異世界の車窓から ~冒険者ギルドチャンネル~

ひびき遊

●vol.1

 ナーロッパ大陸の中央に位置する、帝都トーキン。

 冒険者ギルド本部もある、この大国の首都より、我々の旅は始まる。


「ああら。それ、配信用の水晶玉かしらん?」


 帝都を走る二階建て馬車。その屋根に上れば、居合わせた乗客の一人が、浮遊水晶レンズに注視する。

 市場まで買い出しに出るという、シンジュ区の酒場で働く女主人だ。

 少々肩幅のある彼女に、冒険者ギルドチャンネルBGCのタグを見せると、顔見せも快諾してくれた。


「お店の宣伝? いーわよぉ、そんなの。それよりギルドの公式配信たって、こんな街の様子流して、どうすんの? もっとダンジョンの中とか、そういうのが人気あるんじゃないかしら」


 登録者数を気にしなくていいチャンネルなので。そう返すと、彼女は納得したようだった。


「そうね。確かに、帝都を実際に見たこともない人は多いわね」

「ふふ。あたいもすっかりこの街に染まったけど、そういえば初めてきたときはときめいたわ。忘れてたわね」

「建物はいちいち大きいし、夜でもずっと明るいし。まあ、実際に住むと店賃も税金も高いし、いろいろあるけどねえ~」


 二階建て馬車は、石畳の敷かれた広い大通りをガタゴト進む。

 往来には他にも荷馬車や、たくさんの人々が見られた。

 環状にぐるりと帝都を一周してくる、交通の大動脈なのだ。


 だが、我々は立派な石造りの西門が見えてきたところで、女主人と別れて途中下車した。

 ここから、強固な城壁に守られた帝都の、外に抜けることができる。


 その門の手前には、街道へと出る乗り合い馬車が、ずらりと並ぶ一画があった。

 御者たちが馬を休ませ、自らも休息を取るためのホームだ。


 我々の今回の目的地は、帝都近郊の港町に浮かぶ小島、エノだ。

 観光名所としても名高いエノまでの、馬車からの風景を楽しんでいただこう。


 しかしこの直後、我々は衝撃の事実を知らされる。


「うにゃーん。エノまでの直通は、今は走ってないっすね~」


 ホーム内にある、緑色に塗られた受付。そこで切符チケットを頼もうとすると、受付嬢のネコミミ獣人娘が気怠そうに言った。


「エノは確かにお魚がおいしいっすね! 帝都にまで干物を運んでくる馬車はあるけど、乗合馬車となると、管轄が変わるっすよ。このあたりはむしろ、ギルドさんがちゃんとやってくれないと~」


