後日談 『友達の友達は、ライバル』 その3

「いや〜、びっくり。沙織もここなんだね」


 いつもの駅の改札を潜ると、私は隣の彼女に言う。


 秋葉原駅のコインロッカーに預けていたという、少し大きめなリュックを背負った沙織は、にへらと笑う。


「そうだね。なんていうか、私もびっくり。意外と狭いもんだね、世間って」


「ね。あ、そういえば、さっきアキバで何買ったの?」


 私は、彼女の右手に握られていた黒い袋に視線を落とす。


 外のコインロッカーに預けていた荷物を撮りに行くついでに、沙織からの要望で一度アニメイトに寄った。


 私は私で、新作のライトノベルや、最近流行りのスマホゲームのグッズに見惚れていたのだが、その隙に沙織は何かを買っていたようで。


 すると、彼女は小さく息を呑むと黒いビニール袋を胸の前で抱える。


 そして、恥ずかしそうに口を開くと。


「その、久々に会う友達がいて……その人が好きって言ってたイラストレーターさんの画集がちょうど売ってたから、その……」


 ……。


「プレゼントにいいかなって……」


 徐々に小さくなる声でボソリと呟く。


 薄くリップの塗られた唇をキュッと無心だ横顔に、私ははっと息を呑む。


 そっか。沙織もそうなんだ。


「ふふっ♪ 好きなんだ、その人のこと」


「っ!? ちがっ! そう言うのじゃないから!」


「えー、でも沙織なんか嬉しそー♪」


「違うから! 確かに昔から時々遊ぶ仲で、ただの友達ってよりは、幼馴染に近いほうだし……こうやって会った時には何か持っていってあげないとなーって思ってるだけであって。そう! これは社交辞令! 社交辞令だからぁ!」


