第79話


 戦いは、勝利すればお終い、めでたしめでたし、って訳じゃない。

 多分これはどんな戦いでも同じだと思うんだけれど、勝利の後には後始末が待っている。

 子供の小さな喧嘩だったら泣かしてしまった相手をどうにかしないといけなかったり、怪我の手当てをしたり、或いは喧嘩を咎められて親に叱られたり。

 大きな戦争だったら、負傷者や戦死者の遺族に見舞金を出したり、野晒しにはできない骸を片付けたり、手柄を立てた者に褒賞を与えたり、占領統治をしたりとか、色々とやらねばならないだろう。


 それは、巨大な災害としてイルミーラ国を脅かせた、ルフとの戦いだって同じだった。

 ルフくらいの巨大な魔物を倒したとなると、それはもう、戦争に勝利したのと変わらない。

 破壊された家屋の修理や、運悪く犠牲になった者の遺族に対するフォロー、戦いに参加した兵士の褒賞や、何よりもルフの骸、もとい素材の分配が必要だ。


 幸い、といっていいのかどうかはわからないけれど、先に襲われたサウシュマテやペーロステーの町に比べれば、アウロタレアが被った被害は極々軽微である。

 もちろん、それでも幾人もの犠牲者が出てるから、手放しに喜べるわけじゃないんだけれど、負の後始末は非常に少なくて済む筈。


 今回の件で一番の手柄だと称えられたのは、ルフを殺したシュロット・ガーナー。

 それから現場に駆け付けた兵士達も、一人一人が領主であるバーナース伯爵から、その的確な対応に褒めの言葉と褒賞を与えられたそうだ。

 ただ、あの戦いを目にした者にとっては、決め手となったのが錬金術の道具である事は一目瞭然で、……そしてこの町では、巨大な魔物と錬金術って単語が出れば、即座に連想される錬金術師が僕だった。

 町には、ルフを倒す為の道具を兵士やシュロットに提供したのが僕であるとの噂が……、まぁ、事実ではあるんだけれど、かなり広まってしまってる。


 僕が今回、バーナース伯爵から褒賞等がなかったのは、ルフの討伐に使われた道具は、全て取引として納品した物だからだ。

 尤もその対価として受け取るのは討伐したルフの素材って条件なので、僕がルフの討伐に全面的に協力したって事には、何の代わりもないのだけれど。

 一体、何故そんな形をとったかといえば、僕の名前が少しでも陰に隠れるようにするのと、それからバーナース伯爵と懇意であるって事をアピールする為である。

 名前を陰に隠すのは、あんまり成功したとは言い難いが、その分、僕が功を主張せずにバーナース伯爵を支えたって印象は、より強くなったと思う。

 場合によっては、バーナース伯爵が僕の功を奪ったとうがった見方をする者もいるかもしれないが、僕は顧問官って役職を貰い、バーナース伯爵の子供に魔術を教えてるくらいには、随分と贔屓されていた。


 その事実を知ったなら、僕とバーナース伯爵を切り離して引き抜こうとする愚を、イルミーラ国は冒さない。

 今回の件に関して、詳しく事情を聴かれたり、今後は何らかの協力を求められる事はあるかもしれないが、それはバーナース伯爵を通しての物になるだろう。

 権力者と結び付く錬金術師って、故郷に居た頃はあんまり良い印象はなかったんだけれど……、今ではそれも仕方ないというか、故があっての事なんだって理解もできる。


 今回の件で、イルミーラ国内での錬金術師の立場は重要なものになる筈だ。

 ルフを討伐したのが錬金術の道具だって事もそうだけれど、それよりも以前に、ウィルグルフが氾濫の予知に成功したって事実もあるから。

 イルミーラは今後、錬金術の発展に力を入れるだろうし、その結果として、この国に誕生する錬金術師協会の支部は、規模の大きな物になる。


 ウィルグルフは、イルミーラ国に仕えると同時に、その錬金術師協会の支部でも、中心的な人物となるだろう。

 間違いなく、物凄い出世であった。

 彼がこの国に来てから、そこまで時間が経った訳でもないのに、もう既に重要なポストを得る事が確定してるなんて、チャンスを予感してこの地にやって来たウィルグルフの勘は、実に正しかったと言える。

 僕も、錬金術師協会の支部に、名前だけで実体のない、こう、なんかいい感じのポジションとかもらえないだろうか。

 別に給与とか名声が欲しい訳じゃないんだけれど、この地で採れない素材を取り寄せるのに、支部での地位は役に立ちそうだから。


 今回、ウィルグルフが持ってきた中央の素材を使って思ったが、大樹海は素材の宝庫だけれど、それでもこの地で得られる物のみでは成せぬ事もやはりある。

 僕がこの先、更なる錬金術師の高みに登る為には、というか、もっと好き勝手に自分の作りたい物を作る為には、幅広い地域から集めた素材が必要になるだろう。

 その為には、僕はもう少しばかり欲張りになった方がいいかもしれない。

 もっともっと、多くの素材を研究し、ヴィールを喜ばせて、ディーチェをアッと驚かせる為に。


「本当に、君は容赦がないね。今回のルフはイルミーラ中を恐怖に陥れた魔物だ。それ故、その素材も欲しがる貴族が多いんだ。特にその尾羽はね……」

 だから、僕が求めるルフの素材のリストを前に、苦い顔をしてるバーナース伯爵を前にしても、容赦する気はあんまりなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

錬金術師の過ごす日々 らる鳥 @rarutori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