第2話

「───行きます」



 先に仕掛けたのはヨーゼルだ。風を置き去りにするほどの素早い踏み込みでマリーに近付いて上段から木刀を振り下ろす。それに対して、マリーは冷静に薙刀を振るう。木刀と薙刀が合わさった瞬間、パンッという軽い音が響きヨーゼルの木刀が奇麗に受け流される。


 あまりにも綺麗に受け流されたために隙が生まれてしまったヨーゼルの体に、マリーは薙刀で突きを繰り出した。素早い反撃に体勢が整えきれないヨーゼルは咄嗟に木刀を振り上げことでマリーの薙刀を大きく跳ね上げさせる。その苛烈な攻撃によってマリーの体勢を崩すことにも成功。


そのまま薙刀の間合いの外から相手の懐に潜り込むために、ヨーゼルは地面を強く踏み込んで左手による片手一本突きを繰り出した。マリーの胴体を狙い放たれた空気を切り裂く一刀は、されど。刃先を刃先で止めるという神業によってあっけなく防がれてしまう。ヨーゼルが力を込めて押し込もうとするも、マリーの薙刀は微動だにしない。これ以上の追撃はこちらが危険だと判断してヨーゼルは大きく後退した。


 マリーは、薙刀を何度も握りなおして満足そうな顔でヨーゼルを見る。




「いまの左手の突きはよかったぞ。相変わらず面白い技を使うものだ」


「……切っ先に当てるなんて曲芸じみたことをやっておいてよく言いまっ───」




 会話の途中に繰り出されたマリーの足払いをヨーゼルは上に飛ぶことでかわす。ほう、と感心した様子のマリーの顔目掛けてヨーゼルは木刀を上から叩きつけた。会話中に不意打ちを放ってきたことに文句を言いたい気持ちはあったが、「常時戦場を心掛けろ」はマリーの口癖であった。ヨーゼルが文句を言うことはない。


 続いて弾けるように互いに離れた瞬間、ヨーゼルは何もない空間を木刀で縦に切り裂いた。すると切り裂いた空間から白い何かが空間を押し上げるように縦に広がってマリーへと向かって行く。


 それは魔技と呼ばれる一部の武術家たちが使う魔術の領域に至った体術。代表的な魔技の1つである飛ぶ斬撃≪渡り鳥≫をヨーゼルはマリーへと放つ。



 日の出直後のまだ暗い世界を、白い光が照らし出した。



「───来たな」



 マリーは自分の目元に向かって飛んで来る白い斬撃に薙刀を当てる。たったそれだけで斬撃は霧のように霧散していく。斬撃を受け流した直後ヨーゼルの姿がマリーの視界から消えていた。


 次の瞬間、マリーの死角を突く形でヨーゼルがマリーの背後に剣を振りかぶった状態で降り立った。


 ヨーゼルが取った戦術は実に単純なことだ。自分が放った光を目くらましにしてマリーの背後へと迂回、ただそれだけ。だが、ヨーゼルはこの使い古された単純な戦術を『動き続ける相手の両目に向かって正確に飛ぶ斬撃を放つ』という高次元の技量をもって必殺の戦術へと化した。


 正確に自分の目へと向かってくる光る斬撃を防ごうとしない人間はいない。そして、躱したり防ごうとすれば普通必ず隙が生まれる。例えどんなに小さな隙しかなかったとしてもそこに隙ができたならばヨーゼルは必ず仕留めることができる。


 ヨーゼルはそれだけの技量を持った剣士だ。


 しかし、



「見事だ」



 ほんの少しの隙も作れなかったのならば、この戦術は何の意味もなさない。



「───ッ」



 ヨーゼルは身の危険を感じて咄嗟に木刀を盾にするかのように両手で自分の右側に置いた。その直後、ヨーゼルは巨人に殴られたかのように左側へ勢いよく吹っ飛んだ。


 空中に投げ出された体をヨーゼルは猫が空中で体勢を変えるのと同じ要領で地面に着地できるように体を動かした。なんとか地面に叩きつけられるのを回避したヨーゼルは息を吐きながら顔を上げる。視線の先には薙刀を振り抜いた姿のマリーが、嬉しそうな顔をしながらヨーゼルのことを見ていた。



「≪渡り鳥≫で相手の目を狙って、そのまま当たればよし。回避行動や防御行動をしたならば、体勢を崩した直後に追撃をする二段構え……実によく考えられている。初見であれば、達人の域に至った人間であろうとも通用するだろう」


「……先生に見せたのもいまが初めてだったのですが」


「別に目を瞑っていてもお前の気配ぐらい分かる。出直して来い」



 残念なことにヨーゼルが戦っているのは同じく、否。それ以上の領域に辿り着いた怪物である。相手がマリーだったとはいえかなり自信のあった技を当たり前のように攻略されてしまい、ヨーゼルは少しショックだった。