「あはは。そっか、じゃあ、そう言うことにしといてあげるね♪」


「『そう言うこと』じゃなくて、ただの社交辞令だから!」


 そんな風に、頬をぷくりと膨らました沙織に、私は思わずお腹を抱えて笑う。


 沙織もこんな顔するんだって。


「はいはい。沙織もバス乗るんでしょ? それなら一緒に」


 と、まさにその瞬間だった。


「ね、そこの美人なお二人さん、今ひま?」


 そんな男性の声が背後から聞こえてきて、私はピクリと肩を動かす。


 知らない人の声に、私は警戒心を出しながらゆっくりと振り返る。


 そこには、茶髪の男性と、ひょろっとした金髪の男性が、ニヤリとした笑みを浮かべながらこちらを見ていた。


 ……てか、この2人って。


 すると、茶髪の男性が「あ」と声を出して私の肩に触れる。


「もしかしてきみ、夏祭りの子? 久しぶりだね、今日は彼氏くんいないの?」


「……触らないで」


 やっぱりそうだ。この人たち、夏祭りの時のあの人だ。


「え〜冷たいなぁ〜。ところで、この後暇? もしあれなら、ちょっとお茶しない? あ、カラオケの方が好き?」


「いや、お前めっちゃ音痴じゃん」


「いいんだよ、こう言うのは雰囲気が大事なんだよ。ね?」


 そんな風に覗き込まれた茶髪の男性と眼が合う。


 なんていうか、まるで何かに操られてるんじゃないかってぐらい、ギラギラしたその瞳はとても怖くて。


 私はまた、あの時のように動けなくなった。


 でも、何よりも怖かったのは、この人たちに会ってしまったことではなく、あの時助けてくれた隼人くんがいないことだった。


「それじゃ行こっか〜」


「や、やめ……」


「おいおい。まぁそんじゃ、俺このポニテが可愛い子もらうわ」


 と、そんな風に私が連れていかれそうになった瞬間。


「やめなさいよ。あんたら」


 そう強い声を出した沙織は、私の腕を掴んだ茶髪の男性の腕をはたき落とした。


 彼女は私を庇うようにして前に出ると、


「大丈夫だから」


 一瞬そう言って、再び男性たちの方へと顔を向ける。


「……ちっ。いってぇな。急に何すんだこら」


「それはこっちのセリフでしょ? そっちこそ急に腕掴んできて、何のつもり?」


「あはは。そっか、ポニテがよく似合うって思ったんだけど、残念だなぁ」


 そう金髪の男性が呟くと、拳をポキポキと鳴らす。


 よく漫画で見るような安い仕草だと思っていたが、実際にやられるとこんなにも迫力があるんだって、さらに怖くなった。


「まぁそうだな、俺たちも舐められっぱなしって訳にも行かないしな!」


 茶髪の男性が沙織に向かって、拳を振りかざす。


 いくら沙織が高身長でかっこいいからと言って、彼女はいたって普通の女の子。


 それはこうして彼女を背中から見ていても、その華奢な身体で、どうしても男性2人に勝てるなんて思えなかった。


 どうしよう……私のせいで、沙織が傷ついちゃう。


 でも、非力で何もできない私は。


「沙織! もういいからっ!」


 そうやって、叫ぶことしかできなかった。


 私はキュッと目を瞑ると、次の瞬間、ゴツっという鈍い音が聞こえた。


 あぁ、私のせいで沙織が……。


 なんて思っていたのだが、聞こえてきたのは。


「ヒッ! ……また……かよぉ……」


 そんな、喉の奥から絞り出したような唸り声の、男性の声だった。


 私はゆっくりと瞼を上げると、あろう事か、股間を押さえながら倒れていたのは、殴り掛かろうとしていた茶髪の男性だった。


 ふぅ。と肩で息をする沙織。


 その視線がもう1人の男性の方へ向いた瞬間、男性が勢い任せに拳を振った。


 しかし、沙織は慣れたような手つきでその拳を、左手で受け流し、カウンター気味に右拳を男性の顔にぶつける。


 そして茶髪が一瞬のけ反った瞬間。沙織は顔の高さで思いっきり華奢な右足を振り切った。


 ゴツンとバチっの間ぐらいの音が響いて、男性が地面に叩きつけられる。


 格闘技をやったことがないが、今のはいわゆるハイキックってやつなのだろう。


 私は開いた口が閉じぬまま、ぽかんとそんな惨劇を眺めていると、沙織はふぅ。と息を吐く。


「……悪いけど、私より弱い人と付き合う気、まっさらないから」


 それじゃ。そうポニーテールをたなびかせながらこちらに振り返った彼女。


 その夕日に照らされた綺麗な顔は、とても頼り甲斐があって、かっこよくて。


「ね? 大丈夫って言ったでしょ? 詩帆は私が守るから」


 そんな彼女のウインクに、私の心臓は一気に跳ね上がる。


 あぁ、どうしよう……。


「……ん? 詩帆?」


「っ! は、はい!」


「え、どうしたの? 急にかしこまって。てか、バス来たから行こ」


 そう、彼女に手を引かれる。


 高身長で、髪の毛が綺麗で。


 美人な顔つきで強くて、可愛い。


 あぁ、本当にどうしよう。


 このままだと私……好きになっちゃう……。


 と、そんな少女漫画のようなチョロさを発揮した私は、隣に座った彼女の体温に、またドキドキと心臓を早めるのであった。





「へぇ。本当にこんな偶然ってあるんだね。ここまで来ると、案外同じ人だったりして」


 そんな風にくすりと鼻を鳴らした彼女に、私は言葉を返す。


「ね。ここまで来ると、なんか運命じみたものを感じるかも」


 あはは。と微笑み、私はつい先ほどのバスの中でのことを思い出した。


 本当に数分前、紗季から突然の連絡があった。


 それは、紗季の家でお泊まり会をしない? と言ったもの。


 急遽ではあったが、特に明日の予定もなく、紗季が着替えを貸してくれるとのこともあり、私は急遽お泊まり会への参加を決めた。


 そして、止まるべきバス停の名前が表示された瞬間。


「「あ」」


 私と沙織は同時にボタンを押した。


 そして今に至るわけだ。


 だけど、流石に同じ人物に会いに行くわけではないだろう。


 だって、沙織の持っているそれは、沙織が好意を寄せている異性へのプレゼント。


 詰まるところ、沙織は今日、男性と一夜を共にするのだ。


 ……。


 あれ、もしかしてそう考えると、沙織って案外肉食系?


