第055話 首狩り、幼女を見守る

「問題ないようだな」

「キュ」


 アックとスノーは気配を消し、学校の敷地内に忍び込んで、庭園にある茂みに身を隠くして様子を窺う。


 手筈とは共に学校にこっそりと侵入することだった。


 学校には門番や見回り以外の侵入対策はなく、アックの侵入に気づいた様子はない。


 アックも最初から強かったわけではない。傭兵として活動し始めた頃は、自分よりも強い人間が沢山いた。


 そういう人間をやり過ごすため、気配を絶つ技術や敵を感知する術なども学んでいる。この程度のセキュリティであれば、誰にも気取られることなく侵入することは容易い。


 一方でスノーもヴォーパルバニーと呼ばれ、一撃で首を刈る攻撃力を持っている。ただ、その威力を最も発揮できるのは奇襲だ。それに、自身を追う冒険者たちから身を隠すこともよくあった。


 そのため、アック同様に隠密活動に長けている。


 アックとスノーの二人が侵入したのは、学内でのティナの安全や受け入れが上手くいくかどうかを見守るためだ。


 マリアから学校の治安について問題ないと聞いていた。


 しかし、可愛いティナを学校に預けるのだ、自分の目できちんと確認しなければ安心できない。


 自分ならどんなことが襲い掛かってきてもどうにでもできる自信があるが、ティナはそうはいかない。


 何か危険があるのなら、徹底的に排除、または別の学校に通わせることも検討しなければならない。


 アックは非常に過保護だった。


 アックは、職員に案内されて学内を歩くティナの様子を窺う。


「正面に見える大きな建物が学舎で、右に見えるのが講堂、左には以前行った学内の事務所や訓練場があります。他にも学舎の裏には、故郷が遠くにある学生が住む寮という建物も」