 この技の練習台になってもらった門下生たちに謝りながらヨーゼルは再び剣を構えた。その構えを見て、マリーも口を閉じて表情を真剣なものへと変えていく。


 再び、ヨーゼルが攻撃を仕掛けていき二人の戦いは太陽が完全に姿を現すまで続いた。


 ヨーゼルの攻撃はどんどんと加速していくのにも関わらずマリーは余裕をもっていなしていく。次第にヨーゼルは連撃の無駄が削ぎ落されヨーゼル自身も攻撃の繋ぎ目が滑らかになっていくのを感じ取った。だが、それでもマリーの防御を突破できない。


 優劣は明白。


 暫く打ち合ったあと、ヨーゼルの木刀が薙刀に巻き取られ宙を舞ったことで稽古は終わりを告げる。木刀を失い薙刀を突きつけられたヨーゼルは、両手を上げた。



「俺の負けです」



 ヨーゼルがそう言うと、マリーは薙刀を下ろして嬉しそうに笑顔を浮かべた。あまりにも嬉しそうな顔を浮かべるので、ヨーゼルは理由を聞くことにした。



「俺に勝ったのがそんなに嬉しいんですか?」


「ああ、嬉しい。お前は私に負けると悔しそうな顔をするからな」


「えぇ…?」



 軽い気持ちで質問したらなんとも性格の悪い答えが返って来たのでヨーゼルは思わず不満そうにマリーを睨んだ。



「そんな顔をするな。別に私はお前の悔しがる姿を見るのが好きなわけじゃない」


「なら、どうして?」


「お前が悔しがるってことは、私に本気で勝とうとしているからだろう? 自分を越えようとする人間がいるという事実が私は嬉しいんだよ」


「なるほど」



 競い相手がいるといないとでは、日ごろの鍛錬への力の入り具合は全く違う。ヨーゼルにも同じ経験があるので、マリーの言いたいことは理解できた。しかし、やはりそれでもヨーゼルは勝ちたいと思ってしまう。



「先生は嬉しいのかもしれませんが、俺は10年近くも先生に手ほどきを受け、こうして毎日手合わせをしています。一度ぐらい勝ちを拾いたいものです」


「まあ、そういうな。私もお前と同じく10年のあいだ鍛錬を重ねている。それに、お互い本気じゃないんだ。単なる稽古の結果に、一喜一憂するものではないだろ?」


「それでも…で、す!」



 ヨーゼルは話しながら、マリーに吹き飛ばされた木刀を拾いに行く。木刀を拾って付いた土をはらうために木刀を斜めに切り上げると風を切るような音が聞こえて来た。


 その様子を見たマリーが、「やはり」と呟いた。



「やはり、こと刀剣の扱いに関しては私よりもはるかに上だな」


「……本当ですか?」


「あぁ、本当だとも。先ほども言ったが≪渡り鳥≫を使った戦術は見事なものだった。あの戦術で一番大切なのはどれほど正確に≪渡り鳥≫で目を狙えるかだが……技の精度だけならば私以上だ」



 ヨーゼルは普段剣に対して謙虚でいようと心掛けているのだが、やはり師匠であるマリーに褒められるとやはり嬉しかった。ヨーゼルは口角が上がっているのを自覚した。


 木刀を鞘に納めながら、ヨーゼルは「そう言えば」とマリーへとに振り返る。



「午後から、孤児院に行ってきます」


「何かあったのか?」


「雨漏りするらしいので、屋根の修理に」


「なるほどな」


 

 ヨーゼルとマリーを出迎えてくれたあの孤児院はとても古い。今年で34歳になるマリーが小さなときからある建物なので古いのは当然であり経年劣化による老朽化は避けられない。


 孤児院を経営しているゴードンとミシェルの2人は自分たちで孤児院を補修作業を続けてここまでやって来ていたのだが、2人とも年齢は70に近い。屋根に登る作業などは危なく見ていられないので、ヨーゼルがたまに手伝いを買って出ているのだ。



「もうあの家も随分と古いからな。雨漏りがひどいようであれば、いっそのこと建て直した方がいいかもしれん。ゴードンとミシェルも歳を取ったのだから、段差を減らしたり棚の位置を低くしたりして体の負担が減るようにする必要もあるだろう。特にあのジジイは無茶をする」



 マリーは孤児院の出身であるのでゴードンとミシェルとは長い付き合いだ。それゆえか距離感が親子のように近く、特にゴードンとマリーはお互いに険悪なように見えるがヨーゼルからしたらとても仲がよく見える。


 いまだって純粋に心配しているだろうに素直じゃない人だ、と。ゴードンをジジイ呼ばわりするマリーにヨーゼルは苦笑した。



 ─────



 今から描かれるのは。


 後の世にて、白銀の叙事詩と呼ばれる英雄譚。


 その第一章。

 白銀の英雄「ヨーゼル・ドレア」が、

 故郷から旅立つまでの物語だ。

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白銀の英雄 ヨーゼル・ドレア ───出来損ないの英雄でも、世界を救う─── @girlboy

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