 でもそっか。きっと沙織にグイグイいかれたら、世の男性は好きになっちゃうんだろうな〜。


 なんて、そんなことを考えながら歩いていると。


「あっ」


 T字路から見慣れた黒髪ボブが顔を出し、私は思わず声が漏れる。


 すると、視界の先の彼女がこちらに振り向いた。


 切長の大人っぽい瞳に、端正に整った鼻や唇。


 私の親友にして、ライバルである彼女の名前は……。


「さ——」

 

 しかし、その瞬間。


「……え、なに? 毎度毎度文句あんの?」


 沙織のそんな言葉に私は思わず「へ?」と顔を向ける。


 すると向かい側からも、ため息が聞こえて。


「あんたこそ、まだそんな食いつき方してんの? よっぽど野良犬の方がおとなしいじゃん」


 また、黒髪ボブから聞こえたそんな言葉に「ふぇ?」と顔を向ける。


 そして、私の視界の先でしばらく睨み合った2人は。


「「……ふふっ」」


 そうやって、2人同時に鼻を鳴らした。


「夏休みぶり、紗季」


「うん。久しぶり沙織。てか、夏休み結局うちに来なかったじゃん。宿題終わらなかったの?」


「っ!? いや、そうじゃなくて……家の田んぼの手伝いが忙しかったの!」


「えー。8月って特に田んぼ何もしなくない? まぁでも、そーゆーことにしといてあげる」


「だから違うってば!」


 そんな会話を交わした後、紗季が私の方へと視線を向ける。


 そして、やんわりと目を細くすると。


「ほうほう、確かに沙織の言う通り、モデルさんみたいに綺麗だね」


 そうやって、私をからかうように口元をニヤつかせる。


「もぉ〜紗季。そう言うイジワルはやめて」


 私がそう返すと、次は沙織が「え?」と意外そうな声を漏らした。


 そんな沙織を横目に、紗季は続ける。


「あはは。ごめんね詩帆。だって、沙織から『めっちゃ美人な女の子と友達になった!』って、ことあるごとに連絡くるから」


 ほら。と彼女が差し出したスマホの画面には確かに、十数分おきぐらいに、私との行動を、びっくりマーク多めのメッセージで綴られていた。


 すると沙織が顔を赤くしながらボソリという。


「だって。2人が知り合いだなんて思わないじゃん……」


「まぁ確かに。都心のど真ん中であった人が、友達の友達なんて思わないよね」


 私もそう言って、あはは。と微笑む。


「そっかぁ。なんかちょっとした奇跡みたいだね沙織」


「うん。そうだね詩帆」


 そう言って、ふふっと笑い合う。


 10月の夕暮れ。


 冷たい風に3人同時に首をすくめると、お互いに鼻をならす。


「結構風冷たいし、早く私んち、行こっか」


「うん。そうだね……あ、そういえば、夕飯どうしよう。私たちまだ食べてなくて」


「あ、それは大丈夫、お母さんが用意してくれてるから」


「へぇ。紗季のお母さんの手料理って久しぶりかも」


「沙織の大好きな焼きそばもあるって」


 そんな風に、足並みをそろえた私たち。


 ツンと冷たい風が、ガサガサとビニール袋を揺らすのであった。


 …………。


 ……。


 あれ、てか、もしかして沙織のそのプレゼントの相手って……。


 私がそう思った瞬間。


「おい紗季。お前も荷物、持てよ」


 そんな聞き慣れた声が聞こえてきて、私は思わず背筋が伸びる。


 重そうなビニール袋をユッサユッサと両手に抱えながら、紗季の後ろから登場したのは、ある意味、私たちの物語を語る上での軸になる人物。


 そう、彼の名前は。


「えー。だって私、重いの苦手だし。適材適所だよ、隼人」


「いいから持て」


 そう言って、彼は左手のビニール袋を紗季に押し付ける。


 紗季は紗季で、「あー、重すぎて死ぬー。隼人がいじめるー」なんて、一切そんな事を思ってないような口ぶりで言っていた。


 すると、隼人くんは、小さく息を吐くと、沙織の方へと視線を向ける。


 そして、いつも通り口元をやんわりと持ち上げ、爽やかな笑顔を作ると。


「久しぶり、沙織ちゃん」


 そう彼女の名前を読んだ。


