第28話 ファン模様

「搾取だなんて、そんな大袈裟な。いくら何でもそれは言い過ぎっていうか……」


 土村は眉をハの字に曲げ失笑と共に話を流そうとするが、事を軽く見過ぎだった。


「大袈裟な物か。自ら率先してつかなくても良い嘘をつき、意図的に相手を騙した上で金銭を巻き上げているんだぞ。そんな物、詐欺や、頂き女子といったい何が違う」


 やろうとしている事はさほど違わない。面と向かい合い個人を相手取っている分、それの方がまだマシだったかもしれない。極一部の真面目にアイドルを全うする者達にとっても、迷惑極まりない存在だろう。


 口をつぐんでしまった背を後押しし、

「ほら行くぞ」

 と声を掛ける。


 そしてとみぃ曹長に向かいつつ、言う。


「そうでなきゃ人に恨まれはせんさ。反転アンチなんて哀しき生き物も生まれんよ」


 とみぃ曹長は随分と深酒をしていた。隣の席についた俺を先程の記者だと思い出すまでにもしばらく時間が掛かったほどだ。宥めすかし、どうにか取材にこぎつける。


 信者と呼べる盲目的なティアラー達より、貴方のほうがよほど事情に明るいようだと褒めちぎったのが効いたのかもしれない。耳寄りな情報には取材費も出すと匂わすが鼻で笑ってゆるゆると首を振られる。


「いいよそんなの。どうせすぐスパチャに使っちまうだけだろうし。と言っても、もう俺には贈る相手は居やしねえんだけどな」


 淋しそうな表情を覗かせる。酔いがそうさせるのか、先刻とは毛色の違った反応。現代が育む歪んだ愛情表現。まともに会話をしたことも、会ったことすらない相手に何故そこまで入れ込む事ができるのか。


 理解に苦しむ。


「見せて貰った写真は報道された物よりも随分と若い印象でしたけれど、あれは?」


 スマホの画面に明かりが灯る。


「ああ、スクショな。実際に若いんだよ。生主だった頃の配信を切り抜いたものさ」


「なまぬし、と言うのは?」


 虚ろな目でチラリと見られる。


「んな事も知らねえのかよ。初期のvtuberは元々が生主だ。生身で放送していた連中がほとんどだったんじゃねえかな」


 はあ、と困惑すると小声で土村が囁く。


「CG技術の整う前から他サイトでは個人の趣味として放送を楽しむ文化があったそうです。その放送主が、生主と呼ばれます」


 事前に調べてきた情報だろう。姉ちゃんの方が詳しいじゃねえかと言われ、まんざらでもなさそうにしている。改めてその生主時代の写真を見させてもらった。


 これは何年前の姿なのだろうか。幼さを残す面影は、まだ学生時分かもしれない。楚々と言う程ではないにせよ、まるで派手ではなく、大人しめで清楚な印象だった。少し気怠げな瞳、影を覗かせる疲れた表情が怪しげな魅力を醸し出している。


 子細を訊く。


「年齢はわかんねえ。公表はしてなかったけどさ、どう見ても高校生くらいだろうな。この容姿だし、惚れる奴はごまんといた」


 分かるだろと問われ、うっかり頷きそうになる。惹かれたわけではないが、何か、男を悦ばせる。心を、ザワつかせてくる。そんな妖艶な眼差しが振り撒かれていた。


「そん時からもう、姫様だったらしいぜ。当時の囲いがそのまま今の太客さ。ほら、例の疑惑の連中だったっていうわけだな」


 姫様と囲いに太客。今で言う所のパパ達になる。個人で活動していたという時からビジネスモデルとして整いつつあった。


「しかし、それだと余りに引く手数多だ。男の噂も耐える事がなかったでしょう?」


 純粋なファンにはまず訊けない質問だ。反転した身ならば如何程だろうと挑んだ。未だ心に傷痕を残すのか、すぐには答えず。逡巡し、ぐっと一気にグラスを煽った勢いのままとみぃ曹長は思いの丈を吐露する。


「そこがアイツの上手いところなんだよ。男と絡んだ痕跡は、ぜんぶ消し去るんだ」

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人気アイドルvtuber、彼氏バレを回避すべく人を殺したと口走る モグラノ @moguranoki

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