2. 回答欄
◆
「ただいま」
下宿しているアパートの扉を閉める。
すぐに、本のページに向けられていた視線がこちらに向いた。
「おかえりー」
「その本、面白い?」
「うん、大学図書館ってすごいね。こんな本が沢山あるんだね」
下手なミスコン優勝者より
僕よりも少し
「まあ、貸出できるものしか借りてこれないけど」
「いいよー、最悪忍び込んで読んじゃえばいいんだしー」
そう軽く言って
多少の
――あの後、閉鎖的な村で起きた連続同時多発殺人事件について、僕や家族に疑惑の目が向くには向いたが、そもそも皆一様に、頭部を圧縮されて破裂させられたという人間離れした死因に、誰も何も言わなかった。
何かしらのトリックを使ったにしても、ほぼ同時多発的に大量の人間をそれぞれ離れた場所で、というのはどうやっても論理的には「無理」の一言にしか帰結しなかったのである。
更に言うなら、村の外に出た人間のほとんどが、親族と絶縁上等の大喧嘩を繰り広げて出て行ったぐらいに閉鎖的だったので、遺族からの突き上げもロクになかった。
むしろ、本来なら遺言で遺産が貰えないかもしれない人は、村に残ってた一族郎党全員殺されたのでまるまる全部の遺産が転がり込んで来たのだ。
更に、その件は荒唐無稽な殺人事件だからこそ、多少僕らに向いた疑惑の目を
あと、彼は村の駐在さんも殺していたし、規模が規模だったから県警として総力を上げて捜査していたが、村の閉鎖具合は有名だったようで、一応の事情聴取で「友達がいなくなって寂しいね」と言われて、否定して、嫌がらせや暴力を振るわれた事を告げて、
当然、父の会社は父の配属どころか、村がほぼ廃村になったことで、支社自体が取り潰し。結果、父の配属はまたも変わり、僕は転校となった。ちょっと
それに、家に帰れば彼がいた。
ちゃんと黒猫に化けた彼をあの日連れ帰って、
また引っ越して、母がパートを初めて、親のいない時間が増えると、彼は人間の姿になって僕の話を聞いてくれたり、触り心地を堪能させろとひっついてきたり、一緒に本を読んだり、二人で図書館に行ってみたりした。戸籍がないから彼の図書館カードは作れなかったけど。
その時、黒柴の際の違和感を元に、デッサン向けの筋肉の構造を書いてある本を読ませたら、猫の姿で抱き上げた時の無駄な液体感が消えた。
彼は変身するその一瞬、どろりと溶け落ちて、その場に底なしの穴を開けたような、その目と同じように黒い液体になる。今まではその外側だけを取り
あいつのとこの初代(?)とかその後の代は、水袋でもいいから見目と問題のところだけ、それらしければ良かったらしい。
まあ真に
僕は彼の姿には――仮の姿だけは猫にしろ、体格だけは服の共有のために僕と一緒にしろと言ったけど――基本口を出さなかった。
しかし、顔はまだしも、
『古事記』の
しかし、普通に楽に変身するとこうらしい。ならば、自認はともかく身体的性は男なのでは、と言うと、「そうなのかー」と他人事な言葉が返ってきたのでずっこけた。
どう伝えるべきか、悩んでいた自分が
まあ、髪の長さだけは完全な気分のようで、長い時には膝裏ぐらいまである。長い時はたまに暇つぶしに三つ編みさせてもらったりする。髪にも触覚と、何故か味覚があるらしいので、本人的にはスキンシップの延長線上で、僕の肌の質感と味を
いつか頭から食われるんじゃないかとちょっと思うけど、それはそれでいいかな、と思っている。
――ブブーッ、ブブーッ
テーブルに置いたスマホが震える。
「んあ?」
「あー……バイト先からか」
メッセージアプリのバイトグループから僕宛に来てるのは、急病の知らせと代打の依頼。
横から
「どうするんだい?」
「んー……今日は行ってくるよ。晩ご飯、何がいい?」
あれ以来、僕は敵になることも、敵を作ることも
「んー、カレーかな」
「授業二コマ連続での代打だから、そんなに遅くなんないし、手間かかるのも大丈夫だよ」
とりあえず、今のところはあれだけの憎しみを向けたのは、あの村だけだけれど。
それに匹敵する程ではないにしろ、きっと僕は憎しみを抱くことを
「う、それならー、
「わかった。後で冷蔵庫の食材でチェックして欲しいもの、タブレットの方にメッセージ送るから、チェックして返して」
「うん、いってらっしゃい」
「行ってきます」
――だって。
今、彼には僕しかいなくて、この家があの座敷牢みたいなもので。
――ならばきっと。
あの家で当初行われたのと同じように、僕と最初に会った時と同じように、彼は、また僕が頼んだら。
僕の憎い相手を、殺してくれるだろうから。
――A. 多くの命と、一人の善良で聡明な子供の未来。
Q. 座敷牢の奥の好奇心は何を殺したか 板久咲絢芽 @itksk_ayame
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