第056話 幼女、世界を広げる①
「ねぇねぇ、ティナちゃんはどこから来たの?」
自己紹介が終わると、レレイたちがティナを囲み、質問を始める。
「分からない。遠いところ」
「そうなんだ」
ただ、ティナはその質問に答えられなかった。
彼女は明星の鷹が最後に拠点としていた街の所属する国の辺境にある村で生活していたが、アック以外に教育らしい教育はほとんど受けたことがない。
当然自分が生まれた村が所属する国についても何も知らない。
彼女は両親とも他の村人とも明らかに違う容姿ゆえに、両親と一緒に村八分にされるような形で村の隅の家でひっそりと生活していた。
しかし、彼女が三歳になる頃、両親はモンスターに襲われて死んでしまう。
ティナは両親によって隠されたことで運よく生き残ったが、守ってくれる二人が居なくなったことで、さらに村での扱いが悪化。罵声は勿論のこと、石を投げられることもしばしば。
唯一、村の生き字引のような存在の老婆がティナの世話をすることで辛うじて生き永らえることができた。
しかし、その老婆も五歳の頃に死んだ。
それが引き金になり、村人たちは死を引き寄せる疫病神としてティナの殺害を計画。その計画をたまたま知ることになったティナは村を抜け出し、森に逃げ込んだ。
ティナは必死に走った。ただひたすらに走り続けた。
しかし、所詮子供の足。ティナの逃走に気づいた村人たちが追いつくのは時間の問題だった。
ただ、ティナは幸運にも木のうろを見つけ、そこで息を潜めることでどうにか村人をやり過ごすことに成功する。
その後、いく当てもなく森の中を彷徨っている時に、運悪く奴隷狩りに見つかってしまった。
逃げようとしたが、それなりに戦いも経験している大人たちから逃げることが叶うはずもない。
すぐに取り押さえられ、意識を飛ばされてしまい、気付けば馬車の荷台の檻に入れられて移送されていた。
それからいくつもの場所を巡り、檻の中に多くの女たちが増えていく。
そんな中、国の国境近くにやってきた頃にオークに襲われ、何の因果かアックに助けられてここまでやって来たのだ。
アックも、話したくないなら話さなくていいと、ティナの過去について聞いていなかったため、ティナがどこの国のどの村からやってきたのか知らない。
だから、ある程度周辺の国について教えてもらっていても、ティナは自分がどこから来たのか分からなかったのである。
「ティナさんは今どこに住んでるのかしら?」
「街の門の外」
「え、危なくないの?」
質問に対する答えを聞いたソナが狼狽える。レレイやルル、そしてベルも似たように困惑した表情を浮かべた。
冒険者や傭兵、魔法使いなどの戦闘職や各地を巡る行商人以外にとって街の外は危険地帯。よほどのことがなければ外に出ることはないし、街壁の中で一生を終える人間も少なくない。
それはその子供たちも同様だ。
両親からも街の外は危ないと口を酸っぱくして教えられるし、門番がいるためほとんど街を出ることはない。
そのため、彼女たちはティナが外に住んでいると聞いて驚いたのであった。
「大丈夫。アックが送り迎えしてくれる」
「アックって?」
「私の家族」
「その人って冒険者?」
アックは冒険者もしているが、本業はもふもふカフェの店主。
だから、ティナは本業を伝えるにする。
「カフェの店主」
「それって危ないんじゃ?」
ソナは街の中にあるカフェの店主を思い出すが、戦えそうなイメージがない。だから、疑問に思った。
「大丈夫。アックは強い」
「そうなんだ」
「ん。おっきな蛇も真っ二つ」
「すっごいんだね」
ティナは無表情のまま体を使ってここに来るまでに出会った蛇の大きさを表す。
「へっ、そんなの嘘っぱちに決まってらぁ」
レレイたちは感心するように頷いていると、女の子同士の会話に割り込む声。
「誰?」
「お、俺はギャスパーだ」
声がした方にティナを含め、レレイたち全員の顔が向いた。
ティナの顔を見て、顔を赤らめながら自己紹介をするギャスパー。
彼は同年代にしては体が大きく、ガッシリとしていて気が強そうなキツい目つきをしている。茶色の短髪でガキ大将という印象がピッタリだ。
ただ、彼はあまりに整ったティナの顔を直視できずに声が上擦った。
純情である。
「ふーん。私はティナ。よろしく」
「よろしくな、ってそうじゃねぇ!!」
ギャスパーは自己紹介を返すティナに憤慨する。
彼はティナが突っかかってくると思っていたからだ。
「何?」
「なに、じゃねぇんだよ。カフェの店主がそんなに強いわけねぇだろ。俺の父ちゃんは冒険者だ。俺の父ちゃんの方が強いに決まってる」
何がおかしいのか分からずに不思議そうに首を傾げるティナ。
そんな彼女にギャスパーが親指で自分を指しながら自慢げに語る。
彼は冒険者である父親が好きだ。モンスターを狩って稼いでいる強い父が、カフェの店主になんて負けるわけがないと思っていた。
だから、ティナたちの会話に割り込んでしまったのだ。とはいえ、それはほんの少し理由で、本当はティナの気を引きたいだけである。
彼自身は無意識であるが、素直になれない上に、女の子の気の引き方を知らない不器用な少年であった。
「そう」
「へへーん。どうだ、びびったか?」
ティナが言い返せないのだと見るや、ギャスパーは見下すように口端を吊り上げる。
ティナが言い返さないのは、興味がないだけだ。アックが強いことは自分が知っている。それを他人がなんと言おうとどうでもいいことだ。
「んーん。全然」
「なんだと!? よし、分かった。俺も父ちゃんに稽古をつけてもらってるんだ。俺がそのカフェの店主と戦って証明してやる」
「勝手にすればいい」
「逃げるんじゃねぇぞ!!」
どこまでも自分に興味を持たないティナに対し、苛立って捨て台詞を吐いて離れていくギャスパー。
彼がティナの気を引くことは完全に失敗していた。
「大丈夫なのですか? ギャスパーのお父さんは強いと聞きましたよ? それにギャスパーも同年代では敵なしです」
「問題ない」
ルルが心配そうに尋ねるが、ティナは一切表情を変えることなくサムズアップする。
「そうですか。自信があるのですね」
「ん」
ギャスパーの父親がどれだけ強くてもアック以上に強い人間がいるはずない。
アックのこれまでの戦いを見てきたティナはそう信じていた。
【コミカライズ企画進行中】もふもふカフェの強面店主~首狩りと恐れられた最強の傭兵は、幼女と可愛いモンスターに囲まれてのんびり暮らす~ ミポリオン @miporion
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