もしかしてパート3【実験作6】

カイ.智水

もしかしてパート3

 斗南俊二が銀行に設置されているATMを操作しているとき、ズドンという音の直後に窓口のほうから男の叫び声があがった。


「おとなしくしろ、金を出せ」


 瞬時に女性の悲鳴が空気を切り裂くとともに人々が出口へと殺到する。同時に非常ベルがけたたましく響いた。

「さっさと金を出せ」


 音の聞こえた方向に歩み寄ると、猟銃のような筒の長い得物を持つ男が、窓口カウンター越しに銀行員を狙っている。

 あんなものを武器にしていては、周囲からの奇襲に対処できないはずだ。

 単独犯なら付け入るスキがあるのだが、そのくらい誰でも気づく。

 おそらく客に混じって共犯者が周囲を警戒しているに違いない。いるとすれば窓口エリアの可能性が高い。

 ATMから引き出した現金を回収しようとするやつがいれば、より多くの上がりを得て逃走も容易となるだろう。そこまで周到なら、逃走用の自動車も表に待機しているに違いない。

 全員を捕まえるには、銃を突きつけている男の足を止めなければならない。

 しかしそれを阻止するために共犯者が見張っているのだろうから、まずは共犯者を見つけ出すのが先決か。


 共犯者を見つけるのは意外と簡単だ。

 銃を構えている男を見ていない者を探せばいい。


 この状況で、自分を害する可能性がある男を注意して見ない者など、自分は撃たれないと確信していなければいるはずもないのだ。

 逆にいえば、全員見ていたら共犯者はいないことになるる


「なにをぼやぼやしている。早く金を出せ」


 首を巡らせて確認すると、ATMエリアにひとり、窓口エリアにひとり客がいた。


 ATMエリアでは白いタイトスーツを着たサングラスの女性だ。俺と同様、周りを窺っている。この女性が共犯者なら、銃を持つ男が逃走するとき一緒に逃げるか、出入り口で転ぶなどして追手の足を食い止めるかするだろう。

 女性を視認しているとどうやら目が合ったらしい。その人はすぐに目線を外した。


 なにかがおかしい。

 彼女が共犯者なら、周りを確認している人間は要注意人物として目を外さずマークするはずだ。それなのに目を逸らした。


 もうひとりの窓口エリアの男性は、黒のスウェットシャツにGパン、色の薄めの大きなサングラスを着けてこちらも周囲を見回している。

 目線が合ってもすぐには外さない。白い女性とは対照的だ。


 けたたましく非常ベルが鳴り響くなか、男性の銀行員は奥の部屋から帯封の付いた百万円が包まれた束をふたつ持ってくる。


「舐めてんのかてめえ、これだけじゃ駄賃にすらならねえよ」 

 強盗犯は男性行員を銃の肩当てで殴りつけると、すかさず銃口を彼に向けた。そして思い出したように肩に担いでいたボストンバッグをカウンターへと放り出す。

「これがパンパンになるまで札束を詰めてこい」


 この犯人、どうやら場慣れしていないようである。

 慣れているのなら最初からバッグを放り出して「それにあるだけ詰めろ」と言うはずだ。

 銀行強盗は時間との勝負になる。時間がかかるほど警察や警備員が集まってくるのは自明だ。


 負傷した男性がボストンバッグを抱えて奥の部屋へ走り込んだ。

 可能性としては、わざと怒らせてでも時間を稼ぐために、始めはあえて少ない額を持ってきたのかもしれない。これで少なくとも一分ほどは費やしたはずだ。


 銃を正面の女性行員へ向けたまま、犯人はあたりを見渡している。おそらく全員の視線が向かっているのだろうか。あえて目線を外していたらどういう反応をするだろうか。まさかいきなり撃ってくるとは思えないが、犯人の注意を逸らすにはよい手かもしれない。

 俊二はあえて視線を外してATMを見た。そのまま目だけを犯人に向ける。すると案の定犯人とサングラスの男もATMのほうに気をとられたようだ。白いタイトスーツの女性はちらと目で追っただけですぐに銃を構えている男を見ているようだ。


