ウィピング・ボーイと、ダメなところを細かく指摘してくれるツンデレラ
かぐろば衽
あんたのそこがきらい
※この物語は喜劇であり、登場する鞭は柔らかい紙製です。
※演者は安全管理を徹底しております。よい子は絶対に真似しないでください。
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昔むかし、ある小さな王国に、ウィピング・ボーイ(Whipping boy)と呼ばれる少年と、ツンデレのお姫さま──ツンデレラ(Tsunderella)が暮らしていました。
少年のこの聞き慣れぬ職業は、王子などの身代わり(scapegoat)となり、本人は悪いことをしていないのに鞭を打たれるという、気の毒な責務を負っています。
高貴な子供には手を上げることはできませんが、無実の子供が自分の代わりに体罰を受ける光景を見せつけることで、強く反省を促したのです。
貧しいけれど心優しくとても忍耐力のある少年は、病気がちの母を助けるために、この損な役目を自ら買って出ました。
一方ツンデレラは、とても美しいのですがたいへん口が悪く、毎日のように少年の悪いところをあげつらって攻撃してきます。
少年は毎日のしごきに耐えながら、いつか見返してやるぞと思っていました。
ある日のこと。
ツンデレラはいつものように少年に対して嫌味っぽく当たります。
「ちょっとあんた、待ちなさい」
「はい、なんでしょうか、お姫さま」
「靴紐ほどけてるわよ。ほんとだらしなくてみすぼらしい男ね」
「これはお見苦しいところをお見せしました。たいへん申し訳ございません」
少年はひざまずいて自らの靴紐を結び直すと、姫にお礼を言いました。
「危うく転んでしまうところでした。ご指摘ありがとうございます」
「ふんっ、次から気をつけなさいよ」
ツンデレラは鼻を鳴らして去っていきました。
次の日。
少年は、ツンデレラの兄である王子と共に、大臣から授業を受けていました。
国を治めるのにとても大切な、この王国の歴史についてです。
少年は熱心に黒板の文字をノートにとり、王子は大臣の落書きをしていました。
大臣の横には鞭を持った教育係が立っており、ふたりを監視しています。
光る後頭部の出来栄えに満足して思わず笑ってしまった王子は、教育係にとうとう見つかってしまいました。
「王子! 何をされているのです!」
「やばい、見つかった!」
「やや、これは……ブフォ! ヒーヒッヒッ!」
王子はいたずらの天才であり、芸術の才能を併せもっていたのです。
つられて笑ってしまった教育係は、大臣をカンカンに怒らせました。
「貴様、その鞭を貸せ! わしが自ら制裁をくれてやる!」
「ああっ! わたくしのナインテイルが!」
「はわわ、どうして言わないんだ、ばか者!」
「ごめんなさい王子さま。ノートをとるのに夢中で」
「まずはお前だ! 尻を向けろ!」
「おやめください大臣、待って、待って、アイエエエエエー!!」
少年と王子の目の前で、教育係は大きな悲鳴をあげました。
「次は王子……の代わりに、お前だ。さあ、尻をこちらに向けろ!」
「はい……」
少年はうなだれてお尻を大臣に向け、王子は顔を背けました。
つらいですが、これが彼の使命。病気の母を思い浮かべ、覚悟を決めます。
大臣は大きく腕を掲げ、勢いよく何度も鞭を振り下ろしました。
「ああっ! 痛い! 痛い! 痛いー!!」
子供に対する虐待です。とても見てはいられません。
最初の悲鳴を聞いて駆けつけたツンデレラは、この光景を目撃してしまいました。
「弱虫! 男なら痛いだのなんだの泣きごとを言うんじゃないわよ!」
「……はい、お姫さま。お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません」
ひどいお姫さまです。それでも少年はじっと耐え忍びました。
さらに次の日。
少年は、王子と姫のお供をして、教育係と一緒に花園へ出掛けました。
今日はピクニックを兼ねて、ツンデレラのために花かんむりを作りに来たのです。
王子は天才なのであっという間に見事な逸品を完成させ、妹を喜ばせました。
しかし少年は手先が不器用で、せっかくツンデレラが摘んだシロツメクサを何本もだめにしてしまいました。
「ああ、ほんとヘタクソね! いらいらするわ! ここはこうして、こうやるのよ。どう、わかった?」
「たいへんよくわかりました。ありがとうございます、お姫さま」
するとどうでしょう。あれほど上手くいかなかった花かんむり作りが、姫の助言ですばらしい出来栄えになったではありませんか。
「これでどうでしょうか、お姫さま。気に入っていただけるとよいのですが」
「ふんっ、あんたにしては、なかなか良い出来じゃないの」
「ありがとうございます」
「でもこの辺りにピンクの花を添えると、女の子はもっと喜ぶわよ。まだまだね」
「ははあ、なるほど、それは気づきませんでた。次からはそうさせていただきます」
どうやらツンデレラはそれなりに気に入ってくれたようです。
頃合いを見計らって、教育係は提案をしました。
「さて、ノドが乾きましたな。ここらで一休みするといたしましょう」
「今日はお前のためにコーラを持ってきたぞ」
「おお、王子。あなたはなんとお優しいのでしょう」
「揺らさないようにしてきたんだ。泡立ってしまうからな」
「すばらしい、将来はきっと立派な王さまになるでしょう。では、頂きます」
