ったのです。私もまた、その一人となってしまったのでしょう。肺病のお陰で、彼に、もしや自分のせいでと思わせる事は幾らか避けられたでしょうが(無論その以前に眩暈などで疑わしく思われた事はあるかも知れませんが)、離れた事は事実で、それは恐らく彼に何らかの形で影響を及ぼしたでしょうし、また、私の本心は、肺病を好都合と捉えておりましたから、自責の念はあるのです。



 また、私だけが、苦労無く、甘い蜜を吸う事になっていると思いました。


 私は、彼を愛している事に変わりはありませんでした。独り療養する中、彼を忘れた事は一度たりともありませんでした。言い訳の様ではありますが、それは、紛れもない、本当の心でした。私は心がわからず、それ故にこの様な有り様へとなってしまったのですが、それでも確信できる唯一の想いでした。


 閑古鳥の句を寄越した彼の意図は、私の思うもので本当に正しかったのか、何度も、何度も確かめながら、あとは身体が衰えてゆくのを待つだけでした。



 全ては、馬鹿な娘の思い込みと、言い訳に過ぎないのかも知れません。私には、最早何の判断もつきません。ひっそりと此処に私の見たまま、しかし幻覚であったかもしれないそれを書き記しておき、いずれ私が死んだ後にでもこれを見つけた方が居たとしたら、私の罪が何であったのか、その方の判断に委ねようと私は思うので御座います。

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憂き我は鶯知らず 麻比奈こごめ @Spiraea

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