 これは使えるな。

 あとは協力者がどれだけ出てくるかだが。

 スキを生んだとして、同調者が現れなければ俊二は撃たれてしまうに違いない。


 無理をすることは必ずしもない。これだけ時間をかけていれば、そろそろ表に警察官や警備員が集まってくるだろう。


 店内には俊二の他にATMエリアに三名、窓口エリアには犯人と仲間を入れずに二名しかいない。

 銀行員の人数はわからないが、見える範囲では二名、先ほど殴られた男性を加えて三名は確認できた。中規模の支店であることを考えれば常時六、七人はいるだろうか。


 気になるのはATMエリアの白いタイトスーツの女性と窓口エリアのスウェットの男性だけだ。他はおそらく無関係だろう。


 もし女性が犯人なら、彼女を取り押さえれば仲間が捕まったと思って残りは逃走に転じてくれるだろう。

 もし関係なければふたりとも銃撃されないともかぎらない。


 少なくともスウェットの男は強盗の仲間なのは間違いない。

 であれば、スウェットの男を取り押さえれば、銃を構えている男も仲間を見捨てて逃げる可能性もある。


 ひとつ、賭けてみてもよいかもしれない。


 白いタイトスーツの女性は無関係とみなして、あのスウェットを捕まえてしまえばこちらの勝ちだろう。

 ふいにその場でしゃがみこんで、靴紐を結び直してみた。これで俊二に視線が集まる。単に靴紐を直したフリをしただけだが、この体勢からならダッシュでスウェットの男に飛びかかれる。

 あとは銃を持った男の出方考次第だが、もしバッグが間に合わなければそのまま表に待たせてある逃走車に乗り込んで走り去るだけだろう。

 それでも犯人のひとりを確保してあれば、仮に逃げられてもすぐに捕まえられる。日本の警察は世界一優秀だからな。


 屈んだ体勢で動かないでいると、白い女性が近寄ってきて小声で告げる。


「へたに動かないで。じきに警察がここを囲むわ。退路を断ってしまえばそう簡単には逃さないから」


 その言葉で彼女が何者なのか、いくつか候補が挙がる。もしかして。


 であればおそらく俊二より場慣れしているはずだ。

 彼女の言葉に従ってゆっくりと立ち上がると、後ろ手でベルトを握られた。

 どうやら信頼されていないらしい。


 だが、俊二と彼女以外、犯人と銀行員を除いて一般人は三名のみ。好機が到来したらおそらく彼女は俊二を犯人のどちらかに向けて放り投げるはずだ。

 それまで犯人二人の注意を引かないように、可能なかぎり動きを止める。彼女にもそれが伝わったのか、ベルトを持つ手が緩んだのを感じた。


 緊張のため、正確な時間はわからないが、表がにわかに騒がしくなってきた。ということは警察官が到着したのだろう。それからパトカーのサイレンが銀行内の非常ベルを圧するように鳴り響いた。ふたりの犯人は表の様子を窺おうと後ろへ振り向いた。


 これはチャンスだ。

 そう思ったと同時に彼女が俊二のベルトを力強く握ってスウェットの犯人に向かって放り出した。

 銃を持った男のほうを任されるかと思ったのだが、一般人を危険にさらすのは彼女の本分ではないだろう。

 俊二は勢いをつけてスウェット男の下半身に飛びついた。高速タックルを食らった男は激しく床に叩きつけられた。あとは腕の関節を極めれば動きを完全に封じ込める。素早く右腕をとると背中側へとねじり上げた。

「いっ、痛え。離せ、この野郎」


 離せと言われて離せるかっていうんだ。

 すぐに女性のほうを見ると、長い銃身を突きつけられる直前にかがみ込んで足払いをお見舞いしていたところだった。

 銃は確かに他人を牽制するには向いているが、猟銃やライフル銃のように銃身が長いと近接戦闘では役に立たない。

 彼女はそれを計算に入れて一気に距離を詰めたのだろう。

 犯人が膝を折られてひっくり返る拍子に発砲されたものの、幸いにも天井に当たっただけで人的被害は出ていない。

 そして犯人が後頭部をしたたかに打ちつけたところで喉仏に右手を伸ばして動きを封じてしまった。左手で猟銃を確保する。


「お客さん、表にいる警察官を呼んできてください。犯人は取り押さえましたから、慌てなくていいですからね」


 やはりこの人、警察の関係者だったか。

 なんの因果で居合わせたのかはわからないが、プロがいてくれたおかげで死者は出さずに事件解決だ。


 突入してきた警察官が犯人ふたりに近づくと、表から自動車が急発進する音が聞こえてきた。


「だいじょうぶ。すでに周辺は押さえてあるから」

 犯人と猟銃を警察官に引き渡した女性は、こちらへと歩んできた。


 俊二も警察官に片割れを預けて立ち上がった。

「まさか警察官がこの場にいたとは、運の悪い犯人ですね」


 端正な顔立ちの女性は乱れた衣服を手早く直していた。

「これでもいちおう刑事なのよね。警視庁捜査一課の」


 エリート刑事のいるところへ強盗に入るとは。とことんツイてない犯人だったな。

 彼女の手を借りて立ち上がると、ひとつ敬礼を受けた。


「事情聴取もありますので、署にご同行いただけますか」


 にこやかな笑顔を向けられて、面倒なことなのになぜか許せてしまう自分がいた。





 ─了─




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