10 人形遊び


 結局、朝食を食べ終えると、小林さんと俺の自室で話をする事になった。


 俺は彼女を招き入れ自室の扉を閉める。

 小林さんは俺の部屋に入るなりキョロキョロと辺りを見回していたようだが、やがてそれにも飽きたのかベッドへ腰を下ろす。


「それで、相談って?」


 痺れを切らした俺がそう聞くと、小林さんは三日月型に唇を歪め此方を見遣り、吐息を漏らす様に薄く嗤う。


「ふ、ふふ」


「っ何がおかしい!!」


 その嘲笑とも取れる笑い方にカッとなった俺は、思わず声を荒らげて詰め寄る。


 小林さんはそんな俺を見て、一瞬驚いた様な、それでいて何処か悲しげな表情を浮かべた後、再びあの暗い嗤い顔を作る。


 そこに居たのは、先程まで初な笑みを浮かべ、楽しげに会話に興じていた女の子ではなく。

 俺のよく知る狂気にまみれた化け物だった。


「……そんなに怒らないでよ高田君」


 小林さんはそう言いながら、まるで品定めでもするかのような視線を俺に向け続ける。


 それが堪らなく不快に感じられて、俺は思わず彼女から目を逸らす。


 そんな俺の様子を暫くの間ジッと見ていた彼女は、やがて小さく溜め息を吐くと、呆れたようにこう言った。


「ねぇ高田君。高田君のご家族に、私はどう写ったかしらね?」


 そう問い掛けてくる彼女に俺は沈黙で返す。

 彼女はそんな俺を見てクスクスと笑い声を上げると、更に言葉を続けた。


「初な少女が、持て余し気味の純情の勢いそのままに暴走した? 恋に悩む健気な少女が好意を寄せる少年に思いの丈を伝えようと奮闘している姿? まさかまさか、そんな所かしら?」


 そう言いながら、今もクスクスと笑う彼女。


「何が言いたいんだ」


 俺はそんな彼女を睨み付けるが、彼女は全く意に介した様子も無く言葉を続ける。


「でもね、残念ながら全部間違い。私はね、只の人形よ。演じているの。私の演技は完璧だったでしょ?」


 そう言うと彼女はベッドから立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩み寄ると俺の目前で立ち止まり、スッと手を伸ばしてきた。

 そしてそのまま優しく俺の顔に手を触れると、親指で唇を撫でる。


 俺は咄嗟にその手を叩き落とすが、彼女はそれを気にした様子もなく言葉を続ける。


「だからね、高田君のご家族は気付かなかったのよ。  私の演技に。気付かないように私が仕向けたから」


「……さっきから何を言っているんだ? ハッキリ言ってくれよ……」


そう声を絞り出す俺に、彼女は一瞬沈黙したあと再び嗤う。


「フフッ……ねぇ、高田君。

 高田君だけなんだよ? 私がこんなにも心を動かされたのは」


 彼女はそう言うと、今度は俺の頬へそっと手を添える。それはまるで割れ物を扱うような手付きで。


「お願い、私を見て? 私の声を聞いて?」


 彼女はそう言うと俺の目をジッと見つめる。まるで吸い込まれてしまいそうな程に深い闇を湛えたその瞳から目が離せない。呼吸が上手く出来なくて苦しい。頭がぐらぐらする。気が遠くなる……そんな錯覚すら覚える。だが、それでも俺は彼女から目を逸らせなかった。


 彼女はそんな俺の様子に満足したかのように微笑むと、ゆっくりと口を開いた。


「……高田君。君は私のお人形。そうでしょ? 」


「……違う!!」


 彼女のその言葉に、俺は思わず大声で反論する。だが彼女はそんな俺を見ても動じる事は無く、寧ろ嬉しそうに微笑んでいた。


「違わないわ。あなたは私の人形。

 だって、私がそう決めたんだもの」


「違う……違う! そんな訳が無い!!」


 俺は叫ぶ。だが、彼女は薄ら笑いを浮かべたまま何も言葉を返してはくれなかった。



 俺は彼女に詰め寄ろうとするが、足に上手く力が入らない。そのまま倒れ込み小林さんをベッドに押し倒す形になってしまった。


「あらら、大丈夫?」


「……っ」


 からかう様な彼女の言葉に何も返せないでいると、小林さんは俺の下でクスクスと笑うと、そっと俺の背中に手を回し抱き締めるように引き寄せてきた。


「なっ!?」


 驚いて離れようとするが、彼女がそれを許さない。寧ろ更に強く引き寄せられる始末だ。


 彼女の甘い体臭が鼻腔をくすぐり頭がクラクラする。心臓の鼓動が激しくなり、顔が熱くなるのを感じる。


 そんな俺を他所に、彼女は俺の耳元に顔を寄せると囁いた。


「可愛い、高田君……」


そう言って微笑む彼女の表情は、とても妖艶で美しく、とても小学生の物とは思えなくて。


 俺は思わず息を呑む。


 そんな俺を見た彼女は、より一層笑みを深めると、俺の耳元に口を寄せてこう囁いた。



「ねぇ高田君……お人形ごっこしよ?」

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Re:write~やり直しの輪廻転生~ ほらほら @HORAHORA

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