 だが、そんな彼の言葉に返ってきたものは。


「……こひゅっ」


 そんな、過呼吸とも呼べるような、ギャグみたいな呼吸音だった。


 沙織は真っ赤にした顔を伏せて、「ひ、ひさしぶり……隼人……くん……」と、語尾を弱めていく。


「つくばからだと、結構遠かったでしょ。長旅お疲れ様」


「……っ! ううん! そんな事ないよ! ほら私すごい田舎住みだから、都会の景色見られてよかったっていうか……なんていうか、ほら……隼人くんに会えるの……楽しみだったっていうか……」


「あはは。そっかありがと沙織ちゃん。俺も会うの楽しみだった」

 

 彼の言葉に、また体をピクリと反応させる沙織。


 側から見ていると、このままある種の昇天してしまうんじゃないかってぐらい、沙織の顔は真っ赤で、でもなんだか嬉しそうで。


 一段と高くなった声で「あ、あの!」と沙織は持っていたビニール袋を差し出した。


「こ、これ! 隼人くんにプレゼント!」


「お、ありがと沙織ちゃん」


「中身は……隼人くんが好きって言ってた、イラストレーターさんの画集……喜んでくれると嬉しい……なぁ」


「え、本当? ……あ、これちょうど買おうって思ってたやつだ。ありがと沙織ちゃん、すごく嬉しいよ」


「っ! よかったぁ〜! えへ……えへへへ……」


 そんな2人のやり取りを見ていると、私の肩に紗季がコツンと肩をぶつける。


「私たち、空気だね」


「あはは。でも、沙織、すっごく幸せそう」


「まぁ、沙織、昔から隼人のこと好きだからね」


 紗季の言葉に私は頷き、再び2人の方へと顔を向ける。


「これさ、俺もプレゼントっていうか、用意したものがあるから受け取ってくれると嬉しい」


「え、隼人くんから? っ〜〜! 嬉しい! ありがとう!」


 そう、小さな紙包みを受け取った沙織。


「ね、開けていい?」


「うん」


「っ! ハンドクリーム!」


「あはは。この時期って乾燥するし、それに沙織ちゃん、まだ空手やってるんでしょ? 結構手が乾燥するからいいかなって」


「隼人くんありがと! 大切に使わしてもらうね!」


 そう満面の笑みで言って、彼女は手元のハンドクリームに目を向けると、大切そうに胸の前で見つめる。


 ……。


 なんていうか、こう見ると沙織ってものすごく可愛い。


 てか、さっきまではすごくカッコよかったのに、隼人くんの前ではあんなにも女の子に……。いや、メスの顔になるんだ。


「えへへ。あ、そうだ! 久々に組み手やろっ! 今から!」


「お、いいね。今日はちょっと動き足りなかったんだ」


「うん!」


 すると沙織は、隼人くんの腕に抱きつき、颯爽と彼を連れ去っていく。


「あ〜あ、私の彼氏、連れていかれちゃった」


 そんな隣から聞こえてきた声に、私はふふっと鼻を鳴らす。


「えー、紗季冷静じゃん。いいの? 2人っきりにさせちゃって」


「まぁ、沙織結構奥手だし、それに……」


 それに? と私は彼女の顔を覗き込む。


 すると、ふふっと目を細めた紗季は、


「隼人が私以外に浮気するなんて、ありえないって思ってるし」


 そう、嬉しさと自信に満ちた声で呟く。


 そして、私はその言葉に一瞬の悔しさじみたものと、嬉しさを感じながら。


「今のうちは、だね♪ そのうち、私が全部持っていくから」


 再び、紗季に宣戦布告をする。


「えー、こわー。でもそうなると、沙織もライバルになっちゃうね」


「ふふっ。そうだね」


 小さく鼻を鳴らし、遠くなっていく2人の背中に目を向ける。


 大きなリュックの少し上に揺れる、黒のポニーテール。


 友達の友達は、ライバル。


 これから、また一段と騒がしくなりそうで、でもそれはなんだか、ちょっとだけワクワクした。


 

 

 後日談 『友達の友達は、ライバル』  (完)

 

 




 

 







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