キャベツを何に入れる ver1.01

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前回は「死別のお話」にしようかと書き始めたけど、やっぱり人として人を簡単に死別させるのはよくないのでは、と考えて「家族のお話」へと方向転換していました。

が、「死別のお話」ではなく「恋の別れのお話」にしてみたらよくないのでは感が薄れて、力強さ的なものがでるのでは? と思いついたためバージョンを更新してみました。

飛瀬、すまん。もう1回キャベツ買ってきて。それで小関といったん別れて。

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店内に入り買い物カゴを腕にかけた時、なぜか懐かしさを覚えた。


なんだろう、この違和感。飛瀬とびせは足を止めて考えた。

そうだ。そうか。そういえば、スーパーに来るのは久しぶりだ。ここ最近、慌ただしくバタバタ動き回っていたのでゆっくり買い物に来る時間もなかった。


ただいま買い物カゴくん。帰ってこれたよ。――ただいまって変かな? 飛瀬は苦笑していつもの順路を歩き出した。すると、1つのPOPと目が合った。


キャベツ1玉108円


108円。108円!? 半玉でなく1玉? お安い。POPを見た飛瀬の右手は、「お安い」という考えの「す」くらいの時点でキャベツをカゴに放り込んでいた。左腕にかかるどでん、という重み。心地いい。これはいい重さだ。幸先のいい買い物だ。飛世は弾む足取りで店内を進んだ。


◇ ◇ ◇


「デカすぎる……」


目の前のまな板には、堂々たるキャベツが鎮座している。

飛瀬は包丁を手に思わずうなった。


どうする。とりあえず半分に切ってから考えるか? いや、ロールキャベツにするなら半分に切るのはまずい。やはり先にメニューを考えるべきか? しかしこの量を? どうしてくれようか。


ふと、小関おぜきの顔が思い浮かぶ。小関なら、ホットプレートを出してお好み焼きスタイルにすれば、半分くらいは平らげてくれるかもしれない。それか、豚バラと一緒に鍋にしてビールでもつければ、さらに量を稼げるかもしれない。ふむ、悪くはないアイデアだ。――


だが、小関はいない。キャベツを食べるのは、この部屋で食事をするのは、今はもう自分一人だけだ。飛瀬は包丁をことり、と置いた。


そうだ。そうだった。一人だけになったんだっけ。あらためてその事実が突きつけられる。堂々と鎮座するキャベツは「現実を見ろよ」と真っ直ぐこちらを見つめているかのようだ。


お前はお安い値段に釣られただけじゃない。一人になった事を忘れて、いつも通りの分量を手にしたってわけだ。いや、ひょっとしたら心のどこかで認めたくなくて、忘れたふりをしていつも通りの分量を手にしたのかもしれないな。食べきれるわけないだろうに。わかれよ。向き合えよ。キャベツひと玉と。――現実と向き合えよ。


キャベツは心を見透かすように微動だにしない。その佇まいに、ふつふつと怒りが湧いてきた。


「なんでキャベツに諭されなきゃならないの」


ぐっと包丁を握る。


「しょうがないでしょうが! 急にいなくなったんだから」


ずぱん、とキャベツを両断する。


「しかもよくわかんない理由で!」


半玉になったそれを鷲掴みにしてざくざくと乱切りにする。


「やっと落ち着いて久しぶりに買い物にいけたのに!」


ぶんぶんチョッパーに放り込んで力いっぱい紐を引く。


「やってやろうじゃないの」


ブンブン……ブブンブブン……。ボウル一杯に山盛りのみじん切りを放り込んだら、ネギとしいたけにもやつ当たりし、おりゃああ、とチューブのにんにくとしょうがを投入して塩をふって混ぜる。


「恋する人類なめんてんじゃねーぞ? 野菜風情が」


ボウルの中が少し反省したようにしんなりとしたら、仕上げにひき肉を入れ、しょうゆにお酒を加えて練り上げる。


「別に気が抜けたりなんてしてないから!」


餃子の皮に水を付け、念を押すようにきっちりとヒダを押さえて包み上げる。平皿一杯、いや、平皿にずらりと餃子が並ぶ。


どうだ。見たか。ざまあみろ。飛瀬は満足げに胸を逸らす。一皿分をフライパンに並べて低く水を張ると、強火で煮始めた。


この量でも一人で食べるにはけっこう多い。後輩のミナミちゃんを呼んで付き合ってもらおうか。そう考えたが、すぐに首を振った。


この餃子は、この想いは、他人に食べさせるものじゃない。私だけにしか食べさせられない。食べさせるべきじゃない。こんなムシャクシャでモヤモヤなものを食べてもらうなんてちょっと悪い。それに、――それに、


この餃子は、私のものだ。


残った餃子をいくつかのタッパーに分けて詰め、冷凍庫に放り込む。冷凍するんだ。封じ込めるんだ。この餃子は。誰にも見せたりせずに、ここに。そしていつか食べきるんだ。私が。私の意志で。


水が飛んだフライパンにサラダ油を流し入れ、少しゆすって弱火で焼く。ふわふわでつるっつるの水餃子もいいが、


もちっとしてはいるけど焦げ目も付いて、パリッと香ばしくて、ちょっと焦げ臭いくらいが似合っている。それを酢じょうゆで無理やりさっぱりいただくのだ。


「絶対食べきってやるんだから」


いつもより少し火加減を強め、冷凍庫のほうにちらりと目をやる。


「残したり捨てたりなんかしてやらないんだから」


焼きあがった餃子を皿に取る。フライパンだけ先に洗おうかと思ったが、今はいい。


テーブルに着いくと、餃子と差しで向き合った。さあ、食らってやろじゃないの。ビールの力も借りたりして。


――恋なんてすぐ終わる


ぱちん、と音を立てて手を合わせる。


――その先まで進める


「いただきます」


飛瀬はを胃の腑に流し込み、飲み込みはじめた。


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さて、どちらのバージョンがお好みでしょう?

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キャベツひと玉108円 吉岡梅 @uomasa

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