 もっともな話だ。冒険者の多くが、馬車を足代わりに使っている。

 そのことから考えれば、大陸各地の交通状況の把握も、ギルドの役目になるだろうか。

 思わぬところでご意見をいただくことになった。


「エノに向かうなら、途中で何度か馬車を乗り継いでもらうっすね。がんばって~」


 ネコミミ娘から応援をもらって、我々はひとまず、次の関所までの切符チケットを買った。

 向かうのは四頭立ての、大型の乗合馬車だ。


「こいつは速いし、安全ですぜェ」


 灰色の制服に身を包むのは、小柄なドワーフの御者だった。それも一人ではない。


切符チケットを拝見しますね。はい、快適な旅をどうぞ!」


 御者がドワーフの男なら、車掌がドワーフの女か。制服に、ゴーグルのついた帽子をかぶる小柄な娘が、我々を車内へと案内した。

 さて、ご覧いただきたい。この素晴らしく、豪華な車内を。


 ぎゅうぎゅうに人を詰めるだけの、長椅子が左右に並んだ、安い乗合馬車とはまるで違う。

 床そのものがふかふかの絨毯張りだし、車内の前後で向き合うのは、それぞれ独立した一人掛けのソファだ。

 そこもいざ座れば、布張りがとんでもなくやわらかい。


 また、ソファの足元からは、ちょとした板が引き出せる。

 ブーツを脱いでくつろげる、足置きだった。

 贅沢の極みだ。乗り換えまでの距離の割に、切符チケットが高額で我々も困惑したが、納得である。


「ウェルカムドリンクをどうぞ!」


 ドワーフ娘が給仕までしてくれる。

 ちなみにドリンクの料金は、乗車賃に含まれているという。

 ギルドの経費、万歳である。


 この大型馬車に乗り合わせる者は、やはり相応の人物のようだ。


「ふぅん、ギルドの? いえ、わたくしは配信なんて見ませんわ。で、それ、儲かるんですの?」

「なんだ、出資者スポンサーもついてないんですの? 儲け話ならわたくしが、お父様に進言しましたのに」


 みなりのいいドレスに身を包んだ、ドワーフ娘とそう背丈の変わらない令嬢が、専属の老執事をつれて乗り込んできた。

 もらった名刺には服飾のブランド、ヘルメス商会の名があったような。すぐに引っ込められたので、浮遊水晶レンズに収められなかったが。


 その令嬢は執事を何度も往復させ、ソファの一つが埋まるほどの革鞄を積み上げた。


「ただの、帝都で買った品々ですわ。ちゃんと積み込みぶんの料金も払ってますから、気にしなくてよろしくてよ」


 この令嬢は、執事をともない、しばらく帝都を遊び歩いたとのことだ。

 身分的には専属の車両を持っていそうだが、どうもこの馬車に乗るのも、楽しみの一つのようだ。車窓を撮ろうとする我々よりも先に、窓際の席に腰掛け、楽しげに外を眺めている。


