鎖国遠未来

トモフジテツ🏴‍☠️

1章 はじまり  1節 覚醒とは、知ること

(注釈)

いずれ再構築し直す作品の第一話です。

処女作なので漢数字を使っていなかったり、当時は感嘆符や疑問符の後ろにスペースを挟むルールを知らず執筆していました。

(注釈おわり)


――転生した。


――多分、転生してるこれ。


 ベッドで目覚めたことから、少年はまず最初にそう感じた。

 あるいは、そんな荒唐無稽こうとうむけいな話ではなく突然のトラブルでどこかに救急搬送きゅうきゅうはんそうされた可能性もあったのかもしれない。


 それでも直感的な〝何か〟を信じ、心当たりのある情報と覚えのない現状を照らし合わせながら思考を巡らす。


 り所とする「心当たり」は頭の中に、感覚よりも文字や言語のような形で先行した。

 比較対象ひかくたいしょうの〝現状〟は「見覚え」「聞き覚え」といった、五感にもとづくものだった。

 

 物がほとんど見当たらず殺風景な、明らかに〝〟と異なる室内。

 高架下で国道沿いの自宅と違い、静寂に包まれた環境。

 消毒とも薬品ともつかない〝何か〟の匂い。

 慣れ親しんだものとは別種の固い材質で作られた、悪ふざけに思えるほど大きなマスク。

 口にかかる水蒸気から生じる甘味。

 

 仰向あおむけだった少年はマスクを外し、寝具をめくり起き上がった。

 そして〝小さく幼い四肢しし〟に気付き、両手の指をり合わせた後に腹部、脚部とゆっくり視線を移す。


――うん、転生ものだ。きる程見た。


 不思議と驚きや動揺は少ない。

 わずかな混乱や記憶の曖昧さを感じながら、それでも〝自己〟が内面に存在することが精神の安定につながった。


――整理しよう。西暦2023年に……成人済み、会社員、3年目……4年目か?


――確か、夏になって新作アニメがたくさん始まった。


――転生ジャンルを視聴してた、緒方おがたみつき……それが俺……俺?私……俺?


 少しずつ記憶を辿る。

 一人称がブレたことに違和感を覚えつつ、中性的な名前であり、何より社会人なら俺と私を使い分けるシチュエーションもあるはずと片付けた。

 そのまま緒方はなかば無意識に股間へと手を伸ばし、指先の感触を確かめる。


――うん、〝ある〟なら少なくとも今は〝俺〟か。


 小学生か未就学児とおぼしき小さな体に謎の部屋、ぼんやりと推測した〝転生〟が現実味を帯びてきた。


 小説やアニメにおいて、コンテンツとしての〝転生ジャンル〟は大きく分けて2種類存在する。

 どちらも現代社会の日本人が突然異世界へ送られるという部分は共通し、1つは着の身着のまま、肉体も所持品も丸ごと転移し別世界での生活が始まるものである。

 そして、もう1つは……


――なるほど、こっちのパターンね。


 今の緒方のような、精神だけの転移。

 現代日本とは異なるどこかの誰かに、緒方の「心」が送り込まれる。

 そうして上書きされることで、その人格が緒方のものへと成り代わる。

 今回はおそらく人間だが、異世界転生作品なら動物や魔物モンスターに緒方の魂が宿っていてもおかしくない。


――にしても、雑だな。夜にアニメ見て寝て起きたら転生です、ってか。


 2つの傾向のいずれにせよ、転生する原因やきっかけは前世……つまり日本での死亡によるものが多い。

「物語の主人公が交通事故に巻き込まれ意識を失い、目が覚めたら異世界だった」

 そんな流れは令和以降、数多あまたの作品導入部どうにゅうぶえがかれる雛形テンプレートと化しつつある。


――死にたかったわけでもないけど、こういうのも楽しそうだ。夢ならまぁ、醒めるまで楽しもう。


 事態を受け入れた緒方は体のあちこちをつねり痛覚を確かめたり、漠然としたイメージの〝異世界〟を試しはじめる。


「魔法!」


「ステータス画面!」


 念じたところで手から炎が出るはずもなく、叫んでみても体力や魔力を数値化するゲームのような表示が浮かび上がることもなかった。

 自分で与えた微かな痛みだけが「手応え」として残る中、改めて周囲を見回し、ガラス窓の外から差し込む陽の光に気付く。


「中世とか、ファンタジー的な世界観ではなさそうだ」

 

 部屋の構造やカーテンの質感から、一見して紡績ぼうせき技術と文明水準の高さが伝わってくる。

 緒方は少し寂しい気持ちになった。

 

「どうせ転生するなら剣や魔法とモンスターの世界が良かったのに」


 気の緩んだ緒方は更に不満を吐露とろする。


「ここ、違うっぽいんだよな。行きたかったなぁナーロッ……」


 架空中世都市圏を口にしかけた瞬間、部屋のドアが開く。

 1人の少年が驚いた表情を浮かべ、はっとしてすぐに大声を上げた。


沙織さおり裕介ゆうすけが!」


 息を切らせながら飛び込んできた少女に、力強く抱きしめられる。


「裕介!裕介!」


――この小さな体の持ち主の名前はユースケというのか。


――この女の子は……ユースケの姉、か?