「ふんふん」


 聞き耳を立てると、ティナは学内の建物についての説明を受けていた。


 アックは意識すれば常人よりもはるかに多くの音を拾うことができる。数十メートル以上離れた場所にいるティナと職員の会話も聞こえていた。


 ティナは無表情のまま職員の説明に相槌を打っている。


「それではティナさんが所属する1年生のA組へご案内します」

「わかった」


 ティナが通うここはファーステスト幼年学校。


 カーム王国第二の都市と呼ばれるだけあり、この学校は平民から貴族まで様々な身分の子供が通う、歴史ある学校の一つだ。


 四年制で、読み書き計算は勿論のこと、歴史や社会のこと、それに魔法や戦い方の基礎まで幅広い知識を教えてくれる。


 クラスはAからFクラスまであり、一クラス当たりの人数は四十人程度。全体で千人程の生徒が在籍していた。


 子供たちは幼年学校で学んだことを元に、高等学校でさらに専門的な技術を学んだり、市井の店や魔法使いに弟子入りしたりと、様々な進路に進む。


 この学校に入学するには一定の教養や費用などが必要なため、卒業すると仕事に就きやすくなるという身元証明の手段とされることも多い。


「Aクラスの教室はあそこだな」


 流石に校舎の中まで入るのは憚られるので、アックは調べていたAクラスの窓際に忍び寄り、内部の様子を窺う。


 教室内は前方に黒板と教壇があり、その前にいくつもの机が並んでいて、ティナと同じくらいの子供たちがいくつかのグループを作り、賑やかに話をしていた。


 貴族もいるという話を聞いて少々心配だったが、クラスの雰囲気は悪くない。


 ただ、ティナはコミュニケーションが得意な方ではない。グループがすでに出来上がっているクラスに馴染めるかどうか心配になった。


「皆、可愛いな……」


 子供たちの様子を見ていたアックがぼそりと呟く。


 第三者が聞けば変質者間違いなしの言葉だが、もふもふモンスターをはじめとした可愛いものが好きなアックにとって、子供もその範疇だ。


 子供たちが無邪気に会話を楽しむ姿はアックの心を温かくした。


「だが、ウチのティナがやはり一番だな」


 ただし、アックはティナが大好きすぎる親バカだった。


 子供たちの会話も編入生であるティナの話題で持ちきりで、どんな子だろう、こんな子だったらいいな、とワイワイと盛り上がっていた。


「ふっ」


 ティナを見たら、全員が度肝を抜かれるだろう。


 アックは子供たちの顔色が変わる未来を想像して自慢げに鼻で笑った。


 ――ガラガラッ


「皆さん、席についてください」


 そうこうしている内に教師が一人で教室内に入ってくる。ティナは一旦外で待たされて後で紹介される段取りのようだ。


 この教師はAクラスの担任であるエレミアーナ・エセルリアン。経歴や性格等になんら問題なく、学内でも優秀な教師で通っている。


「すでに知っているようですが、今日は皆さんにニュースがあります。そのニュースとは今日からこのクラスに新しい仲間が加わることです」


 エレミアーナがティナの話をした途端、嬉しそうに周囲と盛り上がり始める生徒たち。


「コホンッ、静かに。それでは入ってきてもらうので騒がないでくださいね。ティナさん、入ってきてください」


 ――ガラガラッ


 教師の合図で扉を開いてティナが教室内に入ってきた。


 ティナは堂々とした様子で颯爽と歩く。


 そして、教壇にいるエレミアーナの隣に立った。


「ティナさん、皆さんに自己紹介をしてください」

「ティナ。よろしく」

「それだけですか?」

「家はもふもふカフェ。家族と来てほしい」


 短すぎる自己紹介に少し困惑するエレミアーナ。ティナは少し考えるそぶりをした後、もふもふカフェの宣伝を行った。


「そ、そうですか。それでは、一番後ろの緑色の髪の女の子、レレイさんの隣の席に座ってください」

「分かった」


 その結果、さらに教師の困惑を深めることになったが、教室の外ではアックがよくやったと頷く。


 ティナのこととなると甘々だ。


 ティナはエレミアーナの指示に従い、教室の後ろへと歩いていくが、その際、生徒たちは一切の言葉を発さなかった。


 なぜなら、全員がティナの類まれな容姿と、その神秘的な雰囲気に当てられていたから。


 流石俺の娘。


 アックは生徒たちを釘付けにする様子を見て内心で拍手を送っていた。


 ティナは机に備え付けられたフックに鞄を掛け、レレイの隣の席に腰を下ろす。


 レレイはウェーブの掛かった緑色の髪を後ろで結っていて、活発そうな見た目の女の子だ。


「よろしく」

「あっ、わ、私はレレイ。よ、よろしくね、ティナちゃん」

「ん」


 ティナがレレイに挨拶すると、突然夢から醒めたように慌てながら挨拶を返すレレイ。


 それほどに目の前の少女はレレイにとって衝撃的な存在だった。


 ティナも今まで呼ばれたことのないちゃん付の呼び方が新鮮で、ワクワクして少し頬が緩んだ。


 そこでようやく教室内の時間が動き出す。


 ティナの容姿に見惚れたままの者、テンションを上げる者、信じられずに呆ける者、悲鳴を上げる者、生徒たちは実に様々な反応を示した。


「後で友達を紹介するね。分からないことがあったらなんでも聞いてね」


 騒がしくなったのでレレイがティナの耳元に顔を近づけて呟く。


「分かった。ありがとう」

「きゅーんっ」


 ティナがうっすらと微笑むと、その一撃がレレイのハートに突き刺さり、あっという間にティナの魅力の前に陥落した。


「はいはい、静かに。今日のホームルームを始めますよ!!」


 エレミアーナが混沌とした教室内の状況を手を叩いて治めると、生徒たちはなんとか落ち着きを取り戻し、話を再開することができた。


「ティナちゃん、こっちに来て。私の友達のルルちゃんと、ソナちゃん、そして、ベルちゃんだよ」

「ルルです。よろしくお願いします」

「ソナよ。よろしくね」

「ベルなの。よろしくなの」

「よろしく」


 ホームルームの後、ティナはレレイの仲良しグループの友達を紹介され、自己紹介を交わす。


 ティナは問題なく受け入れられたようだ。


「杞憂だったな」


 仲良くやれるか心配だったが、すんなりと受け入れられそうな状況に満足するアック。


「それじゃあ、帰るか」

「キュッ」


 ずっと見守っていたいところだが、カフェの仕事がある。


 問題なさそうなのでアックとスノーは学校を後にした。


「「「「「ひっ!?」」」」」


 ただ、帰る前にティナに一目惚れしていそうな幼気な少年たちにほんの少しだけ殺気を放ったのは内緒だ。


 一瞬とはいえ、アックの殺気を受けた少年たちは、心臓を鷲掴みにされたような突然の死の気配に、顔を青くして体をぶるりと震わせた。

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