 それ以外の乗客は、あと一人。これもまた身なりが整った、品のいい修道女だった。


「映されるほどの身ではありませんわ。ワタシですか? 旧知の、貴族のご令嬢の婚儀に招かれまして。いえ、ご家名やワタシの洗礼名などは、どうぞご容赦ください」


 浮遊水晶レンズを向けると、頭巾フードをかぶったままやんわりと拒絶されてしまった。

 動画配信にも一定の配慮が必要だ。

 この後、彼女についての画がしばらくないのは、ご理解いただきたい。


「それでは定刻となりましたので、これより馬車は帝都を発ち、西に向かいます!」


 ドワーフ娘が車内でアナウンスすれば、馬車が静かに動き出す。


 ここで気が付かれた方もいるだろうか。

 おそろしく滑らかで、揺れない。厚い扉を閉めてしまえば、馬の蹄の音もしなくなった。

 なのに窓の外の風景は、するすると後方に流れていく。


「これよこれ! さすがはドワーフ製の、最新車両ですわ!」


 令嬢が興奮気味だ。

 恐れ入ります、とドワーフ娘が頭を下げた。


 後から我々も調べてみたのだが、確かにこの車両は、帝都が導入したドワーフ製のものだった。

 魔法を車輪に用いた馬車より低コストで、また修理交換もしやすいとのこと。扱いにはドワーフの手を借りる必要があるため、まだ限られた数しか用意できていないという。


 なるほど。ご令嬢がはしゃぐわけである。


 かくして最新式の乗合馬車で、我々は帝都を離れた。

 石造りの円形の西門、守護者シナガの名を与えられた「シナガ輪」をくぐり抜け、土埃舞う街道に出る。


 シナガの名は、皆さんもご存じの英雄だろう。

 かつて帝都を襲撃した魔物の群れを、たった一人で防ぎきった、Sランク冒険者だ。

 その名にちなみ、帝都の城壁再建にあたったギルドが、名前を借りたものである。


 もっとも当のシナガ本人は、すでに現役を引退したか。ギルドにもその動向は掴めていない。

 パーティを組まないタイプの冒険者なので、こちらも把握しにくいのだ。


 シナガの代わりに帝都を守るのは、新たに建造された分厚く高い城壁だ。

 その影から抜ければ、一気に風景が変わる。

 穏やかな平地が広がり、農村地帯となる。帝都の食料事情を支える、貴重な穀物エリアだ。


「ねえ。こうして最高級の馬車から、庶民の暮らしぶりを見る。こんな素敵なこと、他にあって?」


 ウェルカムドリンクのジュース片手に、令嬢はご満悦だ。

 そういう楽しみ方もあるのかもしれない。

 我々もふかふかのソファに身を預けながら、ゆったりとした時間を過ごす。


 車窓から見えるのは、抜けるような青空だ。

 乗り換えとなる関所まではまだ遠いが、最高の旅の始まりを予感させる。


「ここから少々、揺れますが、ご容赦ください」


 のんびりと走り続けた車内に、ふいにドワーフ娘が警告する。

 この馬車でも衝撃を吸収しきれない、かすかな揺れが伝わった。

 それは長い橋を渡っているからだ。


 このタマ河を抜ければそこは、もう隣のカナ側の領域だ。

 次の関所がある、海岸沿いにあるヨコという浜まではそう遠くない。


 ただし、そこまでは魔物や野党がうろついている、治安の悪い地域を通る。

 特に野党は神出鬼没だ。連中は、冒険者ギルドに所属せず、独自の闇組織を作っている。


 だが、もちろんギルドも手をこまねいているわけではない。


「これから次のヨコ浜までは、冒険者ギルドより上がってくる最新情報をもとに、毎回ルート変更をしています。襲撃対策ですね」


 車掌が案内したとおりだ。このあたりを通ってきた冒険者たちから、ギルドは情報を購入している。

 それを駅馬車の運行会社にも、共有しているのだ。


 完璧な対策とはいえないが、固定ルートではない、というだけでも大きい。

 事実、この体制を敷いてから、馬車が襲われる被害は激減している。


「襲われても平気ですのに」


 ぶっそうなことを言うのは令嬢だ。

 さすがに隣の老執事が窘めたが、お構いなしである。


「だってこの車両は、万全ですもの!」

「馬はともかく、内側から馬車を施錠してしまえば、ちょっとやそっとの魔法攻撃でもビクともしない設計ですわ」

「非常用の飲み物や食料も、あるのでしょう?」


 令嬢の言うとおり、ドワーフ娘がウェルカムドリンクの保管庫を開けば、そこに非常食や飲料水が詰め込まれていた。

 さすがは至れり尽くせりの車両である。


 だが我々は、その最悪の事態に遭遇することになる。


 急に馬車が停止した。中にいた我々と、令嬢や執事、修道女といった面々がソファから落ちかけたほどだ。


「あうっ!?」


 乗客と違い、車内で立っていたドワーフ娘は床に転がる。

 幸いふかふかの絨毯のおかげで、怪我もなく起き上がったが。


「な、なんですか? どうしてこんなところで急停車を! お父さん、お父さん!」


 慌ててドワーフ娘が取り付くのは、御者席に繋がる小窓だ。

 どうやら御者のドワーフとは、親子の関係らしい。


 しかし、開かれた小窓からは、緊迫感のある声だけが届けられた。


「襲撃だァ!」


 我々、車内の面々に緊張が走る。


「馬が二頭やられた! 残りの二頭では逃げ切れない! 車両をここに残して、ヨコ浜まで助けを呼びにいってくる! それまで完全施錠して、耐えるんだぞォ!」


 有無を言わせず外側から、小窓が閉じられた。

 停止した車内に伝わるのは、かすかな振動が最後だ。おそらく、残った馬を切り離したか。

 ドワーフ娘が大急ぎで小窓を施錠し、車内の左右にあるドアの内鍵を確認した。


 そして、何かの装置を起動させたか。

 大きな音とともに、すべての窓に鉄の格子が下りていた。


「だ、大丈夫です! これでちゃんとロックされましたので! 安全は確保された、はずです!」


 我々は車窓の外に、浮遊水晶レンズを向けた。

 ここはまだ、あの長い橋の上だ。

 あとひと息で抜けるところで、わらわらと野党どもが集まってきていた。


「なんてこと。完全に待ち構えられていましたね、これは」


 声だけだが、今のは修道女の発言だ。車内に緊張が走る。

 停止した馬車は、完全に囲まれてしまった。


 取り巻く面子には、ギルドのかけた賞金首もいるだろうか?

