第92話 間話 逆襲のウッカリーノ男爵

 ――ルナール王国の王都、『薔薇の都』パリシイ。


 薔薇の都に建つ壮麗なソレイユ宮殿で、国王ルドヴィク十四世は目覚めた。

 爽やかな朝である。


 国王ルドヴィク十四世は、召使いの手によって身支度を整えられ、国王専用の食堂へ向かう。


 国王専用の食堂は、完全なプライベートスペースである。

 金色に飾り付けられた上等な調度品が並び、国王のためだけに花が飾り付けられている。

 だが、今朝はなぜか花の量が多かった。


(ん? 普段より大分花が多いぞ……)


 花瓶から溢れ出んばかりに花がいけられ、なぜか花瓶があちこちに飾り付けられている。

 どう考えても装飾過剰である。

 特盛りである。


 国王ルドヴィク十四世は、『おかしいな?』と思いながらも空腹を満たすべく食卓についた。


 バン! と大きな音を立てて食堂のドアが勢いよく開いた。


「おはよーございます! 陛下! ご機嫌麗しゅう!」


「なっ!? 貴様は!?」


 国王の食事部屋に入って来たのは、失言王ウッカリーノ男爵である。

 宮廷に復帰したウッカリーノ男爵は張り切っていた。

 グッと拳を握り熱い思いを国王ルドヴィク十四世に語る。


「陛下! このウッカリーノ男爵が宮廷に戻ったからには、ご安心下さい! 万事! ど、ど、どーんとお任せあれぇ~!」


「ええい! 朝から鬱陶しい! 下がれ! 下がらぬか!」


「えっ? 下がって良いのですか? 陛下は朝食を召し上がらないのですか?」


「何を言っておるのだ……」


「私は給仕卿に任じられました。陛下のお食事を差配するのが給仕卿の職務です!」


「なっ――!」


 絶句する国王ルドヴィク十四世。


「さあ! 陛下! ボリューム満点の朝食を用意させました! ガッツリ食べて参りましょうぞ!」


 ウッカリーノ男爵が、パンパンと手を叩くと給仕がボリュームたっぷり、お味コッテリの料理を運び出した。


 ぶ厚い牛ステーキ。

 羊肉の赤ワイン煮込み。

 白身魚のバターソテー。


 大きな皿に『これでもか!』と盛られたメインディッシュのジェットストリームアタックに、国王ルドヴィック十四世はウッとなった。


 今は朝なのだ。

 いかな健啖家であろうと、朝からたっぷりコッテリの料理をこれほど大量に用意されてはゲンナリしてしまう。


 だが、ウッカリーノ男爵は、やり切ったとばかりに満足そうな表情だ。


 国王ルドヴィック十四世が怒る。


「ウッカリーノ男爵! 朝からこのような料理が食えるか!」


「ええっ!? まさか陛下!? ご病気では!? 侍医を呼べ!」


「違う! 朝からこんなタップリした料理を出すなと言っているのだ!」


「おや? ご不満ですか? 量が少なかったでしょうか?」


「違う!」


「お口に合いませんか? 美味しいのに……」


「口ではない! 余の胃袋にあわないと言っているのだ!」


「やはり! ご病気――」


「違うと言っているだろー! 普通の朝食を出せー!」


 国王ルドヴィック十四世とウッカリーノ男爵の会話は、どこまでもかみ合わない。


 国王ルドヴィック十四世は、寝起きにもかかわらず肩で息をしていた。


「そもそもだ! 余はウッカリーノ男爵を給仕卿になど任じておらんぞ!」


 当然である。

 だが、ウッカリーノ男爵は、国王ルドヴィック十四世の言葉をサラリと受け止める。


「ええ。私を給仕卿に任じたのは陛下ではありません」


「では、誰だ?」


「ジェニー伯爵です」


「ジェニー伯爵を呼べ! 今すぐに!」


 しばらくしてジェニー伯爵がやって来た。

 ジェニー伯爵は太った体を豪華な服に包み、汗をかきかき王宮にやって来たのだ。


「陛下! 朝早くから何事ですか?」


「ジェニー伯爵! 卿はウッカリーノ男爵を給仕卿に任じたのか?」


「はい。任じました」


 ジェニー伯爵は、あっさりと認めた。

 国王ルドヴィック十四世は、怒りをジェニー伯爵にぶつける。


「なぜ、このような騒々しい男を、余の側に仕えさせるのだ! 放り出せ!」


「陛下。お言葉ですが、ウッカリーノ男爵は国王派貴族ですぞ! 引退された先代も陛下のお役に立ったではありませんか! ウッカリーノ男爵を無役のままには出来ますまい」


 ジェニー伯爵は、二重顎を震わせながら国王ルドヴィック十四世に抗議する。


 ジェニー伯爵の言う通り、先代のウッカリーノ男爵は国王によく尽くした。

 爵位こそ男爵と高くはないが、戦場で王家のために剣を振るい、宮廷では国王ルドヴィック十四世を支持した。


 先代のウッカリーノ男爵は、戦傷である古傷が痛み、高齢であることから家督を息子に譲って引退したのだ。


 ジェニー伯爵は続ける。


「先日、先代ウッカリーノ男爵が当家を訪れ、『息子に何かお役目を!』と頭を下げたのです」


「むっ……そんなことが……」


「陛下! 長らく王家に貢献したウッカリーノ男爵家をないがしろにしてはなりません! そんなことをしては、国王派貴族が不安に感じますぞ!」


「うーむ……」


 国王ルドヴィック十四世は、バカではない。

 先代のウッカリーノ男爵の王家への貢献を理解しているし、自分を支える国王派貴族に利益を与えなくてはならないこともよく理解している。


 しかし……。


「ジェニー伯爵。しかし……、何か他の役職はなかったのか?」


「陛下。そこにいるウッカリーノ男爵のことは、陛下もご存知でしょう? 」


 ジェニー伯爵は、ウッカリーノ男爵に視線を向けた。

 国王ルドヴィック十四世もウッカリーノ男爵を見る。


 ウッカリーノ男爵は、謎のポーズで花の匂いをかぎ、謎のポエムを詠んでいた。


「おお! 我が熱き血潮よ! 我の全てを! 陛下にぃ~! へ~い~か~にぃ~!」


 国王ルドヴィック十四世は、額に手をあて天を仰いだ。

 ジェニー伯爵は続ける。


「では、ウッカリーノ男爵に軍を任せますか? 戦場に送れば全滅しますよ! ウッカリーノ男爵に財務を任せますか? 秒で国が破産しますよ! ウッカリーノ男爵に外交を任せますか? 国の周りは敵だらけになりますよ!」


「つまり……余の側に置くしかないと?」


「国王陛下の『心の広さ』と『懐の深さ』に甘えさせていただきとう存じます」


 ジェニー伯爵は、恭しく頭を下げた。


『あきらめろ』


 つまり、そういうことである。


 国王ルドヴィック十四世は観念した。


「わかった……。ウッカリーノ男爵は、余の側に置く……」


「ご英断に感謝いたします」


 ジェニー伯爵は、宮廷を去った。


 もちろん、ウッカリーノ男爵が宮廷で役職を得られるように仕向けたのは、ノエル・エトワール伯爵である。

 ジェニー伯爵にタップリとワイロを渡したのだ。


 かくして、ウッカリーノ男爵は宮廷に出仕し、国王ルドヴィック十四世を日々悩ませることになった。


「このウッカリーノ男爵の忠誠を陛下に!」


「黙れー!」


 国王ルドヴィック十四世の悩ましい日々は続く。

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