第052話 首狩りと幼女、住人を魅了する
「何を作ってるの?」
アックの後ろからティナがひょっこりと顔を出す。
彼女はアックが作っているものに興味津々だ。
「新しい服だ」
「服はいっぱいあるよ? どうして?」
「学校に行くんだ。舐められたら駄目だからな」
「ふーん」
アックが作っているのは休みに学校に着ていくための質の良い服。
着ている服を見れば、それだけである程度家庭状況を推しはかることができる。下手な服で行けば見下される可能性があるが、良い服を着ていればおかしな対応をされることはないだろう。
それに、貴族の令嬢が普段着るような服を着ているティナの姿を見たいと思っていた。さぞかし似合うはずだ。
折角の機会だからと、本格的な服を作ることにしたのだ。
アックはまるで完成系がすでに見えているかのように、躊躇いのない手つきで布を裁断し、服を縫いあげていく。
その技術はまさに匠と呼ぶにふさわしい。
機械のように正確で丁寧な縫い目に、美しい装飾が施され、誰が見ても一瞬でその価値が分かるほど質の高い服が、あっという間に出来上がってしまった。
同じ職人が見ていたら信じられない光景だろう。
「どうだ?」
「可愛い」
「それはよかった」
仕立てた服をティナに見せると、彼女は満足そうに薄く笑う。
それを見てアックも嬉しくなり、笑みを返した。
アックは自分の服も仕立て、次の日に備えて眠りについた。
「良く似合っている」
「アックもかっこいい」
「そうか」
娘が天使過ぎる。
次の日、自分が作った服に身を包み、髪が邪魔にならないように結われたティナを見て、アックはその尊さに涙を流しそうになったが、グッと堪える。
しかし、褒められたことで感極まってティナを抱きしめてしまった。
ティナも対格差があり過ぎて手が回らないにもかかわらず、嬉しそうにアックの体に手を回す。
『さっさと行ってきたらどうなんだ?』
「おっと、そうだな。しばらく留守を頼むな」
『任せておけ』
その様子を見ていたリムは呆れた顔をして声を掛けた。
そこでようやくお互いに離れ、手を繋いで街に向かう。護衛のため、ティナの肩にはスノーを載せていた。
街の人たちがティナに目を奪われて立ち止まる。
その様子を見て、アックは自分の娘が街の人を虜にしていると、誇らしい気持ちになった。しかし、一方でティナに近づく不届き者は決して許さないと、威圧感を放っている。
ただ、ティナの容姿もさることながら、アックの服によってティナの可愛らしさが遥かに引き上げられていることに服を作った本人は気づいていない。
アックの服は貴族でも喉から手が出るほどに凝りに凝っている。人によってはティナよりも服を作ったのは誰なのかの方が気になるほどだ。
「むぅ」
また一方で、品の良いスーツに身を包み、髪の毛をセットし、身だしなみを整えたアックは、女性たちの視線を集めていた。
雰囲気が鋭く、獰猛な威圧感を放っているが、いつものシンプルでラフな格好にボサボサ頭のエプロン姿とは違い、まるで貴族の子息と言われてもおかしくない見た目になっているせいだ。
ティナはその様子が気に入らなくて、アックの手をギュッと強く握る。
「どうかしたのか?」
「んーん」
アックが心配そうに尋ねるが、ティナは何も言わなかった。
ただ、しばらく何もしゃべらず不機嫌さを露にしている。
そんなティナも可愛いと思っているアックは優しく微笑んだ。
『きゃーっ』
普段寡黙で強面な男が、ティナにだけ優しく微笑む姿。
それもまた女性たちを魅了する一因だった。
「すまない。この子を学校に入れたいんだが」
「……」
マリアに教えてもらった学校の入り口にやってきて門番をしている職員に声を掛けたが、職員はアックとティナを見たまま固まっている。
「聞こえているか?」
「あ、ああ。申し訳ございません。えっと、入学ですね。今は中途半端な時期なので編入試験に合格すれば入学することができますよ。受けられますか?」
アックにもう一度話しかけられた職員は、ようやく現実へと復帰を果たして説明を始めた。
馬車ではなく歩いてきたにもかかわらず、思惑通り、職員は二人を高貴な身分だと錯覚して丁寧な対応をする。
これでこそ服を仕立てた甲斐があるものだ。
アックは内心でほくそ笑んだ。
「頼む」
「それではこちらへどうぞ」
門番に迎え入れられ、学内の事務棟のような場所に案内される。
学校は広く、コの字型の大きな学舎と広い庭園、そしていくつかの別棟が見えた。
アックたちは案内に従い、その中の別棟に足を踏み入れる。
「分かりました。こちらの用紙に記入してください」
中は役所のように窓口が複数ある造りになっていた。
門番から用件を引き継いだ職員が、アックに複数の書類を差し出し、受け取ったアックは必要事項を記入し始める。
「それではお嬢さん、こちらの問題を解いてくれますか?」
「分かった」
その間に、ティナは近くのテーブルで編入試験を受けることになった。
ティナは椅子に座って問題を解き始め、スノーが肩からテーブルの上に飛び降りてその様子を見守る。
ティナはサクサクと問題を解いていった。
「よろしく頼む」
「…………問題ありませんね」
「解けた」
アックが複数の書類とにらめっこしながら書き終えたころ、ティナも問題を解き終える。
「速いですね。書類と答案を確認しますので、待合席に座って少々お待ちください」
「分かった」
職員に促され、アックとティナは並んで椅子に腰を下ろした。
「合格するといいな」
「大丈夫。むふー」
「そうか」
アックが頭を撫でると、無表情ながら自信ありげな様子のティナ。その様子を見て、アックは破顔する。
二人を見ていた職員たちの顔もまただらしなく緩んでいた。
「問題は100点満点でした。いつでも入学できますよ」
「そうか。必要な物は?」
「こちらをご覧ください」
「分かった」
そして、ティナはあっさりと合格。
帰りに必要な買い物を済ませ、二人は店に帰宅した。
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