 人相の悪い男を窓越しに見て、令嬢がすくみ上がった。


「ひっ! な、なんで? いったいどうして、こんなことに! 馬車のルートはわからないはずですのに!」

「そうだ、あなたたち! ギルドなんだから、冒険者ですわよね? なんとかしなさいっ!」


 確かに、我々もギルドに所属している冒険者だ。

 きちんと訓練は受けているし、護身用の武器も持っている。

 実戦経験には乏しいが、やるしかないときもある。


「待ってください、無理をしなくても! このドワーフ製の車両を信じてください!」


 ナイフなどを出してきたものの、臆す我々を見てか、ドワーフ娘が元気づけてくれた。

 だが、問題はここからだった。


「中からかけた施錠が解かれない限りは、外部からの侵入は不可能です。安心してください!」


 がちゃん。


 ドアが一枚、開いていた。

 皆、驚くしかない。


 外から開けられたのではない。

 ドアを内側から、老執事が解錠していた。

 あまりのことに令嬢が絶句している。


「クックック、意外でしたか? そうなんですよ、内部に手引きする者がいれば、こんな馬車簡単に攻略できるんです! クハハハハハ!」


 実に楽しげに、老執事は笑った。

 もうおわかりだろう。

 この執事は、野党どもの仲間だったのだ。


 後日、我々が確認したところ、賞金4,000ゴールドの首領と判明する。それがこの、老執事の正体だった。


「さあ、お嬢様?」


 執事の手が、令嬢を招く。


「きっちりオレたちの、身代金となってくださいね。もっとも父親がしぶれば、指を一本ずつ切って、送りつけることになりますが」

「ああ、腕のいい治癒魔法の使い手でも雇えば、指くらいはちゃんと繋がりますよ。たぶんね」


 野党どもの目的は、この令嬢の誘拐だったのだ。

 真っ青になった令嬢が、絨毯敷きの馬車内でへたり込む。

 その前に立ちはだかったのは、車掌であるドワーフ娘だ。


「じ、乗客の安全を守るのが、使命なのでっ!」


 こんな少女が勇気を振り絞っているのに、我々も傍観しているだけではいられない。

 なけなしの武器を持って、我々スタッフも令嬢を守るように集まった。


 しかし、庇う令嬢の背後にも、閉じたままのドアが。

 ここも、執事が開けた一枚と、連動して解錠されていたとは知らなかった。


「い、いやぁあーーーーーーーーっ!?」


 令嬢の悲鳴で、後ろのドアから伸びた野党が、彼女をさらったのに気付く。


 そこを救ったのはまたも、意外な人物だった。


 ごしゃっ!


 血しぶきが舞い、朱に染まるのは、修道女の頭巾フードだった。

 一撃で野党の一人が倒れ、ざわつく。


「な!?」


 予想外の事態に、元執事が固まっていた。


 その前で修道女が、野党を殴りつけたものを軽々と持ち上げる。


 それはなんと、女神の形をした、金属製の棍棒メイスだった。

 ここで気付いた方もいるだろう。


 守護の女神の力を宿し、どんな魔物をも撲殺してきた英雄、シナガ!

 我々は思わず、彼女の名を呼んでいた。


「あー、そうなるから、黙っていたんだけども」


 汚れた頭巾フードを脱げば、その整った顔と、獅子の鬣のごとき金色の髪が確認できた。


「シナガ、だとお!? なんで、こんなところに!!」


 元執事が転がり出るように、ドアから外に飛び出した。

 その隙にドワーフ娘が、死体と化した野党を蹴り飛ばし、後ろのドアを急いで閉める。

 もう一枚も、元執事を追ったシナガが、外に出るついでに閉めた。


 ――暗転――


 ここで映像が乱れたのには、理由がある。

 とっさに浮遊水晶レンズを彼女に張り付かせたものの、空中で掴まれて、車内に投げ込まれたからだ。

 ソファの間に転がった水晶玉を救出した頃には、事態は終息していた。


 野党の大半は撲殺され、返り血にまみれた修道服の上着ローブをシナガが脱ぐところだった。


「あとはギルドに任せりゃいいのかい?」


 残念ながらあの元執事は逃がしたようだが、先日賞金額が上乗せされることが決まったことを、この配信でもお伝えしておこう。


 ――暗転――


 遺体にはぼかし処理モザイクをしたが、その処理など、生々しいシーンはカットした。ご了承を。


 ご覧のとおり、馬車は再び走り始めた。

 助けを呼びにいった御者が戻り、新しく馬を手配して、関所ヨコ浜へと向かっている。


 残念ながら乗客の一人は減ってしまったが、令嬢は気落ちしていない。

 元執事の代わりに、シナガが屋敷まで送り届けるという。

 シナガは困った顔をしていたが。


「しょうがない、こういうのは放っておけないタチだからね。結婚式までに間に合えば大丈夫だろう」

「え? ああ、式に呼ばれてるのは本当だよ。こんなふうに、たまたま助けたお嬢さんが、招待してくれたのさ。こんな高い馬車代まで出してね」

「でも騒がれるのは嫌だから、変装してたのに。まいったね。その映像、記録保存してるんだろ?」

「まあいいさ。そろそろ修道女姿には飽きてたんだ。息苦しくてね。別の、気楽な変装でもまた考えるさ」


 そんな英雄に、令嬢はぞっこんのようだ。


「わたくしの婚礼のときにも、絶対にシナガさまをご招待しますわ!」


 カナ側は帝都より治安が悪いというが、今回の件は令嬢を狙ったものである。

 たまたま動画に収める形になったものの、今後ともギルドもいっそう、野党の党閥に力を入れていこう。


 やがて車窓の風景が開けてきた。

 遠くに見えるのは、空とは別の青色だ。


「皆さま、あちらがヨコ浜の海です!」


 ドワーフ娘が元気に指し示す。

 御者席と繋がる小窓を開ければ、そこから潮の香りの混ざる風が入ってきた。


 我々の第一回目の配信は、ここで区切ろうと思う。

 ヨコ浜の駅で我々は降りた。

 ドワーフ製の馬車はシナガと令嬢を乗せて、まだまだ西に向かうという。


 去って行くその姿を見送り、我々はさて、と気を取り直す。

 のんびりと車窓を配信するだけの予定が、まさかこんな初回になるとは。


 次回こそはエノの小島に向かって、馬車からの美しい風景を堪能してもらいたい。


 ところで次の馬車は、どれだろうか?

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