教育係がコーラを開けた瞬間、まるで天まで届く勢いで泡が吹き出ました。
「ブフォオオオオオ!!」
「あはははっ! やーい、引っかかった引っかかったー!」
なんとキャップの裏にメン〇スが仕込まれており、開けると落ちる仕組みになっていたのです。
こんな事を思いつくなんて、やはり王子はいたずらの天才と言うほかありません。
「王子! ではなくお前、そこに直りなさい! わたくしに尻を向けるのです」
「はい……」
少年は家で待つ母を想い、固く目をつむって覚悟を決めました。
大臣の一件を根に持っていた教育係は、いつもより少し力を籠めました。
「くうっ! うっ! 痛い! 痛いンキモチイイ!!」
王子はまたこの光景を直視できず、目を背けてしまいました。
よろよろと立ち上がる少年に対して、赤い目をしたツンデレラは言いました。
「ふんっ、ちょっとは耐えたわね……グスッ」
「はぁっ、はぁっ、ありがとうございます。次はもっと耐えてみせます」
さらにまた次の日。
ツンデレラがとつぜんジャムを作ると言い出して、少年は野苺を獲りに森へ出掛けました。もちろん王子と教育係も一緒です。
森に着くと、少年は彼女のために頑張って果実を探しました。
やがて籠がいっぱいになり、これできっと姫さまは満足してくれるだろうと思って戻ってくると、ツンデレラは
「何よこれ、多ければいいってものじゃないの。ちゃんと
また怒られてしまいました。
一方の王子は、サボっていたにもかかわらず、真っ赤なものをちょっとだけ摘んできました。
「そうそう、こういうモノよ。さあ、もっと集めてきなさい」
「はい、お姫さま」
少年は泥だらけになりながらも、真っ赤な野苺をたくさん集めました。
夕暮れが近づき、籠がこんもりと積み上がったところで、教育係は言いました。
「そろそろ十分でしょう。さあ、ひと休みいたしましょう」
すると王子はブルーシートを広げ、みんなに座るよう促します。
「おお、これは王子さま、たいへん気が利きますな。それではよっこらしょっと」
べちゃ!
「ななな、なんですかこれは! わたくしのズボンが苺まみれに! 王子ー!」
なんと王子はあらかじめ苺の上に小さなシートを載せて、教育係が座る直前にサッと引き抜いたのでした。
やはり王子はいたずらの天才であり、申し子です。
結局、またいつものように、少年が代わりとなって鞭が振るわれました。
王子はうなだれて、ツンデレラは顔を手で覆います。
「さあ、覚悟なさい」
「くっ、うっ、痛いンキモチイイ!! 痛いンキモチイイ!!」
少年の務めが終わると、ツンデレラは言いました。
「……よく耐えたわね。うう……」
彼女は帰るあいだ、いっさい少年のほうを見てくれませんでした。
それからしばらくして、ツンデレラは少年のもとに大きな箱を持って現れました。
顔を背けながら、それをぐいと押しつけてきます。
「んっ」
「どうされたんですか? これはなんでしょう」
「んっ! いいから早く受け取りなさいよ!」
「ありがとうございます、お姫さま」
「家でゆっくり開けなさい。なるべく動かさずに持って帰るのよ。壊したら許さないんだから」
「わかりました、気をつけます」
少年はわけがわかりませんでしたが、慎重に慎重にそれを持って帰りました。
家に着いて箱を開けると、そこにはなんとケーキがあるではありませんか。
すこしいびつではありますが、あの野苺で作ったジャムが満遍なく塗りつけられており、とても美味しそうで、甘酸っぱくて良い香りがしました。
上部には「βαкα」という文字が見えます。古代ノルド語の焼く(baka)という意味で書きたかったのでしょうか?
自分のために焼いてくれたのだと解釈した少年は、ツンデレラの気遣いに感謝し、それを十四等分にすると、母と共に一週間かけて大事に大事に食べました。
こうして健気な少年は、来る日も来る日もツンデレラに叱られて、そのたびに己の悪いところを直し、いたずらな王子の代わりに鞭を打たれ続けました。
そしてあるとき、姫と王子は教育係を従えて、真面目な面持ちで少年の前にやってきました。
王子はまるで心を入れ替えたように、頭を深々と下げて言いました。
「俺はもう、お前が鞭で打たれるのは耐えられない。今まで本当に申し訳なかった。絶対に人の痛みがわかる立派な王さまになるから、どうか許しておくれ……」
そしてツンデレラも、うつむきかげんで頬を赤らめながら言いました。
「ふんっ、もうすっかり紳士ね。堂々として、良い顔してるじゃない。あんたの悪いところ、ぜんぶ無くなっちゃったわ……」
少年は、ふたりが自身に頭を下げる光景に慌てふためきました。
「たいへんよろしい。もうこの鞭は不要でございますな」
教育係ははたいへん満足し、その場で鞭をずたずたに切り裂きました。
すると少年は驚いて、こう返しました。
「そんな、ぼくをもっと鞭で打ってくれ!」
ツンデレラは少年のすべてが嫌いになりました。
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※ウィピング・ボーイが実在したかは疑われており、体罰は決して許されません。
ウィピング・ボーイと、ダメなところを細かく指摘してくれるツンデレラ かぐろば衽 @kaguroba
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