 沙織と呼ばれる少女は〝緒方〟よりは年下だが、〝裕介〟よりは年上に見える。

 少し遅れて医者のような格好の男女も部屋に入ってきた。

 緒方は促されるままに、白衣を着たスタッフによる検査や問診を受ける。

 小さな病室から始まった〝転生〟は、この体が歩んできた人生を知るためのチュートリアルのようだった。


 最初に会った少年は姉の友人である山寺武人やまでら たけひとで、裕介のことを弟のように気にかけていたこと。

 裕介もまた、武人になつしたっていたこと。

 2日前、外出先で意識不明になった裕介が発見され、今日に至るまで昏睡状態だったこと。

 両親が失踪中であること。

 検査の合間に色々な話を聞かされても、どこか他人事のような気持ちになり〝裕介〟としての実感が湧かないまま、空腹という感覚を思い出す。


――おっと、これまた凄まじいのが来たな。


 検査も一段落つき、姉や医療スタッフ達と食事を摂る。

 その内容が衝撃的なものだった。

 四角いトレーに四角い窪み、四角い固形物や四角いペースト状の物体、四角四角、ことごとく四角。

 日本人特有の顔に囲まれながら食べる、日本とは思えない食べ物。

 緒方はここが日本なのか、それとも日本によく似た異世界なのか判断に困った。



 その後、一歩外に出た瞬間言葉を失う。

 

――うわぁ…………そういう感じかよ。


 街の景色は、荒廃したという表現すら生ぬるく感じてしまう。

 道路も施設もそこかしこが破壊され、朽ちていた。


 かつては科学の結晶として人々の暮らしを支えたであろうアスファルト舗装ほそうは、砂利道じゃりみちと大差ない程に劣化し見る影もない。

 叡智えいちの象徴であるコンクリート造の建物が並んでいたはずの街並みは、まるで廃墟の様だった。

 

――これもう街というより、森じゃん。


 文明の名残なごりを踏みにじるかのように、そこかしこから無造作に伸びていく大小様々な植物。

 好き放題に跋扈ばっこするつたや樹木とは対照的に、等間隔で規則的に並ぶ街灯や信号機の亡骸なきがら

 あるものは根本から上が消失し、またあるものは辛うじて原型を留めながらも大きく折れ曲がっている。

 ガラスやポリカーボネート樹脂製の発光部カバーは全て砕け散り、正常な機能を保ったものは一つも存在しなかった。


――ため息しか出ない。


 顔色の悪くなった〝裕介〟は、心配してくれた武人におぶさる形になる。


――何があったら、ここまで酷い有様になるんだ。

 

 いくらか高くなった視界で周囲に目をやると、同じ並びの似た建物でも倒壊・半壊・無傷と被害の程度がまばらであることに気付いた。

 自然発生の天災由来ではなく、何か大きな戦争でも起きたのかもしれない。


 遠くを一台のトラックが走る。よく見ると、ちらほらと人影も見える。

 

――完全に〝終わった〟わけではなさそうだ。


――でも、これは……


 眼前の惨状は「滅びゆく世界」という表現がしっくりきた。

 斜陽に包まれた街、その夕景に物悲しさを覚える。

 目覚めた病院から川に沿って北へまっすぐ、およそ700メートルの距離。

 本来は子供の足で10分もかからない家までの道のりが、とても長く感じた。

 

 かつての緒方は転生アニメたしなんでいた。

 しかし、それにしか関心がないというわけでもなく、国内外の映画……アクションやSF(サイエンス・フィクション)も好んでいる。


――近未来の日本、ってやつか?ここは。


 近未来……SFで古くから用いられる、文字通り「少し先の未来」を指す言葉である。


――21世紀から50年や100年で〝ここまで〟になるのか?ならないよな。



 裕介が姉と暮らす家は病院と同じく水道やガス、電気といったインフラが無事機能していた。

 安堵しシャワーを浴びながら、緒方は再度「近未来」の定義や「時代」について考えた。

 この地が自分の記憶に残る世界と地続じつづきの先にあるのか、はたまた日本とよく似た並行世界パラレルワールドなのか……その結論は後回しにする。


 帰り道で目にした青看板の成れの果て。

 路肩に転がるそれは、さびが酷く植物の蔦に覆われ文字もかすれている。

 それでも「1キロメートル先を左折すると、どこぞの駅に着く」という情報はどうにか読み取れた。

 つまり、どちらにしてもこの街は日本である可能性が高い。



――近未来というより、中未来か遠未来……ってところか。


 厳密な話をするならば、緒方の認識は間違っている。

 遠未来とは、軸や基準となる「現代」から数千年や数万年という途方もない先を示す言葉である。

 とは言え、定義を知らない緒方がそんな表現を使ってしまうのも無理からぬことだった。

 見るもの触れるもの、ほとんどが自分の中にある「日本」と大きくかけ離れている。


 自覚名称自分の名前、緒方みつき

 覚醒名称この体の名前保志裕介ほし ゆうすけ


  遠未来と言いたくなるような、遠い世界での生活が始まった。

 

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鎖国遠未来 トモフジテツ🏴‍☠️ @tomofuzitetu

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