第3話 鏑矢は速く、静かに

 バンターは夜闇の中を、古くからの友人や子分となるグループメンバーと共に、故郷を目指し歩いていた。

「バンさん、いつになったら着くんです?もう疲れましたぜ〜…」

「仕方がねぇだろ…遠いし、道も険しい。おまけに、一番村から近ぇ関所が、例の『大戦』以来、ずっと閉鎖されていやがるしな」

「バン、俺たち男衆はまだいいが、女子供はもうヘトヘトだ。休憩を入れなければ……」

「……ケッ、仕方ねぇか……」

 部下の説得に応じたバンターは、その場に腰を下ろし、30分の休憩の開始を皆に告げた。


 イオは家の裏にある倉庫の中で、武器の準備をしていた。

 戦場を去る際、いくらかの弾丸や銃器を部隊から盗み出してはいたものの、在庫はかなり減ってしまっていた。

 少し弾薬の数には不安があるものの、銃器に関しては申し分ない。例え戦闘が無かろうとも、定期的な整備は欠かさずに行なっていた。

 戦時中に愛用し、現在はあまり使うことのなかった懐かしの銃器たちを慈しむように一瞥すると、イオはすぐに点検を始めた。

「イオ。準備の程はどうだ?」

「まぁ、それなりに。弾薬は少ないですけど、節約すればなんとかなるはずです」

「そうか…頼もしいな」

「さっきも聞きましたけど、本当にバレたりするんですか?」

「この辺はヤツの縄張りだよ。縄張りに目を光らせない野獣はいないさ。きっと見つけられる。だから、見つかる前に殺る」

 そレを聞くとイオは、首に掛かったものを手に取り、ヒョイとケイに放った。

「おわっ、何だ、コレ」

 手に取ったそれは大振りなサイズの箱状のもので、上部から棒のようなものがにょきりと伸びていた。

「コレ……無線じゃないか。あの時無線は捨てたんじゃ…」

「内部のケーブルを叩っ斬って、その他の部分はとっときました。応急処置だからカスみたいな音質だし、接続も弱いですけどね。まぁ、ないよりはマシでしょう」

 イオはケイへと歩み寄り、その髪を掻き上げる。美しい黒髪の隙間から除いたケイの額には、弾痕が見えた。

「この体では、満足には戦えないはずです。後方からの伝達をお願いできますか?その分の勤めは果たします」

 イオは静かにそう告げる。

 しかし、ケイにはまだ一つ、聞かなければならないことがあった。

「なぁイオ」

「何でしょう?」

「どうして戦うんだ?」

 一瞬、イオが銃の整備をする手が止まる。

「…何故、そんなことを?」

「私を生かす為に自ら命を擲とうとしているだけなら、やめてくれたまえよ。余計なお世話だ」

「……僕が死んだら何もできないでしょう?死ぬわけないじゃないですか」

「よかった」

「何でそんなこと聞くんです?」

「……一瞬、大戦の時みたいな顔をしたから」

 ケイはその言葉を発した時、くしゃりと、その端正な顔を悲しみに歪めた。

 イオは言われて初めて、鏡を見つめた。しかし鏡に映る自分は、いたって正常だ。どこにも変わったところなどない、いつもの自分。

 一緒にいる時間が長いと、いろいろなことが分かるらしい。

 イオはケイを優しく抱きすくめると、至近距離で彼女と顔を見合わせる。

「大丈夫です。僕はどこにも行きません」

「なら、…なら、いいんだ」

「はい。だから僕は、彼らを殺す。僕らの暮らしを、守る為に」

「逃げないのか」

「逃げても変わらない。死は全ての動物に与えられるんですから」

「あぁ、そうだな。だけど、私たちは死なない」

「腐った過去なんか全部灰にして、泥臭く生きましょう」

「それを誰かが阻むのならば……」


「「……殺す」」




 夜も更け、空を暗闇が覆ってしばらくした頃。

 バンター一行は、生まれ故郷であるアルク山脈周辺の集落「キノ村」に、やっとの思いでたどり着いていた。

 数年間無人だった村は少し寂れていたが、それでも自分の故郷であることに変わりはなかった。

「…着いたーーーーッ!懐かしの故郷!」

「変わらねぇなぁ…未だに寂れてやがる」

「酷いッスよねぇ⁉︎あんだけたくさんぶっ殺したのに、主導権を握れるのは結局インテリだけじゃねーッスか!」

「あの野郎、片っぽのタマじゃ足りなかったらしいな…!次会った時はもう片方も握り潰してやる」

 見てわかる通り、バンター一味はかなり野蛮である。

 大柄、黒く焦げた肌、身体中に残る傷跡、茶色のいかつい髪型、肩に下げたヘヴィ・マシンガン。この見た目だけで、彼がそんじょそこらの軍人とは一線を画していることがよくわかる。

 目覚ましい戦果を挙げていたことに間違いはないのだが、いかんせん野蛮すぎたのが仇となり、領民にも上層部にも愛想を尽かされ、すごすごと逃げ帰ってきたのである。おまけに偉い人の急所の片方を「カッとなった」という理由で叩き潰してしまっているので、まぁ正直、残当な処分と言わざるを得ないだろう。

 長旅でフラストレーションの溜まった彼らは、故郷に着いて気が大きくなっていたのかもしれない。口々に大きな声で騒ぎ始めた。

 皆がギャアギャアと言いながら、それぞれの家へ向かい始めた時…。


 プシッ!

「?」

 小さな音がした。数人が振り向くが、そこには何もない。

 プシッ!

「? 何だよさっきから……」

 またも、音。数人が、不穏な空気を感じ始める。

 プシッ!

 三度目の音が鳴り響いた時……。


 バンターの目の前で、一人の下っ端が、側頭部から血を吹いた。


 見渡すと、数人が同じように頭から血を出し、地面に横たわっていた。


 バンターは天を仰ぐと、絞り出すような小さな声で、

「冗談じゃねぇぞ、オイ……!」

 と呟く。

 そして、驚きと悲しみで混乱し始めた一味に向け、大きな声で叫んだ。


「敵襲!敵襲だアアァアアァァァッ!」

 その言葉を掻き消すように、けたたましい射撃音が、キト村に響き始めた。

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顎と鉄花 霜月コトハ @Cotoha_novelC

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