第053話 首狩り、新人教育をする

 ティナが学校に合格した次の日。


「今日からお前たちには簡単な接客と調理を覚えてもらう」

「「「「はい」」」」


 アックは雇った初心者冒険者たちに店での仕事を教え始めることにした。


 仕事は全員同じように覚えてもらうが、基本的には明るく人当たりの良いカインとイアリに接客を任せ、ヘイルとコーティにはキッチンを任せるつもりだ。


 キッチンとは言っても本格的な調理ができるわけじゃないので、温め直したり、ジュースを入れたり、簡単にできる調理をする程度。


 料理の心得がなくてもすぐに覚えられる範囲だ。


 基本的にお客さんは来ないので、極論今の状態なら誰か1人いてくれればいい。予期せぬ事態に備えて、接客とキッチンで1人ずつが居れば万全だとアックは考えていた。


 今後はコーヒーや紅茶の入れ方も指導するつもりだが、アックは基本的に彼らがいる時に注文したメニューに関してはお金を取るつもりなかった。


 中途半端なものでお金をとることはできない。


 それがアックのもふもふカフェの店主としてのプライドだった。


「それじゃあ、これに着替えてくれ。着替えはそこの脱衣所で」

「これは?」

「制服だ。もしサイズが合わなかったら言ってくれ。調整する」

「分かりました」


 アックは4人に制服を手渡す。


 男性用はバーテンダー風の服で、女性用はティナと同様にメイド服だ。


 4人のために用意した。


「これすっごい服っすね。サイズも多少大きいっすけど、問題ないっす」

「私も少し緩いですが、大丈夫です。これ高かったんじゃ?」


 4人が制服に着替えて戻ってくると、代表してカインとイアリが感想を述べ、ヘイルとコーティは相槌を打つように隣で頷く。


 制服は着心地の良い生地が使用され、丁寧な裁縫が施されていて、明らかに一流の職人が仕立てた品物だった。


 初心者冒険者である彼らに手が届くような服ではないことは一目でわかる。だから、これほど質のいい服を用意してもらったことに少し不安がよぎった。 


「いや、材料費しかかかってないからそうでもない」

「……ということは?」

「その制服は俺が作ったものだ。だから高くはない」

「「「「え!?」」」」


 材料費という言葉である程度察したものの、アックの返事を聞いた4人が声を上げて固まった。


 4人ともまさか目の前の大柄で強面の男が、裁縫という繊細な作業をするとは思わなかったからだ。


 ただ、そこにはアックを蔑む意図はなく、それは純粋な驚きだった。


「おかしいか?」

「いやぁ、確かにアックさんみたいな人が縫物をするなんて正直意外っすね。でも、尊敬します。強いだけじゃなくてそんな技術まで持っているなんて半端ないっす」

「そうですね。私も驚きましたけど、こんな素晴らしい服を作れるなんて凄いです」

「そうか」


 アックの質問に目を輝かせて答えるカインとイアリ。そしてブンブンと凄まじい勢いで首を縦に振るヘイルとコーティ。


 4人の態度からは言葉の通り、心からの尊敬が見て取れた。


 13歳になって独り立ちした彼らにとって、稼ぐことは生きるために最も重要な事だ。


 稼ぐためには技術がいる。彼らは冒険者が一番稼ぎやすいと思って戦う技術を身に着けることを選んだが、服を作るような専門的な技術もまた稼げる技術だし、怪我をして冒険者をできなくなっても使える技術だ。


 そういう技術をもっていることは、彼らにとって尊敬対象になる以外になかった。


 ティナに自分が絵を描いていることを肯定されてから隠すつもりはなかったが、好きなものを拒絶されるのは怖い。


 良い子たちだ……。


 アックは4人とも好意的な反応だったので内心安堵していた。


 納得した彼らにまずは接客を教えることに。


「いらっしゃいませ。こう、やってみて」


 アックの目の前でティナが先輩面をしてむふーっと鼻息荒げに4人に接客を教えている。


「おう、分かった」

「分かったよ」

「了解」

「任せて!!」


 その様子を見て微笑ましい笑みを浮かべながら、4人はティナに言われた通りに挨拶の練習を始めた。


「「「「いらっしゃいませ!!」」」」

「キュウッ!!」

『キュイッ!!』

「クゥッ!!」


 その隣で、モンスターたちも4人の真似をしてあいさつをする。


 あぁ、ちょっと偉そうにしているティナが可愛い……挨拶を真似する動物たちも可愛い……。


 アックは心の中で顔に手を当て、尊さで涙を流していた。


 元々コミュニケーション能力が高いカインとイアリはほぼ一発で問題ない状態で、ヘイルとコーティも数をこなせば問題ない。


 それに元々不愛想なアックがやっている店だ。そこまで愛想よくする必要もない。噛まずに言えればそれでいい。


 4人は元々将来冒険者になるために色々と考えて勉強したり、訓練したりしていたこともあり、幼いにもかかわらずしっかりしていて物覚えが良い。


 教えられたことをあっという間に覚えていった。 


「いらっしゃい」

「いらっしゃいませ」

「「「「いらっしゃいませ!!」」」」


 アックとティナが客を出迎えた後、4人が元気よく挨拶をする。


「新しい従業員の方たちですか……確かこの間お客さんとしてきていたような?」


 やってきたのは真面目眼鏡青年。


 彼は4人の新しい従業員を見て年若い冒険者たちの姿を思い出し、不思議そうな顔をする。


「ああ。縁あって雇うことになった。朝と夕方だけだから会わないことも多いかもしれないが、よろしく頼む」

「そうですか。こちらこそよろしくお願いしますね」


 アックの説明の後、4人が各々の自己紹介をすると、眼鏡青年は優しく挨拶をしていつもの席に座った。


 4人はぎこちないながらも順番に接客していく。


 他の常連が来た時も同じように自己紹介と挨拶を済ませ、つつがなく1日の営業が終わった。

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