サイキック個人タクシー
いまりん
第1話 弟
俺の名前は吉田優斗だ。もう長いこと個人タクシーの運転手をしている。
相変わらず景気はさっぱりだ。深夜に新宿駅の西口地下で客待ちをしていても、運よく捕まえた客は近場ばかりで、ロング客はめったに拾えない。
ところで、俺にはもう一つの顔がある。それは霊媒師としての顔だ。小さい頃に危うく小児麻痺になりかけて、高熱を発した後、その後遺症なのだろうか、俺には人に聞こえない声が聴こえ、見えないものが視えるようになっていた。
周囲の人の不幸の種を教えてやったり、探し物をみつけてやったりしてはいたが、本格的にプロの霊媒師にはなろうとは思わなかった。仕事の上で、その視えるお蔭で役立ったことは多々あったが。
初老の女性が、疲れ切った様子で、大きなハードキャリーケースを引きずりながら乗り込んできた。俺はそのキャリーケースをクラウンロイヤルサルーンのリア荷室に入れた。
「山梨の石和まで行ってもらえるかしら。」こいつは太客だ。深夜の高速バスなら2,200円ほどで行けるのに、新宿から115kmもあるから、タクシーなら深夜料金も含めて結構な稼ぎになる。
「わかりました。中央高速を使いますか?」俺はナビに目的地をセットし、賃走ボタンを押して、クラウンを発進させた。
「おまかせします。」沈んだ声で女性は顔を左にそむけて黙り込んだ。
「お客様は、占いとか、霊媒師って信じます?」今日は比較的空いている首都高速を走りながら、俺は静かに言った。
「占いなんて信じないわ。今まで見てもらって、一度も当たった試しはないし。そもそも霊媒師なんて胡散臭いわよ。」
「私は吉田優斗といいますが、ちょっと見てもいいですか。」深夜の高速の流れは速い。
「あなたが霊媒師なの?運転手さんでしょ?」
「えぇ、小さい頃から視えるんですよ。ところで、つい最近、男の人を亡くされました?年が若いから、弟さんでしょうか?」
「どうしてそんなことがわかるの?私、まだ何も話してないでしょ。」
「お客様が、その男の人と一緒に乗り込んで来たからですよ。ケイ、ケン、何かKという字が見えますね。」
「弟は健人という名前だったわ。」
「なんでも良いですから、あなたが身に着けていらっしゃるものを一つ、お預かりさせて貰えませんか。そうすると、もっとその思いが良く伝わるので。」
女性はシルバーのティファニーのブレスレットを優斗に渡した。
「あぁ、そういうことだったんですね。あなたは弟さん想いで、小さい頃から弟さんの面倒を良く見て来た。そのことに弟さんは凄く感謝していると。」
「母は弟を産んでしばらくして亡くなったんです。父の仕事が忙しくて、私がずっと面倒を見てきました。」その女性はハンカチで目元を拭(ぬぐ)った。
「弟さんはこう言っていますよ。姉さん、俺の事が気になって婚期を逃したことを、本当に申し訳なく思っている、と。」
「やはり弟は、母がいないこともあってか、中学からぐれて、少年院に送られたこともあったの。それでも私は弟を見捨てられなくて、出院した後就職できるまでずっと面倒を見て来た。」
「弟さんはそのことも大変感謝しています。またあなたに良い人がいたのに、複雑な家庭環境を嫌ってその男性が一方的に去って行った。俺のせいだ、って。」
「そうなの。それからはもう結婚ということも諦めたわ。弟はようやく立ち直って、建築職人の見習いから努力して、独り立ちできるまでになった。」
「それもこれもあなたのお蔭だって言っていますよ。」
「弟はようやくこれからと言う矢先に、ガンを発病して50歳という若さであっという間に旅立ってしまった。」
「弟さんも仕事のことも含め心残りだった、と言っています。」
「でも、弟さんはこうも言っていますよ。姉さんは今のいい人とどうか幸せになって欲しいと。俺のことはもう心配しなくていいから、これからは俺が姉さんを見守ってあげるからねって、言っています。そして困ったときには、いつでも姉さんのそばにいるから安心してって。」
女性は、号泣した。
こうして俺はみえないものを見て、その声を聴いて、それが必要とされる人にそれを伝える。
タクシーになんか乗らないなんて言わないで、霊媒師が運転するサイキック個人タクシーに乗って、人生のを占いを聞いてみないか。
サイキック個人タクシー いまりん @jyunkoworld
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