第054話 首狩り、幼女を学校に送る

 数日でカインたちに任せても問題ないと感じたアックは、学校に連絡を入れ、1週間後に入学することになった。


 今日は入学前に制服を受け取り、ティナが初めて袖を通している。


 赤をピンポイントに使った半袖の白いブラウスと黒いプリーツスカート。そして、背中に焦げ茶色の硬めの革で作られた長方形のカバンを背負っていた。


「その制服はティナのためにあるみたいだな」

「可愛い?」

「あぁ、とっても可愛いぞ」

「嬉しい」


 うぉおおおおおおっ、娘が可愛いぃいいいいっ!!


 そう大声で叫びたいところだが、グッと堪え、アックは優しくティナの頭を撫でる。ティナははにかむようにほんのり口角を上げた。


 その姿を見て、アックはさらに心臓が締め付けられ、悶えそうになる。


 そして同時に、初めて会った時からは想像もできない程立派になった姿に、親心が擽られ、嬉しいような、寂しいような、そんな複雑な気持ちが湧いてきた。


 アックは今日のティナの姿を生涯忘れないように、しっかりと脳裏に刻むのであった。




 入学当日。


「それじゃあ、少しの間、頼んだぞ」

「「分かりました!!」」


 今日店番として来ているのはカインとイアリの2人。


 他の2人は冒険者ギルドに行って受けられる依頼を探しに行っている。朝に行かないと良い依頼は全て無くなってしまうからだ。


 カインとイアリは店番が終わった後、ヘイルとコーティと合流して依頼をこなし、ティナを迎えに行く頃に再びここに戻ってくることになっている。


 朝が早い時間なので客は誰もいない。全員仕事を持っているため、基本的に常連が来るのはランチ以降だ。


 おそらくカインたちが留守番している間は誰も来ないだろう。


 シルンの浄化の力で店を掃除をする必要もないので、アックとしてはもし誰かが来た場合の対応と、従魔たちの相手をしてもらうくらいで十分だ。


 暇だとは思うが、長くても1時間程度。我慢してもらう他ない。


「キュウッ」

「分かっている。さっさといけ」

『キュイッ』

「ククゥッ」

「キュキュウッ」

「うふふっ」


 スノーもリムたちに留守を任せてティナの肩に乗り、彼女の顔に頭を擦り付ける。


 ティナは擽ったそうに眼を細めた。


 アックはその光景を見て顔を手で覆ってふらついてしまう。


 モフかわモンスターと無表情少女の微笑みの同時攻撃が再びアックの心を締めあげたせいだ。


 戦場で戦ってきた誰よりも強敵だ……。


 アックは、過去の戦場を思い出しながら深呼吸をしてどうにか心を落ち着けた。


「どうかしたんすか?」

「いや、何でもない。行ってくる」

「行ってきます」


 不思議そうな顔で尋ねるカインを制し、カインとイアリに店を任せてアックは外に出る。


 ティナも無表情のままカインとイアリに手を振り、スノーもその仕草を真似てその後を追った。


「「うっ」」


 ティナとスノーの可愛らしさに心を鷲掴みにされ、二人は胸を押さえる。


 彼らが回復するのに数分の時間を要した。



「おはよう。今日から入学することになっているティナだ」

「おはようございます。ここから先はティナさんだけになりますので、後はこちらにお任せください」


 学校の入り口に立っている守衛に声を掛けると、話は通っていたようですぐに中に入る許可が下りる。


「よろしく頼む」

「スノーは一緒に入れない?」

「はい、従魔は一緒に入ることができません」


 ティナがスノーをチラリと見て尋ねたが、守衛はキッパリと首を横に振った。


 彼は長年学校の門を守り続ける男だ。


 学校は子供たちが集まる場所。変な輩を中に入れるわけにはいかない。彼の子供を守るという正義の心は簡単に揺らいだりはしない。


 そこでティナはアックに教えられていた作戦を実行する。


「ダメ?」

「うっ」


 それはティナとスノーのダブル上目遣い。


 ティナが肩に居たスノーを抱きかかえ、二人で潤んだ瞳で上目遣いでお願いするという凶悪極まりない作戦だった。


 アックが2人にこれをされたら、どんな願いでも叶えてしまうだろう。


 あざとい。あざといが、そのあざとさを打ち消す程の可愛らしさに、守衛は心を貫かれて鎧の胸の辺りを押さえる。


「ダメ……だ」


 彼は思わず頷いてしまいそうになるが、長年守衛を務めていた矜持がそれをどうにか押しとどめた。


「そう……」

「うっ」


 守衛がどうにか言葉を絞り出すと、ティナとスノーがしょんぼりと肩を落とす。


 その様子を見て、守衛は罪悪感で心が締め付けられ、再び通してしまいそうになるが、これはルールだと言い聞かせてどうにかティナとスノーの誘惑に打ち勝った。


 守衛を長い間務めていた彼だからこそ、2人の誘惑を打ち破ることができたのだろう。他の守衛だったらこうはいかなかったに違いない。


 アックは守衛の精神力に心の中で賞賛を送った。


「それでは、またお帰りの際に」

「ああ。分かった」


 ティナからスノーを受け取り、守衛と一緒に学校の中に入っていくティナの背中を見送るアック。


「それじゃあスノー、手はず通りに」

「キュウッ!!」


 実はスノーだけ入れないのは想定の内だ。


 誰も居なくなったところでアックはスノーと顔を見合わせ、次の作戦を実行することにした。

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